第11話「幼馴染が、何故か女友達を連れ込んでいる件」
……い、いやいやいや。決めつけなんて良くない。
いくら女物の靴とは言ってもそれが晴斗への……だなんて、そんな理屈もない根拠が必ずしも当てはまるわけないじゃない! 普通に優衣ちゃんの友達の靴かもしれないし。晴斗と違って、優衣ちゃんは交友関係広いみたいだし。
……いやでも待って?
今日がカテキョの日だってことは優衣ちゃんも知ってるはずだし、そんな中で友達を家に呼ぶって可能性は低い。そもそも、あのしっかり者の妹ちゃんに限って……。
――となれば、やっぱり晴斗目当ての客ってこと!?
「……ぁ、あぁ……」
足が徐々に後方へと退く。そして同時に、思考回路が若干後ろ向きへと傾いていく。
私以外の……女子友達、だなんて。
聞いたことも見たこともなかった。晴斗が積極的に友達を作るタイプではないと、自己解釈していたのが間違いだった、ってこと……!?
そ、それとも本当に――。
と、とりあえず、現状確認をする方が先よね……。この靴が一体誰のものなのか。そしてこの家に何が起こってるのかを確認すべきよ! そ、そう! 全てのことは状況確認から、とか言うじゃない!(※言いません)
つ、つまりよ。こういう状況に陥っても、焦らず、慌てず、騒がずを基本にして、行動するのが鉄則ってことなのよ! うん、そう。……だから、落ち着けぇわたしぃ~!
「ふぅ~……。はぁああ~……」
大きく深呼吸をし、高鳴る心臓の鼓動を抑える。
勇気を振り絞り、普段は何の迷いもなく上がる晴斗の家の中へと、慎重に踏み入れる。
――と、その瞬間。
「あれ? 渚、来てたのか?」
「……、……は、はる、と?」
「何だその顔は。僕の顔に何か付いてるか?」
「い、いや、単にビックリしただけ。そ、そうよっ! 足音を立てて歩いて! 気配消した状態で急に現れるなんて心臓に悪すぎるのよ! 江戸時代のねずみ小僧じゃないんだから!!」
「えっ……? 何で今怒られたし」
あ、焦ってしまった……。
つい反射的に述べたけど、訳のわからないことを言ってるのは自分でもわかる。動揺しているのが自分でも丸わかり状態なだけにめっちゃ恥ずかしい……!! それに気づかない晴斗はもう殿堂入りだよ。もうそこへは誰も辿り着けないよっ!
……けど、問題はここからの切り替えしかな。
この、動揺した挙句に出してしまった答えを、如何に変な方向へ持っていかず、晴斗にこの靴のことをどう訊き出すか……。
心理戦――というより、頭脳戦に近い。小説の中にも似たようなシーンがあったけど、実際の心理戦とはこんなにも緊張するものなんだろうか。他人事のようにあのときは『スゴい』といった簡潔で、圧倒された感想しか持てなかったけど……。
――なるほどね。これは確かに動揺するよ!
今になってあのときのヒロインの気持ちがわかった気がした私である。
「んで? 今日は優衣の家庭教師だったっけ。優衣なら部屋にいるけど、お昼どうする?」
「お、お昼?」
「この時間に来るってことは、どうせまだ食べてないんだろ? 今作ってるからさ」
「えっ……。じゃあ、尚のこと火の元離れちゃダメなんじゃ――」
そこで私は、自らの言葉で地雷を踏み抜いたことを理解した。
「あっ、それは平気。今、一緒に手伝ってくれる人居てくれてるからさ」
「…………ふぇ?」
その対象はどんなに覆そうにも覆せない。
踏み抜いたのは自分自身という過程はどうやっても覆らない。それを自覚するということは即ち――私自身の中で消去したい可能性が生まれたも同然だった。
「大体なぁ、火の元を離れるときぐらい――」
「――凪宮くーん。お友達ですか~?」
自覚し、自分の中での処理が追いつかずにいたのも束の間、私の耳にリビングからハッキリと聞こえたのは、いつも聞く優衣ちゃんの声ではない、別の女子の声だった。
あぁぁあああ…………これはマジモンのやつだ。晴斗に完全に媚びてる声だぁ……。
「あー、平気平気。渚だったから」
「……渚さん? って、な、なぎ……一之瀬様のことですか!?」
心中で絶望の空間へとダイブしていく私とは打って変わり現実世界。耳に届くその声は晴斗にではなく、明らかに“私への”好奇心を示す声を上げていた。……私を、知っている?
意識が徐々に浮上する中、ドタドタと床を勢いよく蹴り駆ける音が響く。
そしてそれと同時に聞こえる、けたたましいほどの物音。
晴斗は重苦しいため息を吐き「何やってんだ…」と、リビングへ戻って行った。
「……んん?」
脳内で棒状の何かが引っかかる。
晴斗の身近な人で、女友達。それに加え、先程声の主は私のことを知ってる口ぶりで『一之瀬様』と呼んだ。私が世で1位2位を争うほどに忌み嫌う、ため息しか出ない呼び名を。
一体どこから漏れ、どうやって拡散したのかは定かでないが、尊敬の意なのかただの宗教の生業事なのか知らない、私にとっては絶対慣れたくない『様付け』。
このあだ名を知る人間は限定される。雅ヶ丘高等学校に通う生徒のみ。
そして何より……他人との関わりが広くない晴斗と親しげに話している、ということ。けれどそれだけでなく、その声の筋には、晴斗のことをきちんと慕っている様子だった。……となれば、私の推測はたった1人の『コミュ障少女』しか導かなかった。
恐る恐るリビングへと入ると、そこには晴斗と眼鏡をかけた少女が立ち話をしていた。
「こ、こんにちは……」
「ほ、本当に……一之瀬様、なのですか!? わ、私は今、幻でも見てるのでしょうか!?」
「安心しろ、本物だ」
晴斗と同種……いや、最早同類と呼ぶべきだろうか。それほどまでに陰の光を放つ彼女は、晴斗の背後に隠れながら、ひょこっと私をチラ見する。
――そのとき、私はほんの数週間前の出会いを思い出した。
旅館の廊下で初めて会話をしたときも、まるで私のことを応援する熱血ファンのように慕ってくれていて……。どうやらあれからも健在だったらしい。
「か、感激です~~っ!! こんなところで、まさかお会い出来るとは思ってなかったので!!」
「こんなところで悪かったな」
「……はっ! い、いや、決してそういう悲観的な意味ではないですからね!? 誤解しないでくださいよ!? 私はただ単に、こうして女神様にお会しているという現状に満足感を得ているだけで、決して凪宮君の家をどうこう言ってるわけではなくてですね――」
「わかった。わかったから、一旦落ち着け」
宿泊研修――5月下旬に行われた、1学年の合同行事。
そのときから知り合い、趣味を共有し、すぐに仲良くなって、あれからも時々クラスにやって来てはライトノベルの貸し借りをしていたりする。
あのときしか直接話をする機会が無かったもんだから、彼女の声質を忘れかけていた。
……だってねぇ、まさか彼女だとは思わないじゃない?
そう、私の目の前で晴斗と漫才のようなやり取りを繰り広げているのは、お下げの三つ編みで眼鏡を掛けた『
……えっ? というか、何でここに彼女が居るの!?
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