第46話「藤崎は『モノ』じゃない」

「――ちょっと。なに透君と親しそうに話してるのよ」



「…………っ」


「……誰よ、あんた」


遠藤えんどうさやかと申します。透君の時期お嫁さん、と言ったところかしら?」


「遠藤……。あぁ、あの有名な金持ちね。同じ学校だって話は耳にしたことあったけど、こんなにも奇抜な奴だとは思いもしなかったわ。藤崎って、こういう子がタイプなわけ?」


「……そう見えるか?」


「いや。ちょっと確認だけ」


 本当のことだろうか、と疑心暗鬼になりつつもオレは2人にそれぞれ目線を向け変える。


『遠藤さやか』――祖父にあたる人物が国家の中枢を支える管理職を務めているとかで、彼女の名前はこの学校ではかなりの知名度をほこる。

 如何にもオシャレが好きだと強調するような彼女は、仁王立ちで堂々と話を続ける佐倉に鋭い眼光を飛ばす。


 ……少し大袈裟な表現かもしれないが、このクラスの一部の女子達によって結成された、オレ専用の親衛隊擬きがいると聞いたことがある。実態そのものを見たことがなかったからそれ自体も所詮は噂だったのだろうと解釈していたが……。


 この感じ、きっと遠藤がその親衛隊の隊長とかなんだろう。

 以前に告白を受けたことはあったが、そのとき「次は、絶対落としてみせますわ!」的なこと言ってた気がするし。


「……ふーん。つまり、あんたが勝手にそう妄想してるだけ、ってことね」


「ほぉ? わたくしと透君の未来を、被害妄想とお考えなのかしら? ふふっ、それこそ完璧な妄想ではなくて? 話を聞いてもらえたからといい気になっているだけでは――」


「それはこっちの台詞ね」


「……何ですって?」


「それに、どうしてこいつと話すだけに、あんたみたいなのの許可が必要なのかしら。こいつの学校での立場は知ってるけど、私とこいつ、同じ庶民だと思うんだけど? 貴族様と対談するわけでもないのに、何でそんなことを言われなくちゃいけないわけ? あんた、そんなにえらいの?」


「なっっ――――なんですってぇえええ~~~~っ!?」


「お、おい佐倉。あんま余計なことは……」


。それと……ちょっとムカついてるから、ストレス発散させて」


「あ、はい…………」


 ……あぁ、そうだった。


 一緒にいるときは、家事が抜群に上手くて、時々見せる柔和な笑みとか動揺して少しツンツンするところが垣間見えて、オレの中にいる『佐倉美穂』とは――可愛いお隣さんという認識がいつの間にか固定化されていた。


 そのせいで、忘れていた。


 あの日、偶然佐倉と出会うずっと以前。その頃の佐倉は、そんな印象とはかけ離れた『一匹狼』として学年内に知れ渡っていた。それに口調だって……他人を遠ざけるためそのもの。


 元ヤン……とまでは言わないが、内気で少しコミュ障で。

 それすら感じさせないほどに乱暴さがあって。


 ……オレといるときに出てくる人格が良い例だろうか。

 これこそが、本来の佐倉美穂、本人なんだ。


「な、何よ庶民のくせに! わたくしと透君は既に結ばれる運命にあるのです! あのとき、彼の純粋さに助けられたときから……っ!! まさに運命そのもの! きっと神様は、わたくしに透君と結ばせるために導いてくれたに違いありません! あのときからずっと、透君はわたくしのモノだというのが決まって――」


「黙って聞いてれば変なセリフ並べてくれちゃって。……変な幻想見てんじゃねぇよ」


 ……怖いんだけどっ!!


 今までに感じたこともないような覇気が、彼女の身体からビシビシと感じられる。


「な、なんですって……!?」


「痛々しいのよ、あんたの妄想劇。藤崎のより、ずっとね」


 ……今シンプルに暴言吐かれた気がするんですけど?


「――でも、これだけは確信持って言えるよ。藤崎のこと、アクセサリーにしか思ってないでしょ。自分のことをより美しく、煌びやかに見せるためのアクセサリー。その一部として、学年内でも有名で、人当たりの良い藤崎を選んだ。……どうせそんなとこでしょ?」


「~~~~~~~っ!? そ、そんなわけが――」


「悪いんだけど、私ってばバカだからさ。単純なことしか考えられないんだよね。複雑なこととか、考えるだけで頭痛いし、だったら――自分の目の前だけを信じようと思うわけよ」


「……佐倉」


「だからかな。不思議と、あんたのその単純な思考回路はわかっちゃうんだよ。複雑なパーツが何もないから、余計に何も言えない。言い返せない。それはつまり、事実ってこと。あんたは藤崎を、ただの『モノ』として見ていた。事実なんてそれだけ。本当、単純すぎるのよ。あんたの感性が。……ふざけないでくれる?」


 佐倉はいつもより低い声音でただ単純に、思ったことを口にしていく。


 言い方といい少し上目遣いな怖い態度といい……本当にこれが、いつもオレに純粋な価値観を向けてくる佐倉なのかと、何度も目を擦って認識する。


 だがそこにある答えは1つ。だということだけだった。


「藤崎は『モノ』じゃない。あいつにだって、曝さない一面だってある。心も身体もあって、何かを考えることだって出来る。――1人の人間なんだから! それを、道具のように見てるあんたの思考が気に入らない。あんたのその感性が……反吐が出るぐらい嫌いだ」


 佐倉が乗せる言葉には、複雑な言葉が存在しない。

 ずっと、ありのままを伝えてくれるから、彼女の側はとても居心地が良い。ここだったらオレも、素の自分でいていいんじゃないかって。……そう思うんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る