第12話「私は、如月さんの無鉄砲さに呆然する」

「……というか、どうして如月さんがこんなところに?」


「こんなところ言うな」


 彼女に対する第一声であった。

 いや……いやいやいや! だって普通こういう反応するものでしょ!?


 あの宿泊研修以降も、晴斗は如月さんとお互いの趣味を共有している場面は、何度もこの目で見てきた。主に廊下で。晴斗曰く、教室に入るという努力への一歩目を拒んでいるとか。


 ――だったのにさぁ!


 何で凪宮家にはこうコロっと何事も無かったかのように居座れてるわけ!? 完全にこれ入り浸ってるじゃん!! エプロン姿じゃん!! 絶対さっきまで台所に立ってたの如月さんじゃん!!


「あぁ……。それはだな――」


「そうですよ! 聞いてくださいよ一之瀬様!」


「え、な、何を……?」


 何かを伝えようとしていた晴斗の言葉を遮って、如月さんは晴斗の背後から身を乗り出して私の顔を真剣な眼差しで見つめてきた。……えっ? 何コレ?


「話の魂胆は、今から2時間前でしたでしょうか。読書も終えて暇を持てあましていたもので、ついノリで凪宮君に電話してみたんですよ」


 あっ……もう連絡先は交換済みだったんですか。

 私の着眼点はまずそこだった。

 如月さんはそんな私の心情など知りもせず、話を進める。


「最初は何気なく話をしてたんですが、丁度そのとき今日のお昼の話になりまして。それで『お昼は何を食べる予定なんですか?』って訊いたらですよ! 凪宮君ってば『……暑いから素麺』って、まだ夏本番でもないのに夏の風物詩を食べようとしてたんです!」


「は、はぁ……」


「もぉー、信じられないです! こんな梅雨の時期から夏の風物詩を味わってしまったら、夏という中での1つの楽しみが潰れることになるというのに、お構いなしだったんですよ! だからこうして、お昼メニューを作りに来たというわけです!」


「……如月さん、料理は得意なの?」


「まぁ、人並みと言いますか最低限の家事能力ぐらいはありますよ。ちなみに今作ってるのは、煮込みハンバーグです!」


 自慢げに話をしたいのか、えっへん、と効果音を付けて如月さんは胸を張る。

 一般家庭では夜にしか出なさそうなハンバーグのお皿が、真っ昼間から食卓に並べられていた。


「……ここはファミレスか」


「何を言うんですか、凪宮君! こういうのは形から入るから良いんです! それに、夏本番にすら入ってないというのにバテたりしたら大変ですからね。ちゃーんと、栄養のあるものを食べないと! ですよ?」


「そうじゃなくて、この偏ったメニューにケチつけたいんだが」


「同感かも……」


「何でですか! そ、それに一之瀬様までぇ~……!」


 こればかりは如月さん側に付くことが出来そうにない。


 ファミレスでの昼・夜メニューが『ハンバーグ』だと概念を付けるのであっても、さすがにその固定概念を食卓に持ってくるのは、何かこう……場違い感があるというか。

 あれは、ファミレスという名の外食メニューだから違和感がないだけ。


 こんな夏場のお昼間際で、熱々のハンバーグというのはさすがに食欲が落ちる……。


「うーん……、何がいけないんでしょう。冷え冷えならいいんでしょうか?」


「ハンバーグとして機能してないんじゃない? それは……」


「夏で出すんならせめて夜にしろ。真昼間から肉を貪れる人間なんて、早々いないぞ」


「それ、キャンプ場でバーベキューをするということを否定してますからね? 青春の1ページとも成り得るイベント全否定してますからね!?」


「一々突っかかるなよ、面倒だから」


「面倒とは失礼ですね! 食への冒涜ぼうとくですよ、日本人に喧嘩売ってますからね!」


「はぁ……。どうしたらいいんだこいつ……」


 本気で嫌がってるわけじゃないのは、彼の口調から、彼の表情から推察出来る。


 その視線と声はまるで、クラスメイトである『藤崎透』君に向けられると大差はない。前提として、話せる相手が限られるというのがあるけれど。


 晴斗と藤崎君。


 普通通りの学生生活の中でわかれる陽キャ組と陰キャ組み。2人は私達のように真逆な立ち位置。それでも2人は、ある日を境に度々一緒にいるところを目撃されるようになった。それこそ、教室から廊下、ましてや晴斗にとって聖域とも呼べる図書室までもで。


 事の発端は、全て私から始まったこと。

 晴斗が交友関係を望まないのも、全て……。


 ただ、生まれたからずっと、まるで兄妹のように育ってきただけなのに。

 ただ、私が彼と一緒に居たかっただけなのに――。


 その欲望がもたらした結果を受け止めたとき、私は

 この世を全て、恨みたくなった。


「……大体だな、僕は帰ってくれって言ったはずだぞ。この後客が来るからって」


「むぅ、確かにそうでしたね。実際こうして、一之瀬様が凪宮家に上がってきているわけですし。凪宮君のことですから、私の多大なる恩恵から逃れようとしているものだとばかり」


「たとえそれが恩恵でも、絶対必要ないって投げてたがな」


「スキルものなの、それって……」


「いや、知らん。如月が勝手に言ってるだけだ」


「もぉ! 私の最大限な感謝に胸を広げて欲しいぐらいですよぉ!」


 如月さんはそう言って、パタパタと、両腕を広げる。


 彼女のような出会い方をしたかった。

 一緒の趣味で、性格も似て、それでいて……尚且つ自然体で話せるような。


 そう、


「――ちょっとぉ、晴兄。さっきから何騒いで……って、渚さん! 来てたんだったら遠慮せずに部屋来てくれて良かったのに~!」


 すると、リビングに降りてきたのか、晴斗の実妹――優衣ちゃんが私を見るなり、尻尾を振って嬉しそうに近寄ってきた。


 ……あ、そうだ。私、優衣ちゃんの家庭教師に来たんだったっけ。


「ご、ごめんね。少しトラブルがあって」


「トラブル? ……そう言えば、さっきから香ばしい肉汁のいい匂いが――って、貴女誰!?」


 優衣ちゃんは指を如月さんへ向け、必死な眼差しで私へ「説明してください!!」という圧を向けてきた。


 そして一方、いきなり大声で優衣ちゃんに「貴女誰!?」と言われてしまった如月さんは、反射的にか、台所の影へと逃げるように隠れてしまった。晴斗とは違った意味の、完全無欠なコミュ障少女爆誕である。完。


「な、凪宮君……そ、そちらの方は」


 ひょこっと、顔を出して如月さんは晴斗に問う。


「妹だ。実のな」


 実の、を付け加えたのは多分、義妹妄想を避けるためだろうか。ライトノベルを読み進めると、その設定のラブコメ作品結構出てくるから、それ対策だったりするのかな?


「い、妹さんでしたか! す、すみません……。初対面だというのに、何と言うかその……挨拶もせずに上がり込んで、その挙句、自己紹介もせずに引き下がってしまって」


「年下に頭下げるなよ……」


「し、仕方ないじゃないですか! 昔からこういうの、癖なんですよ……!」


「まぁ、晴兄の戯言は抜きにしても、別に気にしてないですから安心してください――というか晴兄、いつの間に渚さん以外の女作ったの!? 浮気!?」


「う、うわっ……!?」


「ち、違うよ優衣ちゃん!! もう何言ってるの!!」


 私と晴斗が幼馴染の枠を越え、恋人と呼べる関係性になれた協力者リストに、優衣ちゃんの名前も含まれている。


 それは当然、私達が『付き合っている』ことを知っているのと道理なのである。


 ……いやでも、浮気って。優衣ちゃんのガチっぷりがスゴい。……あぁいや、私もさっきまでいろいろ勘繰りしてから言える台詞は無いけども。


「そういや、話してなかったな。如月千聖、オリエンテーリングのときに知り合った。んで、その後も何やかんやでつるんでる。あーいや、つるんではないか。一方的なことが多いな」


「善良な市民に何てこと言うんですか! 第一、私はそんな一方通行な方向で凪宮君とお友達になったんじゃありませんよ! 凪宮君の方からだって……その、ありましたし!」


「(今躊躇ったような……)」


「僕は真実を告げたまでのことだ。はい、反論は?」


「……ない……です」


 このやり取りに、果てしないデジャブ感を覚えるのは私だけだろうか……?


「……まぁ、それはそれとして。兄の友達でいいんですよね?」


「はい。その通りであります!」


「(あります……?)」


「友達になった覚えはないんだが」


「そんな理不尽極まりないこと言わないでくださいよ! メアドだって交換したじゃないですか! えぇっと……ほら、この通り私のスマホに凪宮君のメアドは登録済みですし!」


「如月さん、ストーカーみたいな台詞になってる気が……」


「実質そうだろ。鍵が開いてたからって、チャイムも無しに上がり込んできたんだから。危うく通報するところだったんだからな……」


「……拭えないね。やっぱり既成事――」


「そんなこと絶対ないから!!」

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