第13話「私と幼馴染の妹は、趣味が合致するらしい」
晴斗の部屋の斜め上、そこが優衣ちゃんの部屋となっている。
廊下側の扉にはネームプレートで『ゆいのへや』と彫られており、そしてその裏側には『無断出入り禁止』という如何にも女子の部屋と言わんばかりの文字もある。ただしそれだけは、油性ペンで書かれてある。購入した後に、優衣ちゃんが自分で書き足したのだろう。
思春期なら、たとえ親であろうが、それこそ“きょうだい”だろうが、部屋へ入れることさえ嫌になることがある。
それが一種の『反抗期』の始まりになるんだと思う。
人間としてある程度育ってくると、いろいろなものに興味を持ち始める。
それが現実恋愛であったり、二次元の恋愛であったり、スポーツだったり、勉学だったり、そして……あまりよろしくないものだったり。教育上の指導として必要なことだから、それを全面的な意味で否定するつもりは一切ない。
現に私だってそう。
あまり挿絵が乗っているページは開かずに、そ、そういうのを……読んでいたりするわけだし。
『健全な』――なんて言葉を使う男女は比較的、そっち方面に詳しい人間だったりする。
私もこういう思考に陥ることになるとは、ハッキリと言おう。思っていませんでした……。
けど、噂の流れが早い世間様なら、こういう面においても流れが話を跳躍させ、各所の人々へと伝染していき、それを受け入れた者を『同士』と言うのだと、最近になって気づいた。
「……………」
「まだ慣れませんか? この部屋に」
「ふぇ!? そ、それわぁ……。だ、誰だって、似たような反応はすると思うんだけど……」
「第一印象だけで人柄を決めるのは良くありませんけどね。でもそうですね。実際問題、受け入れる人の方が少ないのは事実ですし、別にそれに対して、周りがどうこう言うのは構いませんよ。ですが、そんな勝手な価値観で、違った価値観を否定するのは違います。そうだと思いませんか?」
「……言いたいことは何となくわかるけど。私の疑問とは、ちょっと遠のいてるかも」
――さて、今のこの状況と会話について、少し説明していこう。
凪宮家の人間というのは特殊な家庭だ。誰かが何かしらの特技に長けていたり、飛躍し過ぎている突発的な才能を持っていたり、文武両道の名に揺るがない技量を併せ持っていたりと。あの人や晴斗を『才』とまとめるなら、優衣ちゃんは『変』、つまりは飛躍した発想を持っているということ。
それは、この部屋全体に置かれた本棚の中身が語っている。
ある特殊な系統に関心を持つ人は、世間では『オタク』と呼ばれ、そしてその仲間を通称で『同士』と呼ぶ。
私も一応、その部類に入る人間……かもしれない。
ただ違う点を挙げるとすれば、私はまだ、優衣ちゃんと同じような種類の本を堂々と読めないというところ。なので、小説を好む典型的なオタク、と言うのかもしれない。
だけど、これだけは断言しておきたい。
優衣ちゃんよりかはまだ、健全な全年齢対象だって!!
「……でも本当、中学生までもが、こういうジャンルに手を出せる時代になってるなんて」
「何だかお母さんみたいですね……。でもそれを言うなら、1歳しか離れていない渚さんだって、似た系列の小説とか読んでるじゃないですか。前に私が薦めたときは全力で拒否してくれちゃったのに。寂しいですよ?」
「な、何でそれ知って……」
「あー。晴兄から聞いたんです」
……その言葉を聞いた途端、思考が完全に停止した。
機能停止。処理不可能。
全てのシステムがシャットダウンし、膨量の情報を閉鎖するためのシャッターまでが降りる音がした。
「……えっ!? は、晴斗、が……そんなのいつ知って――」
「だいぶ前から知ってたっぽいですよ? 確か初めて聞いたのが、晴兄が中学の頃でしたね。……あっ、そういえばあまりキツく言うなって、言われてたっけ。あ、あの、すみません! 地雷踏み抜いちゃったら……って、もう遅かったか」
「…………」
「あのぉ……。もしもーし」
「…………私はロボットじゃないです」
「あ、起きた!」
正直精神が三途の川を渡りかけていた。
……勘付かれるのと、ハッキリと知られていた、というのは重みも意味も違うものだから。
私が“そっち系”に手を出し始めたキッカケは、本当に好奇心だった。始まりは誰だってそうだろう。何かに影響されて、関心が無かったことを徐々に知っていき、そして特定の人間にとっては、それが『生き甲斐』となることもある。
治安がどうこうではない。
要はその『根』に気づくのが早いか遅いかだけの問題。私が早かったのか遅かったのかは、自分でもわかりっこないけれど。最初は優衣ちゃんからの情報だった。そしてそれからweb漫画を調べて読んでみて。初めて読んだこともあって、どんなジャンルだったかは、今でもよく覚えている。そして……胸が苦しくなったことも。
世間体からは『同性愛』とは否定されやすいもの。
そもそもそういう感情を抱く人間が世界中にごまんと存在するわけではないのだから、受け入れられることは少ないのが現実。そんな『異常者』を煙たがったり、差別したり、イジメたり……そんな描写を、何度も読んできた。
そしてその光景を、何度も自分に当てはめたことだろう。
状況はまるで違うけれど。それでも、私は……重ねずにはいられなかった。
「……ごめん。意識飛んでた」
「ほ、本当に、大丈夫ですか? あっいや、そもそもは私が躊躇いもなしに言ったせいだったし。その……ごめんなさい」
「別にいいよ。そりゃあ、ちょっと驚いたけどね……」
嘘だ。本当は心臓が口から飛び出そうなぐらいには驚いた。
だがここで変に事実を伝える必要はない。年下で、それも自分にとっても妹のような存在である優衣ちゃんに、告げる重要性はこの中にない。そう判断したまでのこと。
「ごめん、心配させちゃって。……さてと、十分に休憩時間は取れたし、続き始めよっか!」
「えぇぇ~~……。もう少しだけ休憩したいんですけど、ダメ?」
「敬語使おうね。普段と違って、今は私家庭教師なんだから。それに、さっきまでの話でだいぶ休めたでしょ? 教える立場になった私は、いつも以上に厳しいからね?」
「お、鬼いぃいいい~~!!」
私と幼馴染の妹は趣味が合致する。
それが、漫画に向いているか文字に向いているか、それだけの違いだけ。根本的な文面は変わらないのだから。
私は背後の本棚に入った、大量のそっち系漫画に見張られている感覚を覚えながらも、若干どよんとした優衣ちゃんに残りの授業を行ったのであった。
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