第2話「幼馴染は、放課後デートがしたいらしい」

 一之瀬渚は、クラスのトップカーストである。


 クラスカースト制度――クラスの中に自然と生まれるグループ構成を指す言葉。その中で構成される幾多の中でも、最上位者を指すのがトップカースト。その頂点こそが、彼女だ。


 故に僕のような最下層カースト者が、そんな学校のアイドル的存在と『幼馴染同士』であることに嫌悪感を向ける者がいないか。そう言われたら嘘になる。

 例えばあの出来事で……、



『一之瀬さんに気安く話しかけるなっ!!』


『たかが身近で幼馴染ってだけの分際でっ!! いい加減にしろよ!!』



 とか、何だか嫉妬心丸出しの殺意と似た何かをぶつけてきたり、果たし状みたいに下駄箱に残して来たり。……でも、今の方が断然マシだったりする。あのときの苦しさは単なる物理的な痛みだけでなくて、あいつを……今にも泣き出しそうな顔をさせてしまった痛みもあった。思い出したくない記憶ほど、鮮明に残っているものだ。


 ――だがそれも、先程の通り『過去』のこと。

 高校生となって些か知恵も付き、ただ感情のままに行動することが減ってきていたのも影響してか、幼馴染として学校生活を送っていても、あまり人が寄り付くことが無くなった。


 でも多分、原因はそれだけじゃない。

 かつて小学生の頃に繰り広げた2人での日常会話。それに対しての反発と似た感情をぶつけられることも決してゼロではない。そんなときあいつは……、


『幼馴染が幼馴染と話して、何かいけないことでもあるの?』だぞ。……先週のような、弱りきった彼女からは想像もつかない台詞だった。


 だが、感謝もしている。

 過去を乗り切っていく。少しずつでも、自分達が失った時間と、心を取り戻していく。


 そんな想いが僕の一方通行でなかったことに……感謝している。



「――私、晴斗と『放課後デート』っていうのをしてみたい!」



 ……感謝してるんだよ。


 あのときの誹謗中傷を許さなかったあの心意気に救われたんですよ。一応、カノジョにあんな風に言われたら嬉しくなるんですよ。着実に段階を踏みたいと改めて思えたわけよ。……だからね? そう言うことを白昼堂々と、しかも教室内で言い放つの止めてもらってよろしいでしょうか?


「………………」


「……聞こえてるでしょ。無視しないでよ!」


「……あぁ、この耳にちゃんと届いてる。聞こえてるからこそ幻聴であれと言い聞かせてる」


「言い聞かせなくていいの! ちゃんと現実化させて!」


「オコトワリシマス……」


 思う存分言い聞かせたいよ。

 現実の出来事だと僕にいいつけるのはやめてください……。


「……あのさ。いつも思うが、何でそう唐突なんだ。優衣へのプレゼントとかもそうだっただろ。次移動教室だってわかってる?」


「いや、優衣ちゃんへのプレゼントは完全に晴斗からだったよね? ……さすがに、クラスメイトが教室内に残ってたらこんなこと言わないよ。まだ、そこまで浸透してないんだから」


「浸透って言い方やめろ」


「――だから! あんま残ってない今言ったの! 私と放課後デートして!」


「お前が人の話聞けよ……」


 華麗なスルーで僕の反論を無下にするな。


 渚が言った通り、今僕達がいるこの教室には僕達2人以外の人影はどこにもない。何しろ次は体育。着替えるだけでも十分な時間が取られる上に、体育館への移動時間までも考慮する必要がある授業なのだ。


 まぁ男子に至っては、先程の授業終了の合図と共に教室から体育館へと走り去って行ったのだが。勉強脳に支配されるだけが男子高校生じゃない、ということなのだろう。ちゃんと廊下は歩こうな。


 この高校へ入学して早2ヵ月半が過ぎた。

 少しはクラス内のカーストルールもクラスメイトの顔や名前も一致し始める頃だろう。


 だがそれは、陽キャのお仕事であり、よって陰キャの民である僕には何のメリットもデメリットもないために全く一致していない。


 そもそも制服に、ましてや髪に至っては全員がほぼ似ているもんだから、誰が誰なのか全くわからない。区別出来る人間は本当にスゴいな。私服での登校が可能だった小学校の頃が、如何に楽だったのかが良くわかる。


 しかし、そんな分からず屋な僕にもわかることがある。

 それが体育の授業前の休み時間の行動だということを。


 大体の男子高校生であるあるだと思うのだが、休み時間の合間を縫って早弁をして、昼休みに体育館へ友達と運動しに行っている。少なくとも僕のクラスではそうだ。


 もちろん、僕は論外だ。

 多少の運動は出来るが、試合で活躍するのかと聞かれれば「イエス」でも「ノー」でもないな。

 平均こそ正義である。何と言うパワーワードだ……!


「……んで。もう1回言うが、何故いきなりそんなこと言うんだ?」


「恋人同士、それもお互いが学生同士ならば、寄り道という名目でデートするのだって、立派な“放課後デート”の1つだって、佐倉さくらさんが……」


「……真に受けすぎじゃないのか、お前?」


「だ、だってだって! ……したかったんだもん。晴斗との、放課後デート……」


 渚は俯きながらそう呟く。

 うっ……こういう泣き脅しみたいなものに、僕は一生引っかからないと思ってたんだけどな。けどそれは大きな間違いだったらしい。特に渚が、主体の場合に限り。


 僕達は幼馴染という腐れ縁だけでなく、恋人という一歩先の関係でもある。

 しかし、僕達が恋人同士だと知っているのは、このクラス内ではたった2人――いつも助けて貰ったりする、お互いに気の合う友達だけ。

 まぁ時々からかってきたりもするんだが……。


「…………」


「はーるーとー!! お願い、するったらするのー!!」


「…………はぁああ~~。わかった、わかったから、目の前で駄々をこねるなっ! 一体何歳なんだお前!」


「やっったぁ~~!!」


「………………」


 ……何かまた嵌められた気がする。


 と、思いつつももう遅い。既に『受け入れた』という過去は改変出来ない。つまり、僕と渚との“放課後デート”は約束されたということになる。……良かったな、未来の僕。後のことはお前に託す。この『喜び』だけはまだ知られるのが恥ずかしい。

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