第3話「僕は友人に、デート案を相談する」

 軽くため息を溢した後、僕は壁に掛けられた時計へと目を移す。


 大きい針は授業開始5分前を指し示していた。

 次は体育のため、僕もそろそろ移動する必要がある。読んでいた本のページに栞を挟み、体操着が入ったバッグを肩に掛けて席を立つ。


 教室の冷房が少し回った空間から、廊下に出た途端、スゴく梅雨の季節に助かっていたのかと思わせる。夏場の冷房って、マジで神。

 蒸し暑さが残る廊下を、僕は前、渚は後ろに着いて一緒に歩く。


「……何でだ」



 そう、気をつけるべきなのは何もクラス内だけではない。

 渚はこの学校の中でもかなりの人気度を誇る有名人。そんな、いち有名人と一緒に歩いている、何て状況が広がっているこの状況を見られてみろ。……本当、一面記事もんだな。


「ってか、体育の前に本読むの止めたらどうなの? いくら何でもギリギリ過ぎ。エンターテイメントも良いところだよ?」


「別に芸人じゃないぞ、僕は。単に読書したいだけ。それ以上もそれ以下もない」


いさぎよいのか、それとも捻くれてるだけなのか……」


 失礼な、僕は至って真面目だ。

 授業開始のチャイムが鳴った後でも、授業開始の号令がかかるまでは授業じゃない。だったらその間という空白の時間を自分にとって意味のあるものしたい。それが人間の本能だ。……あくまでも僕の意見だが。


「……まったく。それじゃ、私着替えてくるから。先に言っとくけど、覗かないでね?」


「んな度胸が僕にあるとでも?」


「それもそうだね。それじゃ、また後で!」


「おう」


 体育館近くの更衣室に着いた僕達は、それぞれ男子用と女子用の部屋に入る。

 思春期真っ盛りという以前に、大人に近づきつつある男女が共に部屋で着替えるなんて普通ない。あったらその学校、教育委員会にでも訴えとけ。


 ……それにしても、どうしたもんだろうか。


 放課後デートなんてつい乗せられた形で受けてしまったが、実際あいつは具体的に何をしたいんだろう。単に遊びたいだけなのか、それともいつも通りに過ごしたいのか。


 とはいえ、僕達が普段寄ってる場所なんて、本屋だったり、ショッピングモールぐらい。でも九割程度は本関連か。僕はあいつと、どんなデートがしたいんだろう――。


「よっ! 今頃着替えタイムとか、相変わらず余裕だな!」


「……何だ、お前か」


「何だとは失礼だな。お前にとって唯一無二の親友様だろうがよ!」


 着替えている場面を覗き込む、か。なるほどな。女子にはあり得て男子にはあり得ない『覗き行為』だが、今この瞬間、どうして女子が叫びたくなるのかわかった気がした。


 同性同士に対しての偏見があるわけではないが、少なくとも僕はノーマルだ。

 だが、扉を開けた先に半身半裸な人間が突然視界の中に入って来るという光景は、どうにも目が痛くなる。男子でこれなら女子の場合は想像以上なんだろう。


 目の前で堂々と着替える男子が1人。

 ……なるほど。これが佐倉さんが言っていた『変態の性質』ってやつか。勉強になった。


「おい、今何か変なこと考えなかったか?」


「気のせいだろ。というか、お前こそ何でこんな時間に着替えてんだよ。真っ先に教室から飛び出してったのを見た気がしたんだが? ……あぁ。あれはドッペルゲンガーという可能性も」


「変な思考パターンに持ってくな! 単に汗搔いたから着替えに戻ってきたんだよ。そしたら、ようやく着替え出し始めた友人の姿を目撃した、ってだけの話だ」


「……本当かな」


「相変わらず信用性ないのな!」


 藤崎ふじさきとおる――同じクラスメイト兼文芸部所属の、現段階にて唯一気を許せる友人だ。中学1年生、クラスメイトから遠巻きにされることを望み、それこそが幼馴染を守れる最適解だと思い込んでいた当時、こいつだけが僕に唯一話しかけてきた奴だった。


 こいつが僕の周りを変えていった。


 小学校でのある出来事がキッカケで他人から距離を置き始めていた僕にとって、こいつのように後先考えずに今現在広がった『出来事』を突っ走る奴は、正直な話「バカな奴」そのものだと思った。


 だがあのときのことから考えても、透が良いカンフル剤になっていたのは間違いない。


 別に1人ぼっちを望んでいても、変えられたことで憎んだり恨んだりなどはしない。それが僕達にとって最適解だと思っていただけに過ぎないから。また裏切られる――そう思うことさえ、嫌々してたし。


 今の僕があるのは、大半こいつのお陰でもある。

 感謝はしている。透のお陰で『裏切る』のは、そう教わったから。


「……あ、そうだ。なぁ、透。少し訊きたいことがあるんだけど」


「お? 何だ、また図書室で知り合った女子に告白されたか? このぉ、オマセさんめっ!」


 ――ただし、こういうところだけは本当に好かない。

 明らかに人をおだてる天才だ、こいつは。その内誰かに釘打たれて尽き果てるかもしれない。そうなったら来世は、せめて清らかな聖人にでも転生してくれ頼むから。


「……そういうことじゃなくて。その、放課後デートって、何すればいいと思う?」


「何だ? 急にそんな真剣なこと訊いてくるなんて、珍しいな」


「…………今日の放課後、誘われて」


「ほほぉ~? あの一之瀬も随分と大胆なことしてくるようになったな~。やっぱお前ら、宿泊研修のときに何かあったろ。明らかに様子違うし。いい加減教えろって!」


「何もないって……!」


 宿泊研修、か。確かにあのとき、僕と渚の間には大きな歪みが生まれた。


 打ち明けることが禁止され続けた僕達が、ようやくお互いの本音をぶつけられるようになった。言えなかったこと、言いたかったこと。常に『視線』が付き纏うのは変わらない。きっと、これから先も変わらないんだろう。……でも、そうだったとしても、僕達は決めたんだ。独占欲も、身勝手な想いも全部、打ち明けていくということを。一緒に、歩んでいくことを。


 ……だがこんなこと、恥ずかしすぎてこいつには到底言えない。

 変わった、という現状だけは察せられてしまっているが、具体的なことを話す機会はおそらく巡ってこないだろう。


 直接探って来る動きもないために、言わないことにした。

 透も佐倉さんも、僕達2人の過去を知らない。それにこれは、僕と渚でないといけない問題だ。


「ま、寄る場所って言ったら多数あるが……お前らにはまだ、早い場所かもしれねぇな!」


「……どういう意味だよ」


「そもそもの問題として、お前らは『根源』がしっかりと出来上がってない。そんな不安定な木じゃいずれ突風か何かで根元から倒れるのは確実だ。だからまずは、一般的でいいんじゃねぇか? ま、お前らの場合、そういうとこしか行けなさそうだしな!」


「……訊く相手間違えたわ」


 真剣な話をし出したかと思えばすぐこれだ。単に面白がりたいだけなのか、微小な笑みを浮かべて笑うリア充を取り残して更衣室を出る。


 体育館へと向かいながら、再び考え込む。


 ……でも、そっか。一般的なところ、ねぇ。渚がどこか行きたい場所があるのかどうかがまだ定かではないため、あくまで理想という形にしか落ち着かないが。

 とりあえず、話だけでも後で聞いておくか。

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