第69話「幼馴染の、隣にいるべき存在②」

「…………」


 ……でも、少し意外だった。

 晴斗のことだから、こういった話は絶対断るだろうなと思っていたから。


 それに2日目の体験学習は、昨日のスタンプラリーとは違い、班行動ではない。現に藤崎君と佐倉さんも私達とは違う項目を選んでるし。

 そのために、昨日のような『友達同士』で組むことが困難となる。


 だから晴斗にとって、今日の体験学習は地獄と同然。てっきり避けていくもんだと思っていたから、誘っておいて自分が1番ビックリしていたりする。


「ほら、さっさと準備するぞ」


「あ、うん」


 廊下に群れる人だかりも減り、4人の部屋へと近づいてきたときだった。


「――な、凪宮君!」


 そんな、弱くもあり強めにも聞こえる声を聴いてしまったのは。

 声がした背後へと振り向くと、そこには昨日脳裏に嫌というほど鮮明に焼き付いた人物が立っていた。


「……如月さん?」


「ご、ごめんなさい。急に声かけてしまって……。少し、相談したいことがあって」


「相談?」


「あぁ……いえ。相談、と言いますか、提案と言いますか。と、とにかく、今日という困難な日を乗り切るために必要なことと言いますか何と言いますかぁぁあああ――――!!」


「わかった! わかったから一旦落ち着け」


 私は昨日の、晴斗と楽しそうに話す彼女とは一変した目の前の同一人物かのじょに、若干の驚きを隠せなかった。

 こ、この子、とんでもないほどのコミュ障……というより、あがり症かも。


「というか、何でそんなに息上がってるんだよ……」


「い、いや……これは、何と言いますか。……情けない話ですが、予想に反した大多数の人だかりに飲まれ、流され、押し戻されを繰り返していたら、残りのHPヒットポイントが赤ラインに達してしまっただけですので……お気になさらず」


「えぇ……」


 公立雅ヶ丘高校、現在の1学年全生徒数はおよそ200人前後。全校生徒の約3分の1程度しかない。大型ショッピングモールじゃあるまいし、200人で大所帯は言い過ぎな気がするし、飲み込まれる……って可能性の方が、もっと低い気がする。

 ……この子、どれだけノロマなんだろう。心配になってきた。


「……あ、あのぉ。そちらの方は……」


「あぁ。僕の幼馴染だ」


「一之瀬渚です。よろしく」


「あ、はい。い、一之瀬さん…………ん? 一之瀬、さん?」


「……そうだけど」


「えっ、あの一之瀬さん!? 入学式のときに新入生代表挨拶をやっていた、あの一之瀬渚さんですか!?」


「あの、って……。まぁ、やったのは事実だけど」

「あわわわわ……!! こ、こんな、みんなが憧れてる有名人とお、お近づきになれるなんてぇぇえええ~~……!!」


 心配する用途が増えた。この子、いくらなんでも大袈裟すぎない……?

 今まで4月の新入生代表挨拶のことで近寄ってきた同級生は山のように居たけど、彼女のような過敏な反応をする子は、初めてだった。

 それにこの反応。性格は違えど、どこか誰かさんにそっくりに思える。


「は、初めまして! わ、私、如月千聖と言います! ふ、不束者ではありますが、にゃ、にゃかよくしていたゃだけりゅとぉぉ~~――!!」


「だから落ち着けって、如月さん。また呂律回らなくなってるぞ」


「だゃ、だゃってぇええ……」


 如月さんは動揺しつつも、私に握手を求めるように両手を差し出した。

 同級生だというのに、晴斗にも私にも敬語を使うということは、おそらく晴斗よりも人付き合いに慣れていない。その証拠に、差し出している手が小刻みに震えている。


 私の知名度の所為……っていうのもありそうだけど。

 それでも、慣れないことをしてまで私みたいな人間に挨拶してくれた。なら返すのが礼儀というもの――。


「初めまして、一之瀬渚です。これからよろしくね、如月さん」


「よ、よろしくお願いしましゅ……!! ……あ、また噛んじゃった」


「落ち着けよ」


 再び呂律が回らなくなってしまったらしく、しゅん、と落ち込む如月さん。

 ……こうして見ると、外見の陰キャ感が吹き飛ぶように可愛らしい。


 まともな友達が佐倉さんしかいない私からしてみたら、の反応にはなってしまうけれど、彼女はいわゆる『小動物』に近い部類だと感じざるお得なかった。


「……それで、如月さんの用事って何だったんだ?」


「あ、そうでした。そ、その……凪宮君は、どの体験学習を選びましたか?」


「僕? ガラス細工作り、だけど」


「お、同じです! あ、あの! もし良ければ、私と同じグループになってください!」


「……告白みたいだな」


「えっ……?」


「ち、違いますよ!! ちゃんとしたお誘いです!!」


「いや、それ何の対抗にもなってないよ……?」


「えっ……?」


 ダメだ、この人達天然素材の塊だ。……それに、先程から感じていた、私とは明らかに違った彼女だからこその感覚。――


「まぁ、別にいいぞ。後1人までいけたはずだし。だよな?」


「そうね。3人編成が最大だと思うし」


「そ、そうですか! 良かったですぅ……!」


 隣にいることが何よりも当たり前だった。

 けど、それを否定されてから……私と晴斗が一緒にいることは、そんなに変なことなのだろうかと思うようになった。


 性格、内面、外見。一体、私のどこにそんな魅力を感じたのか、気づけば周囲の人達の視線は、私を『特別視』するようになっていった。


 そして、私から大事な幼馴染を、奪っていった。

 あの感覚を味わうのが、もう二度と嫌だった。


 だから告白をした。無理にでも、身勝手でも、大事な人だから。

 受け入れられるなんて思ってもいない。

 聞いてくれれば、それでよかった。返事なんて、必要なかった。


 ……なのに、彼は返事をしてくれた。それも、私でさえ予想していなかった最高の返事を。望んでいた答えを。そしてそれと同時に――後悔したんだ。



 もし、他人から始まっていた関係だったら。


 もし、私が周りから何の視線を向けられていなかったら。



 過去の自分を後悔した。……けど、やり直すことは出来ないから。だから、決めたんだ。



(……羨ましいな)



 人目を避けなければいけない。

 わざわざフリをしなくちゃ護れない。


 そんな面倒な私より、彼女と話す晴斗は、いつもの晴斗だった。……好きなことも、この気持ちにも、嘘をつけないけれど。

 これだけのエゴは、許してほしいな。



「……私、少し用事思い出したから、先に行ってるね」


「あ、はい。わかりました!」


「…………おう」


 2人の返事を聞き、私は横を通り抜けて廊下を進む。

 ……どこまでもズルい。結局、また逃げてるだけ。自分で何とかしたいのに、結果が及ぼす現実をまた見るのが嫌なだけ。……自分が、大好きなだけ。


 考えることから遠ざかってきた。

 あるかもしれない、けど可能性が低い未来。たった数パーセントしかない未来に、目を向けたくなかったんだ。


「…………違和感、なかったな」


 晴斗にとって1番いいのは、幼馴染の私じゃない。

 私から始まったことなんだから……私が、終わらせなきゃ。



 ――晴斗の隣は、ああやって自然と隣に居れるような人じゃなきゃ、ダメなんだよ。



 もう、私のことで悩ませたくない。

 だから私は……幼馴染以下に、元に戻ろう。





 ◆凪宮 晴斗◆


「……あ、あのぉ」


「ん、どうした?」


「あ、いや。その……勘違いとかじゃなきゃいいんですけど。もしかして、昨日の例えに出てきた『幼馴染』さんって、一之瀬さんのことだったり、します……?」


「……どうしてそう思うんだ?」


「あ、いえ。これと言った根拠はないんです。……ただ、何となく、でしょうか。昨日の例えを参考にすると、また要因が増えてくるとは思うのですが。この考えは、あくまでも直感です。……違いますか? ……いいえ。もう、聞く必要は無さそうですね」


「……あぁ。僕の、、かな」

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