第45話「どうしようもなく好きだと思える人」

  ✻



 夕刻を迎え、オレはあれから佐藤に言われたことを脳内で処理しきれずにいた。

 ……授業、何やったっけ。ここ数時間の記憶がない。


 あるのは今こうして、教室から見える傾き始める太陽の動きをただぼーっと眺めていた、という空気のような時間を過ごした感覚のみ。


「……佐藤から見ても、明らかだったのか」


 意外だった。

 オレがクラスメイトに“偽りの姿”でいることを知られていたのもそうだが、何よりも――オレ自身すら知らなかった『本性』を知られていたことに。


 名の通り、オレには『色』がない。それ故に、何色にだって染まれる。真実の形にも、偽りの形にだって変幻自在。無着色こそが、。誰かに『欲』を求めても、最後には無に還る。帰るべき場所があるクラスメイトとオレは……明らかに異端だっただろう。


 だからこそ、これからもそうなのだろうと思ってきた。



『まぁ……あの子、いつもおうちに1人なのね』



『本当、ご両親は何をしているのかしら。自分達の子どもを放って置いて……』



 ……何でそんなこと言うんだよ。


 ……何で他人のくせにそんなに口挟んでくるんだよ。



『かわいそうに……』



『本当……かわいそうにねぇ』



 聞こえてくる言葉が不愉快だった。


 そんなことを、他人に好き勝手言われるのが嫌になった。

 ……1人でいるのが、嫌になった。


 1人でいると、自分を『かわいそうな子』と勘違いしそうになる。



 そこでオレは――偽物の自分自身を作り上げた。


 ――誰でもいいんだ。

 可哀想だと言われないためなら何だってする。


 ――誰でもよかったんだ。

 オレと仲良くしてくれる人であれば。


 笑顔を偽装し、楽しそうにみんなと笑って。どこにでもいる、ごく普通の小学生を演じることが出来れば。何の変哲もない、普通の子どもとして見られるなら。


「……本当、バカだったな。オレ」


 世界は何色にも染まらない。ポエムのように言えば、オレの世界はそれで完成体であるべきなのだろうと思っていた。


 そうなるはずだったオレの世界が、少しずつ着色をし始めている。

 無色透明だった真っ白な世界に……色が付く。それが嬉しくもあり、今は少し怖い。


 我慢をすればよかった。


 オレとの生活のために頑張る遅くまで両親に、これ以上負荷はかけられない。

 誰かを頼ったことが無いのは、オレだって同じだ。どうすれば『頼る』になるのかわからない。……だから、この世界からお前がいなくなる未来が出来るかもしれない。そんな恐怖が芽生えたことが、怖いと思うんだ。


「…………美穂」


「――何やってんのよ」


「…………えっ?」


 懐かしく聞いた、久方ぶりの声。


 ここのところ避けられてばかりでまともな会話は一度もない。ずっと隣で聞いていたはずなのに、突然聞こえなくなって消失感に見舞われた……そんな、数日ぶりの佐倉の声だった。


 オレは声のした方へと振り返る。

 そこには確かに幻覚でも幻聴でもない、本物の佐倉が仁王立ちしていた。


「……な、なんで」


 激しく揺れ動く感情やら抱き着きたい衝動やらに駆られるが、オレはぎゅっと拳を握る。


 どうして彼女がここにいる……?


 避けられている、と言えばそうなんだろう。

 いつもであれば居るはずの隣に居なくて、一緒に登校するはずの時間帯には既に家に居なくて、更には廊下ですれ違ったとしても、声をかけてもスルーされて……。


 何か彼女の機嫌を損ねるような行為をしてしまったのかもしれない。そう考えると、言い知れない不安が押し寄せてきて。圧迫され続けた今日こんにち


 きっと放課後になっても変わらない、と。そう……思っていたのに。


「……なんで、って。そんな驚かなくても。いや……当然の反応なのか。避け始めた私の方からお出まししてたんじゃ、普通は驚くものなのか」


「……どうして」


「……バカみたいだと思った、から」


「えっ……? それってどういう――」


「あんたを避けてることによ! これは、自分の問題なんだから、それに藤崎を重ね合わせることだけは違うと思ったの。それだけ。それと、あんたに言いたいことが出来たから」


「……言いたいこと?」


 オレだって、言いたいことの1つや2つはある。

 お前が言う問題って何なんだとか、どうしてオレのことを避けるようになったんだとか。問いただしたいことは山のように出てくる。……けど。そんなことよりも――、


「……オレも。お前に、言いたいことがあって」


 佐倉が初めてだった。


 オレのことを、気遣うこともしないで、普通の『友達』として最後まで一緒に居てくれたのは。彼女にだって、隣とはいえ帰る場所があるはずなのに。嫌な顔ひとつしないで、孤独な空間に自ら入って来てくれたのは。



 オレの空間に……色をくれた、大事な人。

 いつも同じ空間にいると錯覚するほどに、どうしようもなく好きだと思える人。



 他の女子からは感じられなかった、媚でもなく、興味本位でもなく……オレ自身を知っても尚、一緒に居てくれる、かけがえのない存在。

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