第44話「偽りの中にある本物へ」
◆藤崎 透◆
「……悪い。佐藤の気持ちには、応えてやれない」
昼休みの体育館裏。
みんながわいわいと校庭やら校舎内で騒いでいる最中、オレは告白の返事をしていた。
目の前に佇む相手に、深く頭を下げる。そんな行動に彼女は「そ、そんなことまでしなくていいよ……!」と、オレに顔を上げるように申し立てる。
真正面にいるのは、クラスメイトで学級委員をしている――『佐藤彩音』だ。
「……そっか。ショックだなぁ……」
告白の返事を受け止めきれないのか、佐藤の口から後悔の言葉が零れ落ちる。
今までのオレだったら、きっとこの返事だって、何の変哲もない日常の1つとして捉えていたんだろう。深い意味を考えようともせず、ただ単に、自分のことばかり考えて。
告白に乗せた想いに……向き合おうとしなかった。
だから今は、この返しがオレの中で『罪悪感』として植え付けられていた。告白をして、自身の気持ちが言葉1つで、良悪に成り替わって返って来る。
恋をするというのが……どういう気持ちか、知ったからこそ、この返事だって重く圧し掛かる。
「……ごめん。佐藤のこと、選んでやれなくて」
「そう何度も謝らないでよ。余計にみじめに見えちゃうから……」
「でも……お前を振ったのは、紛れもなくオレだ。佐藤のことを悲しませてるのは、オレだ」
「……っ、……ふふっ」
「え、なに。何か変なことでも言った?」
先程まで見るからに落ち込んでいたはずの佐藤が、何故だか急に苦笑いを浮かべた。
けど、その苦笑の中に混じる微かな『悲しみ』が存在していることに気づかないほど、オレは並みに
目の前で悲しそうな表情を作らせたのは、紛れもなくオレ自身。
そして……オレの顔を涙ぐんだ瞳で見つめて、必死に笑顔を作らせているのも。微かに口角は上がるが、その笑みは最早『作り笑い』に等しかった。
「だって……藤崎君って、意外と天然なんだもん」
「はっ? どこがだよ……」
「……初めから、わかってたんだ。私じゃ、藤崎君のことを笑顔に出来ないってことも、隣にいることも出来ないだろうなってことも」
「……えっ?」
佐藤の言葉にオレは驚きのあまり硬直した。
そんなオレとは対照的に、佐藤は腕を左手で抑えながら話を続ける。
「私は最初から気づいてたよ。でも、うん……藤崎君にとっては、笑顔を作るのが当たり前、ってところがあったもんね。けどね、わかっちゃう人にはわかっちゃうんだよ。私も……そうだったから」
「佐藤、も……?」
「……ほら。私って、こんな性格だから。優柔不断で、おっちょこちょいで、すぐに変なことでやらかしちゃって。そんな私を変えたくて、いっぱい努力したけど。結局は、直らなくて。でも周りからは『良い奴』って勝手に持ち上げられて……委員長の仕事だって、断り切れなくてやり出したし」
確かに佐藤は、周りの奴らから『頼れる奴』とか『良い奴』という印象を持たれている。
――が。外見で人は決まらない。
その言葉通りに、委員長だって外見からのイメージとそぐわないところが幾つもあった。けれど、そんなイメージを壊さないようにといつも努力してて。周りを意識してて。そんなところが、何となく似ている気がして。だから、ひと時だけ、放って置けないときがあった。
佐藤とは1年生の頃から同じクラスだった。
その頃から佐藤は、クラスメイトは愚か教師からも『良い子』だと思われていた。真面目で、どんなことにだってひたむきに取り組む姿勢だけで、そう判断されていた。たった一言「出来ません」と否定すればいいだけなのに、佐藤は断り切れず、結局はクラス委員を引き受けた。
仕事は、最後の戸締りだったり、日誌を書いたりと、毎日日直をさせられているようなものばかり。
少し頼られ過ぎている面もあったが、佐藤は結局、何もかも1人で熟していた。
そんな様子を日頃から見ていたオレだったが、ある日、とうとう我慢の限界で佐藤の仕事を半数以上受け持つようになった。
1人で我慢して、意見を言いたくても言えなくて。
頼られてしまう“偽りの姿”を、彼女はずっと演じていた。そんな姿がどこか、オレと重なるように見てしまっていたんだろう。オレは自分と彼女を、照らし合わせていたんだ。
「……あのとき、助けてもらったこと、ずっとお礼言えてなかった。……ありがとう」
「別に……礼を言われるほどのことなんてしてないだろ。あの後、日直の大半が佐藤に仕事押し付けてたのバレて怒られてたんだから」
「それでも、だよ。……ううん。だから、かな。私のことを気づける藤崎君が、本当は私と同じかもしれないって、ずっと思ってきた。でも――藤崎君にはもう、その姿は要らないんじゃないかって、ここ最近思ってた。私は同じ藤崎君だったから好きになったけど、あの子のためなら、少しずつでも直していくべきだよ」
「うん。……うん。…………んん? 今、何て言った?」
聞き間違いだっただろうか……?
今、佐藤は『あの子のためなら』って言ったよな? あの子のため? ――っていうか、あの子って誰のこと言って……。
「この間の……えぇっと、迎えに来た?感じの子、教室に来たじゃない。確かあの子って、隣のクラスの『一匹狼』って呼ばれてた子……だよね?」
「えっ、佐倉のことか?」
「うん。あまりクラスでも馴染みが少なくて、吠えてる狼みたいに険悪だって言ってたのを聞いたことがあって」
……あいつ、クラスだとそんな風に言われてんのかよ。
「あのときは、驚いちゃってわからなかったけど……佐倉さんが、あんなに汗だくになって藤崎君のことを迎えに来たってことは、それだけお互いが大事なのかなって思って。……何か違ったかな?」
「い、いや、いやいやいや! お、オレと佐倉は、その……ただの隣人っていうか、偶然同じ境遇だったから、一緒になることが増えたっていうか、えぇっとだな……その。…………あいつのこと、多分自分でも本気なんだと思う。けど、佐藤が言うみたいに、オレは“偽りの姿”があって……それがあるから、誰かを無作為に求めてる。その対象に、佐倉がいるかもしれないっていうのが、本当はスゴく怖いんだ……」
「――でも、その子の前だけだったよ?」
「えっ……?」
佐倉の前……で、だけ?
佐藤の台詞が脳内に響き渡り、混乱を招いていた。
だがそんな混乱は、すぐさま吹き飛んだ。佐藤の――たった一言によって。
「だって、彼女のことを追いかけていったときの藤崎君、今までに見たことないぐらいに真剣な顔してたんだもん!」
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