第70話「あなたの隣に居るべきなのは」

 ◆一之瀬 渚◆


 彼氏に新しいカノジョ候補(私がそう思ってるだけ)が出来ました。完。


 あっ、いや……そう思ってるのは私の妄想、だろうけど。あそこまで2人の自然な様子を見せつけられると、どうもそうとしか思えない感情が奥底から湧き上がる。

 ……私じゃ絶対、あんな楽しそうな晴斗、引き出せない。


 その証拠に、午後まで行われた体験学習でも、まるでお互いの弱点をカバーするかのように意見を出し合いながら作業出来てた。

 私もその場に居たし、同じグループではあったけど……堂々と『幼馴染以上』になれない私と意見を交わすより、余程楽しそうに見えた。……本当、お似合いだった。


 我ながらバカだったのかもしれない。

 過去を引き摺りながらでも何とかなるかもしれないとか。

 あわよくば、またクラスでも堂々と隣に居座れるんじゃないかとか。……愚かだった。考えもしなかった。


 晴斗が願っていたのは、静かな学校生活だということも忘れて。

 初恋が叶ったと浮かれてて、すっかり見落としていた。


 この恋はきっと、始めから終わっていたんだ。

 あのとき、自分の心からの言葉をぶつけなかったから。晴斗の気持ちも汲み取らずに、全部身勝手な思いで行動した――1ヵ月前から。


 ――私達はもう、あの時間へは戻れない。


「……手伝わなくていいのか? お前、ああいう人助けとかボランティア的なの、好きだっただろ?」


「いつの頃の話よそれ。残念だけど、そんな清楚なお嬢様系ヒロインさんは、既にミステリ本の中でお亡くなりになりました。それに、私が手伝いに行かずとも人数は足りてるだろうからね。何なら、晴斗のことを無理矢理引っ張っていくけど、どうする?」


「……やっぱ行くな」


 晴斗は嫌そうな顔を浮かべてそう言った。

 普段であれば、当たり前の会話のやり取り。甘々な会話も、不自然なまでにぎこちない付き合って初日目の恋人みたいな会話も、私達には必要ない。


 ……これが、私達の本来

 隣の家で、いつでも顔を出せて、家族ぐるみも仲が良くて……。そんな、在り来たりな王道こそが、私達の当たり前。これが、1番の――。


「そういえば、如月さんはどうしたの?」


「……キャンプファイヤは強制参加じゃないからな。一応、ダメ元で誘ってみてもよかったんだが、まぁその前に断りを入れられた」


「フラれたんだ」


「変な言い回しをするな」


 本来、私以外の人間を全く寄せ付けず、ひたすら影に潜んで生きてきたのが晴斗だ。

 多少なりとも『同類』の人間には好かれたり、告白されてたりなんて事例はあったけれど、それでも私以外の人間を“隣”に置くことはしなかった。


 けど、心のどこかでは『それ以外』を見つけてほしいと願っていた。でも、それでも、彼は決して私の願いを聞き入れようとはしなかった。叶えようとはしなかった。


 ……えぇ、そうね。

 本当は嬉しかったわよ。


 晴斗が告白を断ってることも、私との時間を嫌そうにみせても作ってくれていたことも。全部……全部……嬉しかったよ。


 でも、それじゃあダメなんだよ……。

 隣に居たいとわがままを言っても。結局、あのときと何も変わらないんだよ……!


 私がいつまでも“隣”に居座ってちゃ……臆病者の私には。幼馴染から、先に進む覚悟のない私には……。だから、あなたの隣に居るべきなのは――。


「……どうした?」


「ん、何が?」


「……いや。さっきから眉間にしわが寄ってる。それに、お前が僕の方を向かないなんて、珍しいなと思ってさ。何かあるなら、相談乗るけど」


「…………何のこと、かな?」


 そう、私は先程から晴斗と視線が合わないように会話を続けている。


 目の前に広がるのは、こんな心に雲が掛かった私とは真反対の、キャンプファイヤを楽しむ青春時代を満喫する少年少女達。

 代わりに私の目の下に出来る黒い隈。……本当、何してんだろ私は。


 拳を強く握り締め、抱える膝を強く抱き締める。


「――嘘、じゃないよな」


「…………晴斗に対しての気持ちを真っ直ぐぶつけたの、私だって忘れたの?」


「…………。……なら、いいけど」


 私の頬に、一筋の汗が流れ落ちる。

 ……無駄な才能だなぁ。私の嘘に、勘付けるとか。


 人に対しての愛想は振り撒かない。余計だと、無駄と感じる物事には一切手を出すことも、干渉もすることはない。それが、凪宮晴斗という人間の本筋。


 だけど、それはあくまで『表』の彼。

 本当は、誰よりも優しくて、誰よりも親切なことを……私だけは知っている。


 そんなあなたが、私は1番好き。今も、これからも。昔から、ずっと。

 だからこれは、彼のせいではない。全て身勝手な過去の行動が招いた、私に責任がある。


 ――いや、今回に限った話ではない。


 晴斗が今のように自称“根暗ぼっち”として過ごしているのも。晴斗と私が、放課後の時間以外まともに関わり合えなくなったのも。全部……私のせい。


「…………」


 助けを求めたくても、周りに助けてくれる人なんて誰もいなかった。

 庇ってくれて、助言してくれるような……そんな味方は、今と違って誰1人も。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る