第四部(過去編)

第26話「幼馴染は、思い出を発掘するらしい」

 ◆藤崎 透 ◆


 何と言うか、オレの幼馴染はとにかくギャップが激しい。


 普段は頼れるお姉さん風にクラスの中心人物の1人として君臨しているが、オレと2人きりとなるとその性格は一変――鬼のように変貌することがあるのだ。

 そう……例えば、オレの部屋を掃除しにやって来るときとかな……。


「――どうしたらここまで汚く出来るのよ!! いい加減学べ!!」


 ……今まさに、その幼馴染がご降臨なされているわけで。


 オレの幼馴染――『佐倉美穂』は、オレへの文句を並べながら部屋のあちこちに散乱している漫画やラノベ、それと山積みにされた参考書等を、それぞれ棚に戻すという流れ作業をひたすら繰り返していた。


 一体あれで、何往復目だろうか。

 というより、ここまで部屋を壮大に散らかせるオレが一周回ってスゴいと思うんだ……。


 リビングからオレの部屋に至るまで、至る所に本は置かれ、散乱している。ゴミ袋とかが仰山置かれているような『ゴミ屋敷』よりかはだいぶマシだとは思うが、どうも美穂にとってはこの考え自体が論外のようだ。


 こうなった原因は、数分前まで遡る。

 突然の来訪者というのは、午前中それも朝の時間帯に意図せず訪問してくるものだ。


 そしてその来訪の際などには一切の連絡などなく、まるでセールスマンのように、唐突に押しかけるもの。……単にオレが寝不足だっただけなんだが。


 だが来訪者も来訪者だ。

 第一声が「掃除しに来たからさっさと起きなさい!!」だからな? ご覧の通り、そのままお帰り頂く……なんて理想は完遂されず、現在こうして掃除を強制的にさせられているわけだ。


 先程も言ったが、美穂は普段が優しい半面、怖い一面というものも内に秘めている。

 みな、何かしら『認めない』ものが存在し、そしてそれを目にした瞬間、いつものホワイトな彼女では無くなる。……まぁ、オレが原因なんだけども。


「ったく、短期間でこんなに散らかせるとか、もっと頻繁に来てやろうかな」


「勘弁してくれ……。それじゃあ満足に本の1冊も読めねぇじゃねぇか」


「読み終わったなら本棚に戻せばいいだけでしょ? これじゃあ何のための棚なのかわかんないじゃない。有効活用しなさい! それが出来ないなら本も読むなっ!」


「……出来たらやる」


「やらないときの常套句じょうとうく使うな!」


 実際、美穂がオレを信用しないのも無理はない。

 その根拠は至って単純――この汚部屋がそれを物語っているからだ。


 片づけが出来る人間は普通部屋を散らかしたりしない。本を山のように積み上げることもしない。買ってきた本をそのまま開封もせず読むまで放置しない。


 読み終えたら片づける。

 そんな習慣もないオレの信用度がガタ落ちするのは、至って『普通』のことなのだ。


「まったく……。どうしてこういうところだけは、昔から何1つ進歩しないのかしら。少しは凪宮君を見習ったらどうなの?」


「いや、あいつの部屋も割と書庫になってんぞ?」


「絶対あんたの方が酷い」


「すげぇ言われようなんだけど……」


 中学から知り合ったオレのラノベ仲間――『凪宮晴斗』。晴もまた、オレと同じように読書好きであり、極度の愛読派だ。当然、部屋の中には本を並べ置くための本棚やショーケースなどが設置されている。


 前に一度、あいつの部屋に上がらせてもらったことがあったが、そのときの内装は少なからず、今のオレの部屋よりも断然綺麗に整頓されていた。……それは認めよう。


 ――しかし『普段』までもがそうと言い切れるだろうか?


 あいつも列記とした“マニア”なのだ。コレクションを集めるオタクと同列。きっと部屋中が本に埋め尽くされているに違いない。あのときは事前に「行ってみたい」と宣言していたからな、いくらでも片づけられる機会はあった。その隙に片づけたんだ。うん、きっとそうだ!


「そんなに言うなら、いっそのこと確認取ってみる? 絶対綺麗だから。性格からして」


「はっ! あいつは自称“根暗ぼっち”だって自分を卑下してる奴だぞ? 性格だけなら、オレの方が何千倍もマシだろうが!」


「……ほぉ。今、って言ったね」


「それが何だ……って……」


「ということは、よ。性格面から考えればそうでも、少なからずそれ以外は下位ということになるわよね。それ、自分の方が部屋が荒れてるって自白してるってことで捉えていいのね?」


「ひ、卑怯だぞっ……!! 罠を張り巡らせるとか!!」


「私は単に『網』を張っただけだもの、避けようと思えば誰にだって出来る。それでも構わず真正面から来たのは――透自身よ? そこに、私の故意は無かったと思うけど?」


「…………な、何も言えねぇ」


 な、何て卑怯な、それも巧妙な罠を仕掛けやがんだ……!

 お陰で確認せずとも自分の部屋の方が汚いと、そう自爆してしまったじゃないか! ……今度は絶対お前の方を罠にかけてやるからなっ!


「ほーら。油売ってないで、とっとと次を運ぶ!」


「……へいへい」


 オレにこんな扱いが出来るのは美穂だけだ。


 晴にも散々『仕返しだ』と言わんばかりに弄られたりするが、それはあくまでも『友人』という関係上でのこと。それ以上のことはどちらも望むことはない。寧ろ望んだら『浮気』だ。


 んな流行りのボーイズラブみたいな展開には意地でも持っていかせねぇからな? 1番怖いのは、晴の幼馴染の妄想力だが……さすがに平気だと信じたい。


 何だか以前、オレと晴で変な妄想をしたことがあったと本人が言ったらしいし。

 ……マジで勘弁してくれ。否定する気はさらさら無いが、それでもオレ達は、絶対ない!!


「……はぁああ」


 非常に気まずいことを思い出してしまい、運んでいたラノベの山を一旦本棚の前へ置き、既に収納済みの本を手あたり次第手を取っていく。


「この本棚、一体どのくらい使ってるんだろ」


 少なくとも、晴と友達になった頃にはもうあった。

 当時はここまで本も無かったし、ただただデカい収納棚だと思っていたのに……。


 所々が古びて欠けている箇所もある。

 黒色の本棚だというのに、かなり凸凹が目に入るな。白色より目立ってる気がする。

 そうして何故か『本棚』を観察している内に、オレの視界にはあるものが映り込んだ。そこには本以外の教材を収納しており、ひと際目立つ大きめの『アルバム』も収納されていた。


 棚の最下層に仕舞っていたせいか、オレ自身もどうしてここに収納しているのか、皆目検討もつかない。……それにこれ、小学生のときのだし。


「…………なつかしっ」


 オレはそれを手に取り、おもむろに開いた。

 これはまぁ、あれだ。

 大掃除している最中に懐かしいものが出てきて、つい作業している手を止めてしまうっていう、サボりなどでは決してなく、思い出に浸りすぎてしまう現象だ。


 決してサボりではない。理由作りの一環である。


 結構長い時間放ったらかしにしていたためか、かなり埃を被っていた。ぱっぱ、と掃うが、部屋の中に埃が飛び交ってしまった。


 仕方ない、窓開けるか。……事後みたいで何か嫌だな。


「ほい、これで本類は最後――って、何かまだ片付いてないし。何で窓開いてんの?」


「おー、美穂。すっげぇ懐かしいの発掘したぞ」


「えっ? ……って、それって!」


「そっ! !」


「やめてーー!! それ一体どこから掘り当てて……ってか、そんな恥ずかしい写真集なんてさっさと処分してよーー!!」


「ダメだ。永久保存版だから、これ」


「そ、そんなビデオみたいな扱いしないでよ! 人が『捨てて』って言ってるんだから、大人しく処分されなさいよ……っ!! そんな恥ずかしいの、今更何の効力もないんだから!!」


「あれあれ~? 本当に効力がないんだとしたら、何でそんなに恥ずかしそうなのかな~?」


「そ、それわぁ……」


「ほら見ろ。その様子こそが、お前自身の発言を根底からひっくり返す何よりの証拠だ。実際、まだまだ過去の美穂さんとはおさらば出来そうにありませんなぁ~? それとも何か? ここまで事実を述べられた上で、まだ『違う』と誇張するんですか? 可愛い美穂さん?」


「う、うるさいわよっ!! いいから、その黒歴史は処分する道に置かれてるのよ!! 引かれる運命なの、粉々に潰されるべき代物しろものなのよ!! だからとっとと処分させなさーーい!!」


 アルバムを見た途端にこの変わり様……。さすが、この時代に黒歴史を作り出した奴の反応は伊達だてじゃないな。と、アルバムへと手を伸ばして部屋を駆け回る美穂を見下ろしながら、心の中でそうニヤケる。




 ――さて、前にも言った通り、この幼馴染こと『佐倉美穂』は、オレの小学生の頃からの付き合いであり、幼馴染であり、現在は『彼氏彼女』の立場にいる。


 しかしながら、始めからこうだったわけではない。


 幼馴染とは言っても所詮は『他人同士』。家族でもなく、きょうだいでもなく、ましてや従妹いとこなどの関係性ですらないのだ。他人というブラフは、どうしても覆ることはないだろう。


 それこそが、かつてのオレ達には“当たり前”の認識だった。


 昔から隣に住んでいる。


 特に交友関係があったわけでもないし、お互いに気が合ったとかの恋愛チックな要素はどこにも存在しない。オレ達の関係性など、最初はその程度でしかなかった。……本当、今になって考えれば、誰がそんな考えに行きつくだろうか?




 今こうして、オレから必死にアルバムを奪い取ろうと手を伸ばし掴み取ろうとする美穂が、昔は『一匹狼』だったなんて、一体誰が想像出来るだろうか?


 今こうして、幼馴染から遊び半分かつ大切なアルバムを守ろうとするような陽キャ感溢れるオレが、昔は『寂しがり屋』だったなんて、一体誰が想像出来るだろうか?




 そのせいでもあった。

 オレと美穂の間には『知り合い』以上の関係を持つ理由も動機さえ必要無かった。


 だがそれも今や、この通りである。

 では何故オレ達は『知り合い』以上になれたのだろうか?


 それは、オレ達が『知り合い』から『それ以上』へと変わったあの瞬間――当時、小学3年生だった頃までさかのぼる。

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