第67話「エゴから始まった、身勝手な想いの終着点」

「……なぁ、1つ訊いてもいいか?」


「じ、人生相談、ですか!? そ、そんなハードリスクなこと、わわわ私のような人間に相談するべきでわぁあ~~――!!」


「とりあえず落ち着いてくれ……。後、別に人生相談とか重い感じの話じゃないから」


「そう、なのですか……?」


「ですです」


「……そ、そういう、ことでしたら」


 如月さんは少々警戒心を持ちつつも、何とか僕の話を聞いてくれるらしい。

 ……少しの間話しただけ。そんな相手にすぐさま心を開くほど、僕も彼女も立派な高校生はしていない。あそこで群れる陽キャ集団とは出来が違うのだ。


「……もし。もし、の話だけど。たとえば、幼馴染でもあり恋人同士でもある男女が居たとする。でもその2人は、お互いの立場の都合上とか……まぁその他諸々の観点から、学校でも教室でも話せなくて、迂闊うかつには2人っきりにはなれなくて。……それは、こういう学校行事のときとかでも中々一緒になりたいって言えなくて。幼稚な嫉妬をして。だからもし、幼馴染でもない他人同士で、趣味とかもまったく違った、普通の、ありきたりな恋人だったりしたら……。そんな状況が、もし如月さん自身にあったとしたら、どうする?」


「……そうですね。かなり条件が限定されてますし、私の考えでしかありませんが――学校でも行事でも中々話せないし、一緒にいられない。そんな“ワケあり”な幼馴染だったとしても、もし他人同士だったら……とは、考えないかもしれません」


「えっ……どうして?」


「――だって幼馴染ですよ!? 今や絶滅危惧種認定をされている、幼馴染ですよ!! そんな貴重な存在が私の隣に存在してるんですよ!? 簡単に逃すつもりなんてありませんので、そのつもりでっ!!」


「この子、一体誰のことハメようとしてるんだ……」


 幼馴染ってまず絶滅危惧種なの? 現実世界にこんな関係性はもう残り少ないっていうことなの?


 ……いやいやいや。男女間が少ないってだけで、実際に『幼馴染』と断定づけられる長い付き合いの友達とかは誰にでもいるもんだと思うけど。……と。友達が少ない野郎が何かを言っているようです。悲しい奴。


 如月さんは取り乱した呼吸を整え、再度僕の方へと向き直す。


「たとえ幼馴染さんがいたとしても、これは私の妄想で、実際はそうならないかもしれませんが。その人と自分がまったくの他人同士だとしても、全然別の性格で、趣味さえ違っていたとしても。……どうしてでしょう。幼馴染だから、の一言でまとめられてしまいます」


「……ん?」


「どんなに自分と違っていても、その人がその人であることに違いはない。好きになった、愛し合っていた。――だから、何度でも。一度好きになったのだから、その人が『好きな人』である限り、関係ないと思うんです。特にそういうのって、幼馴染とかだと強いと思います。凪宮君の上げた条件で言えば、の話にはなってしまいますが……それでも、幼馴染のことを嫌いになることは、絶対に無いと思いますよ」


「…………っ!!」


「あっ……! で、ですが、これはあくまでも私の意見ですからね! それに、私でしたら凪宮君のことを放っておかないだろうな……と思いましたし。――ってちがっ!! も、もしも! もしもの話ですからね!?」


 必死に『例え話』へと戻そうとしている姿が、どこか見慣れた幼馴染のように思えて仕方がない。

 とはいえ彼女は彼女。あいつはあいつだ。同一人物のように見えた……とは、正直言いにくい。人間という生き物は、それだけ自分を大事にする生き物なのだから。良い意味でも、悪い意味でも。


「そんな一生懸命否定しようとしなくていいって。それに僕が『例え』だって言ってるんだから、わざわざ如月さんが否定する意味もないと思うんだが」


「……あっ。そ、そうでした……」


 しょぼん、と効果音を出し、彼女は再び膝を丸めて体育座りに戻る。


 ……それにしてもだ。

 渚以外に話せる『女性』が他に妹の優衣しかいなかったこともあってか、あまり意識したことはなかったが……意外と大きいんだな。体育座りだから、余計に大きさが際立つ。


 だが別に興奮とかはしない。そういうのは他所よそでやってくれ。


「……今なんかさらっと見てませんでしたか?」


「気のせいじゃないか? 自意識過剰め」


「むっ。今のは聞き捨てなりませんね。それに、普段は発動することのない『女の勘』がビンビンに反応しています。……やっぱり凪宮君はえっちです。さっきも「初めて」がどうとか言ってましたし。……おませさんめ」


「どこで覚えてくるんだその言葉」


「知りませんか? 今のネットって、簡単にR18指定越えれるんですよ?」


 ちゃんと働いてくれWEBブラウザ!!

 青少年保護って何だっけ、ってなるだろうが。良い子は絶対検索するなよ?


「……はぁああ。いいか、如月さん。これだけは言っとくぞ? 僕は違う」


「……そうですかぁ。何だか、先程から凪宮君の性反応が微妙に感じますね」


「数十分で覚醒してる君に言われたくない」


「私にも私でいろいろとあるんです。……正直な話、私自身が1番驚いています。ここまで話せるのも、いつぶりだろうって感じるぐらいですし」


「……そうなのか」


 先程までの半陽キャ並みなテンションは冷め、如月さんはどこか遠くを見つめるかのような……そんな曖昧な返答と共に、澄んだ瞳を浮かべていた。


「それにしても、ですよ。凪宮君は女の子を蔑んでいるのですか? それとも、女の子とかに興味がないとかですか?」


「別にそんなこと思ってない。というか、そういう女子の魅力全面否定なこと言うの、女子のお前が言うのおかしいだろ」


「そうですかね? まぁ、言われてみればそうかもです」


「変な奴だな」


「そっくりそのままお返ししまーす!」


 興味がないわけじゃない。かと言って、さげすんでいるわけでもない。

 はっきり言って、コミュ障かつ根暗気質な僕が、渚以外の女子と『恋愛をする』というシチュエーションが浮かび上がらないのだ。


 如月さんは彼女と身長も体格も、ほぼ変わらない。スタイルだって背中を丸めているからはっきりとした判断は出来ないが悪くないだろう。


 ――だけど、彼女を恋愛対象には見れない。


 それは単純明快。僕が『一之瀬渚』を好きになったのは、容姿端麗だからでも、頭脳明晰だからでもない。彼女が『彼女なぎさ』だから――それだけだ。


 先程の質問をしてみてわかった。

 たとえ趣味も全然違っていて、幼馴染でもないまったくの他人同士だったとしても。


 僕はきっと、また彼女のことを好きになる。

 お人好しで、優しくて、僕のライバルで居てくれる――そんな彼女である限り、僕はきっと、何度でも同じ『恋』を抱くのだろうと。


 何回、何十、何百……そんな数多く存在した道筋から辿り着いたのが『今』で、それが多くの選択肢の中でも難関なんだったとしても。今の僕が、その答え。


 たとえ、この覚悟がエゴだろうがなんだろうが。

 ――好きなのだから、しょうがない。


 あいつに近づく全ての人間に、胸が苦しくなるほどの嫉妬をするぐらいに。

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