第25話「彼氏は、カノジョとの未来を見据える」

 ◆藤崎 透 ◆


「…………んん」


 目が覚めると、カーテンの隙間から部屋の中へと太陽が射し込んでいた。


(ここは……どこだ?)


 意識がハッキリとしないまま、頭を動かして部屋の中をグルグルと見渡し、ここがどこかものの数秒で把握した。幼馴染――美穂の家だ。


 ゆっくりと身体を起こして、重たい頭を動かしながら、少しずつ昨日の記憶をさかのぼる。……そうか。オレ昨日湯冷めして……それで、美穂が側で看病してくれたんだっけ。

 まずは美穂に礼しないと、そう思ったときだった。


 立ち上がろうとしても立ち上がれない。何かで自分の身体が押さえつけられているように。


 えっ、えっと……何これ。


 身に覚えのない感覚に『もしや、金縛りか!?』と暗示しかけたが、その苦労を味わうまでもなく、すぐさま事件は解決の道へと辿った。


「ふにゅぅぅ……んん……」


「……み、ほ?」


 声のする方へと顔を動かすと、布団の上(というよりオレの上)にて、睡眠を取っている美穂を発見した。

 彼女は幸せそうな寝息を立て、オレの腕を枕替わりにしていたのだ。


 ……夜通しで看病してくれたんだろうか。良く見れば、彼女の目元には薄っすらとくまが出来ている。それにお凸に乗っていた水タオルも、まだ乾燥しきっていない。となれば、まだ寝付いてからそんなに時間が経っていないということになる。ったく、無理しやがって……。


 オレは眠りについている美穂の頬を軽く小突く。

 ぷにっとした感触と少し汗がにじんだ頬に、オレは少しニヤけてしまった。どんだけ心配したんだか、ただの風邪如きに。


 ……いや、違う。

 反対にオレが美穂の立場だったら、同じように夜通し看病していたはずだ。


 それに微かに記憶に残る、オレが美穂へと言った言葉――「行かないで」と、そう止めた。……夢のせいもあったが完全にあれは無意識だった。意図的にしていたら単なる甘えん坊。そんなの、とあるクラスカースト上位者と変わんねぇな。


「……ありがとな」


 小声でそう呟き、オレは美穂を起こさぬようにと注意を払いながら布団から起き上がった。


 現在の時刻は午前7時過ぎ。

 ……起きてないだろうな、さすがに。しかも今日は休日だし、夜更かししてる可能性大だよな。となれば今の時刻は丁度寝た頃だろうし。


 微かな可能性を胸に、スマホを手に取りある人物へと電話をかける。

 いつもは美穂が話し相手だが今は睡眠中。起こすわけにもいかない。決してかまちょなどではない、病人ならば普通の思考だ。……半分治りかけ状態だし、人が恋しいだけかもだが。


 というか、相手が相手だ。

 電話相手が『オレ』だとわかって素直に出るかも怪しい。

 ……と、思っていたのだが。その予想は大きく形を変えてズレた。


『…………もしもし』


「えっ、出た」


『……何なんだ朝っぱらから。用事がないんだったら切るぞ。頼むから寝かせてくれ……』


「やっぱ不健康な生活してんのなお前……ってそうじゃなくて、何で電話出てくれたんだ? いつもだったら出てくれねぇだろ?」


『…………気まぐれ』


 ……嘘だろ。オレは晴の言葉に驚きが隠せなかった。

 あの“ぼっち体質”な晴が、ただの電話に対して『気まぐれ』起こすとかどんな事件だよ!?


 軽く脳内でバグが発生する。いやいやまぁまぁ、出てくれたのは嬉しいんだけど……嬉しいんだが、少しだけ複雑な気分だ。


『……んで、要件はなんだ』


「……いーや。単にお前と話がしたい気分になったっつーか。そうだな、オレもお前と同じく『気まぐれ』かもな。正直なところ、何でお前にかけようかと思ったかなんて定かじゃねぇし。……あっ! だからって切るんじゃねぇぞ?」


『…………。……もちろんだ』


 絶対切ろうとしてたな?

 絶対今オレの相手面倒くせぇとか、じゃあかけてくんなとか思いながら電話切ろうとしてたな? よし、休日明けたらお前の過去の一部を一之瀬にバラそうそうしよう。


「偶にはいいだろ? いつもお前の相談ばっか乗ってんだから、オレにも付き合ってくれてもよ。それとも何か? オレじゃあ不満か?」


『……はぁああ、わかったよ。少しだけだからな』


「おう!」


 聞き分けが良いのか悪いのか。晴のツンデレ具合は、どうにもオレには図り兼ねない。


 多分この先も、一之瀬以外にわかる女子が出てくる確率は相当低いだろうな……。でも、これだけは知っている。晴が、どれだけ優しい人間なのかを。


『そういえば、昨日お前風邪引いたらしいな』


「えっ? 何でそんなことお前が知ってんの? ……はっ! まさかお前、超能力者か!」


『創作設定持ってくんな。ってかそんなの、教えて貰ったに決まってるだろ。勝手に僕をなろう系主人公にするな。……佐倉さん、かなり動揺してた。お前が風邪引くとこ自体が珍しいとか言ってたし。実際そうなのか?』


「あ、あぁ」


 ……あいつ、どんだけオレのこと心配してたんだよ。

 本当、オレの知らないとこで可愛いことしやがって……!


「別に、お前と出会ってからは、ってだけだ。年がら年中風邪引かないってわけじゃない。それに、風邪は大抵寝れば治るって言うしな! 学校休むまでもねぇし!」


『……そうかもな。実際、僕の耳元で騒いでる奴は、昨日寝込んでた奴と同一人物とは思えないほどにうるさいしな』


「おい! それ、遠回しにオレのことうるさいって言ってるだろ!」


『まぁ、その真偽はさて置いて……』


「おい投げるな」


『念のための保険はかけておくべきだろ。風邪を甘く見てると痛い目みるぞ』


「……それと似たようなの、昨日も訊いた気がする」


『ほぉ。さすが佐倉さん、お前の性格を良くわかって言ってるな』


「その言い方、まるでオレが親の言うことを聞かない『反抗期』真っ盛りの子どもみてぇじゃねぇか……!」


『みたい、じゃなくて本当のことだろ』


「この野郎……!」


 いつ誰が反抗期迎えてるって? とっくに終わって思春期送っとるわ!


 とはいえ人間として生きていく以上、反抗期とは成長の過程で必要となってくるもの。周期とは必ずしも訪れるものだが、オレは美穂に対して反抗期を起こすつもりは微塵もない。

 ときに……変な方向へ外れることはあるけども。


『……いい幼馴染持ったな』


 と、又もや晴の口から意外な言葉が飛び出した。


 幼馴染であった『一之瀬渚』との関係性が変化し、こいつも少しずつ変わってきている前兆のようなものなのかもしれない。……後はなぁ、こいつの時々零れる黒い部分が綺麗さっぱり無くなってくれたらなぁ、何も言うことないのになぁ。


 何でも吐いていいと言ったのはオレだけども、当時はここまでなるとは思ってなかった節もあった。何がそんなに気に入らないのやら。オレはちょっとちょっかいかけてるだけだってのに。


「……それはお互い様なんじゃないか? お前も、一之瀬と上手い感じになってきてるし、そろそろクラスに打ち明かしても――」


『無理』


 即答された。

 しかも簡潔に、たった2文字で……。


 即答されるほどに酷いと感じるものはない。それも、簡潔にまとめられた言葉でなら尚更。


「お前なぁ……。何でオレに対してだけそんな当たり強いわけ? そりゃあ『何でも吐いていい』とは言ったけどさぁ……。昔はここまででもなかっただろ」


『過去の行い』


「オレって何かあなた様のご機嫌を損ねるようなこと致しましたか……?」


『思い当たるまで遡ってみるんだな』


「何その軽い生き地獄みたいなの……。普通に嫌なんだけど」


 とはいえ、想像するのは容易い。

 それはあの日――お前にオレが言った言葉から。


 単純で、気まぐれから始まったオレ達の“他人”と“親友”の境界線。今のお前が語りかけるのは、果たしてどっちに、なんだろうな。……晴。


『……それにだ。そういう君らだって、クラス中に「付き合ってます」みたいな宣言とか発言なんて、1回もしたことないだろ』


「そりゃあそうだけど……」


『陽キャにすら出来ないことが、僕に出来ると思うのか? 踏み外す未来しか見えないぞ』


「悲しいこと言うなって……」


『――でも、そうだな。したいとは思うよ。……だから文化祭、ちょっと頑張ってみようと思ってる。渚のためだけじゃない、僕自身のためにもだ』


「……っ!! そっか。晴がそう覚悟を持つなら、オレは全力でアシストしてやるよ」


『……礼は言わないぞ』


「安心しろ。これは“他人”からの、。背中を押すわけじゃなく、ただ単にオレ自身がそうしたいだけだ。他人なんだし、気にする必要はねぇの楽だろ? 偶然、あくまでも偶然、その場に居合わせるだけなんだからな!」


『……恩に着る』


「何のことかね」


 オレ達はお互いに『付き合っている』と表沙汰にしたことはない。まだ付き合ってからも日が浅く、幼馴染として周りが受け入れ始めても日が浅い。


 人間とは裏表が見えない生き物だ。


 他人を受け入れるフリをして、平気な顔して翻す残酷で冷徹な人間だって存在する。そんな誰が『味方』で、誰が『敵』もしくは『裏切り者』かもわからない世界に、油断こそが最大の命取りと成り得ることとなる。


 多分晴と一之瀬は知っている。人間の裏を。知っているからこそ、互いに互いを庇い合う形が生まれたのだと思う。


 話して欲しいと思ったこと回数は数知れない。

 だが無理に話しをさせても意味などない。オレはあくまで“他人”であり“親友”だ。晴のことを影から支える存在になると、そう決意したのは言うまでもなくオレ自身だ。


 ならばオレは、自分の意志で前へ進むと決めた晴を応援するし、援護もする。

 だって、その真意は1つ――幼馴染への想いだから。


 ――幼馴染では物足りない。


 そう思ったからこそ、オレ達は幼馴染と付き合っている。

 ……ずっと一緒にいるために。もう、お互い1人ではないのだと叫ぶために。


『……んじゃ、お大事に』


「おぉ。サンキューな、付き合ってくれて」


『誤解を招く言い方をするな、キモい』


「辛辣すぎっ!」


 プチっ、と通話が一方的に切られる。

 友人同士の間に、果たして「キモい」という台詞で締め括られる会話が、この世の中に一体どのくらいあるのだろうか。オレだけじゃ……ないよね? そうだと言って?


 そう考えたら、晴も美穂に負けず劣らずのツンデレっぷりだよなぁ。

 いつもはツンツンしてて何考えてるのかわかんないような言動してるくせに、一之瀬が一歩でも踏み込めば途端に顔真っ赤にしてさぁ。……ああいう、わかりやすい反応をする奴は見てると、本当に面白いと思う。見ていて飽きないし。


 それに、中学のときとは違うのだ。

 ただ、オレが出会った頃の晴と今の晴は、本当に同一人物なのかと時折思うこともある。


 美穂もその1人だ。尤もこいつの場合は、面白いという概念を飛び越えてしまうだろうが。


「…………」


 部屋へと戻ると、美穂は未だに布団の上で熟睡していた。


 晴と電話していた時間が約1時間。……起こすのは気が引けるが、そろそろ起きてもらわないと空腹で死にそうになる。自分で作れ、と怒りのコメントが飛んできそうだが、生憎とオレが台所に立った日には、朝からこのマンションの警報が鳴る大惨事となるのが確定演出。だから美穂にも止められている。やめろ、と……あぁ、悲しい。


 時刻はそろそろ8時を回ろうとしている。

 さすがにもう、腹の虫が収まりそうにない。


 寝ている美穂の肩を軽く叩く。

 1回では到底起きず、何度も同じ容量で叩いてみる。

 すると……、


「……何よもぉぉ」


「いつもの口調が出てんぞ」


「………。……あれ、透?」


 眠気まなこを擦りながら起き上がる美穂に「おはよ」と、オレは挨拶する。まだまだ寝ていたいって顔してんな。でも、無理もない。オレの看病を最低でも夜明けまでしてくれてたっぽいし、朝日が昇って、そこまで経ってもいないからな。


 だがそんなオレ自身の考えとは裏腹に、眠気状態のままオレの顔を直視すること数十秒後――彼女は一気に意識を覚醒させ、眠気よりも『現状』に驚いたをしていた。


「と、透! 具合は……」


「うーーん、まだ少し頭痛ぇぐらいだな。けど、誰かさんが付きっきりで看病してくれたから、だいぶ楽にはなったかな」


「……そっか。よかったぁ」


 安心したように美穂はその場で安堵の息を溢す。

 その途端、オレの腹の虫は限界を迎えてしまったらしく「ぐぅぅ~」と元気な声を上げた。


「……ぷっ!」


「わ、笑うなよ! こっちはまだ本調子じゃねぇんだ!」


「どの口が言ってんのよ! ……もぉ、朝っぱらからこんなに笑わせないでよ、腹筋壊れるじゃない! あぁぁ~~、本当に笑い死ぬかと思ったぁ!」


「…………うっせぇ」


「はいはい、もうこんなことで拗ねないの! ひとまず、元気になりかけなのはわかったから、さっさと朝ご飯の支度しないとね!」


 幼馴染とは少し違ったオレ達の関係。

 晴がクラスに打ち明けるか悩んでいるのと同じように、オレも迷っていたりする。


 こんな、2人っきりの時間を大切にしたいと思う半面、美穂のことを知らしめたいと思う自分がいる。見せびらかしたい。オレのなんだって……自慢したい欲がある。


「朝ご飯は何がいい? リクエスト、何でも聞いてあげる!」


 ――でも、今だけは思うんだ。


 もう少しだけ、このままでもいいかもなって。

 こいつとの将来を考えてからでも、全然遅くないんじゃないかって。


 もう二度と、1人きりにならないために――。


「……んじゃあ。温かいおかゆが食べたい」




 ◆あとがき◆

 以前投稿していた分は以上です。第四部からは、週三投稿となります。引き続き、この幼馴染たちと、どうしようもない作者を見守ってくださると嬉しいです。

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