第八部
第68話「幼馴染の、隣にいるべき存在①」
◆一之瀬 渚◆
散歩を終え、庭園から部屋へと戻ると、そこには既に朝食が四人分用意されていた。
どうやら予想以上に、佐倉さんは私の愚痴を付き合ってくれていたらしい。
「「いっただっきま~す!」」
「「……いただきます」」
朝っぱらから元気が溢れ出る幼馴染と、元気が抜き出た幼馴染。元から正反対な性格ではあるけど、今日に限ってはどうしてかシンクロしてしまった。
雑談を挟みつつ、今日ある行事ごとであったり、おかずの取り合いなどを行いながら朝食を食べ進め、私達は身支度を整えて昨日の宴会場へと足を運んだ。
昨日、私と晴斗を引き裂いた野次馬たちも声をかけてきたけど「おはよう」の一言で満足したのか、それ以上は話しかけてこなかった。
そんな私とは違って、幼馴染の晴斗はと言うと……、
「……っ、集合体が」
「集合体恐怖症かお前は。つーかただのコミュ障だろ。それっぽいこと言うんじゃねぇ」
「乗ったのお前だよな。何で僕が悪いみたいになってんだ」
「お前が変な冗談かますからだろ? 事実、オレは悪くない」
「そういうことばっか言ってるから佐倉さんに棘刺されるんだろ」
「おまっ……! それ今関係ねぇだろ!」
「反応からご察し。有りまくりですねはい」
「ちょ、晴てめぇ……!」
一種の悪ふざけのような、今までの晴斗であれば考えられなかった男同士のちょっとしたじゃれ合い。……いいな。同性同士って。
晴斗は元々人混みへの耐性が強くない。
ちょっとした混み具合だったとしても、それは遺憾なく発揮されていた『発作』のようなもの。だからだろうか……あそこまで楽しそうな晴斗を見ると、少し胸が痛くなる。
……本当、わがまま譲にも程がある。
「なーんか楽しそうだね、あっちは。……渚ちゃんが気にするのも何となくわかるけど、だとしても気にしすぎだと思うよ?」
「……そう、だといいんだけど」
実際、自分が1番わかってる。気にしすぎ、考えすぎだって。
晴斗だって変わり始めてる。あの告白の返事をしたときから――否、もっと前から。そんなこと、言われなくたって……わかってる、はずなのに。
心の奥底から謎の焦燥感に駆られる。
今朝見た夢のように、晴斗が私を置いて、どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかと。
手を伸ばしても掴めない。そんな……私の知らない晴斗に成り替わっちゃうんじゃないかと。……嫌だな、この気持ち。嫌だな、こんな醜い感情。
晴斗も、そうだったのかな。
私の誕生日のときの晴斗も……こんな感じだったのかな。
慣れない感情が、知らない感情が奥底からじわじわ湧いてきて……気持ち悪い。
「――それにしても、実に似てるね、2人って」
「……えっ、どの辺が?」
「ひ・み・つ! こういうのは、自分で気づかないと
「そういうの今は求めてないです……」
ただ、こういうときだけはどうしてかすっきりする。
真っ黒に染まりそうなラインで、絶妙に眩い小さな光が手を伸ばしてくれて……一瞬だけでも、沼底から私を掬い出してくれる。
……でも今のこの心情で浪漫とか言われても、正直動揺以外の言葉が見当たらない。
「まぁまぁ、なるようになるって。というか思ったんだけど……」
「……何を?」
「昨日の朝まではバスの中っていう公共の場で、隣の席でイチャイチャし合ってたって言うのに、何がどうしたら一晩でこんな悪化するのか。もうあれだね! これはもう本当、奇跡みたいな確率で面白いっ!」
「~~~~~~~っ!!」
前言撤回。……鬼だ。この人は、鬼だぁ!
口許を抑えながら必死に笑いを堪える佐倉さんだったけど、遂には堪えられなくなったのか、私から身体ごと逸らし、腹を抱えて笑い始めたのだ。
お、鬼ぃぃいいいいい~~~~――――っっ!!
私はぽこぽこ、と佐倉さんのがら空きになった背中を力強く叩く。
けどそれでも「待って待って! ギブギブ~!」と笑いながら受け答えしているところによると、どうやら効果無しだったらしい。っく……レベルが、高い。
っていうか、必死に堪えてるつもりなんでしょうけど、さすがに笑い過ぎっ!!
「さ、佐倉さぁああん!!」
「うわぁああ~~! 渚ちゃんが怒ったぁあ~~!」
「――はい、皆さん静かに。これから宿泊研修2日目の、オリエンテーションを始めます。本日行う『体験学習』についての注意事項や、本日の流れなども報告しますので、くれぐれも聞き逃さないように。それではまず、校長先生のお話です」
と、マイクを握った先生が校長先生へとマイクを手渡す。
本日2日目は、オリエンテーリングならではの『体験学習』が行われる。
事前に用意されている3つの体験学習の内の1つを選び、お昼後までをめあすに行われる。
クラスメイト以外とも交流を取れる機会となっており、協力性も高めることが出来るとのこと。……そしてご察しの通り、晴斗は過去一浮かない表情を浮かべているわけで。
当然だろう。
人と関わる、コミュニケーションを取ることが昔から苦手で、けどそれでも頑張っていたあの頃と違って、今は完全に距離を置いてしまっている。
……と思ってたけど、そういえば昨日。
(喋ってたっけ……。全く知らない女の子と……)
いやいやまぁまぁ、晴斗だって変わり始めてる。
常に人と関わろうとしない、なんていう過去の考えが間違っていることだってあり得る。そう、いつまでも過去の晴斗のままなはずが……。
…………デジャヴ。
「では各自、指定時間内には集合場所へ行くように。では、解散!」
意識が覚醒すれば、いつの間にかオリエンテーションは終了し、各自部屋へと戻ろうと動き出していた。
そしてそれは当然、私達もそう。
「ね、ねぇ、晴斗」
「……ん?」
集団に紛れて戻る最中、私は先頭を行く晴斗の背中を突き呼び止める。
振り向きはしないものの、歩く幅を私に合わせてくれた。……何か、彼氏みたいだな。
「(って、彼氏だった……)」
「どうした、独り言ばっか言って」
「あ、ごめん。その、私と晴斗って体験学習同じでしょ? だからその……一緒のペアになってくれたらなぁって思って……」
「サボるっていう選択肢あるかな」
「ボケてないからね?」
小声で軽く注意する。
本当にもう、デリカシーって単語も対応も遥か彼方に放置してきたんじゃないかって疑うレベルなんだけど? 大勢での作業となったらすぐこれだ。これは、昔だったら私の前でしか見せなかった“過去の晴斗”だ。
人の視線とかを常に気にする、不器用な彼。まるで、今の私みたいに……。
「……制作しようにも組まなきゃダメだし、別にいいけど」
「あれ、聞いてたんだ」
「お前な……僕を一体何だと思ってんだ」
「どうでもいいことは聞き流して、そして重要なことは聞いてるフリして反対の耳からす~っと抜けていく~」
「完全にバカにしてんだろ」
バカになんてしていない。全部本当のことである。
授業中でもノートを取らずに明後日の方向を向いてるし、グループ活動においても他人の話を聞いてるのか聞いてないのかわからないし。
こう言われたって、私と云えど完全否定は肯定するより難しい。
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