第66話「コミュ障同士の、ちょっとした話②」

 それからというもの、如月さんの会話テンポ度が加速していき、この端っこだけオタクの話で盛り上がっているかのような、そんな空気が生まれていた。


 如月さんは、どうやら僕と同じラノベ好きらしく、最近出た新刊で注目してるものや推してる作品などを隠さず話すこと、約数十分。

 ここまで会話が弾むのも、渚との読書会以来で……あのときの楽しさと、彼女の無意識スキンシップと変なことまで思い出してしまった。


 そして何より楽しんでいるのが、如月さんだった。

 クラス内で話せる相手がいないということも相まってか、僕よりもラノベについて熱く語っていた。……本当に好きなんだな、小説が。


「……何だか、楽しいです」


「そうか?」


「はい。今まで、こうやって人と『好きなことしゅみ』で盛り上がったことなんて、一度も無かったもので……。文芸部に入っても、全員が私みたいな人とは限らないですし、こうやって誰かと感想を打ち明けるのも出来なかったんです」


「そっか……」


 誰かと感想を打ち明ける……か。

 その気持ち、少しわかる気がする。

 ネット上で感想を共有したとしても、人の捉え方など十人十色、自分自身で思った感想を持っていればいい。ずっとそう思ってきた。


 ……でも、あの読書会で『誰か』と感想を打ち明け合って、自分では思いつきもしなかったこと、自分と同じ本を読んでいるという喜び。ぼっち人生では決して味わえなかったそれらに気づいてしまった。

 やはり如月さんは、僕と少し似ているかもしれない。


「……でも、普通はあんまないもんな。そういう人っていうか、小説っていう受け入れ難い形だと、どうしても出会えないよな。同じ趣味を持つ人って」


「そうなんですよね……。あまりにも居なさすぎて、最早自分の趣味はこの世に絶滅危惧種扱いされてるもんだと思ってしまいます……」


「僕も友人もそうだから実際は違うけどな。まぁでも、もし僕とそいつが同じ趣味じゃなかったとしら……僕も今が“初めて”ってことになるのかも」


「…………。……なんかえっちですね」


「……はっ!?」


 何がどうしてそうなった!!

 今の会話のどこにそんな需要性の欠片もなさそうな偏見を見出したんだこの子……!


 それとも、無意識の内にまた変なことでもしてしまったか? 妹の優衣にも、幼馴染である渚にも偶に『鈍感』とか『鈍い』とか言われる始末ですし……。

 記憶を遡ってみても、どうにも正解へ行きつくことは適わなかった。


 もしかして、彼女がそうだと思ってるだけで、本当は全然そんなことなかった……なんてパターンもあり得るが。

 すると、如月さんはため息雑じりに呟いた。


「……自覚無し、ですか。どうやら凪宮君は、相当のどスケベさんのようですね。それもたちの悪い、無自覚タイプの。なろう系主人公ですか」


「いや何故そうなるし……」


 無自覚チートはお帰りください。いやまぁ好きだけども。


「い、今のはそう思われたって仕方ないですよ……? 仮にも健全な男子高校生なのですから、その……い、異性に対しての言動やら仕草には鋭くあるべきですっ!! でなければ、ざまぁ系と化しますよ? 道端のゴミ捨て場に偶然落ちてたエロ本を拾い読みする思春期目覚めたての男子中学生みたいになりますよ!?」


「拾ったことないから。第一、興味も無かったし」


「……はっ! ま、まさか! 既にそう言った、思春期真っ盛りな時期における三大欲求への好奇心なる経験をもうなさっているのですか……!?」


「どう話が飛躍したらそうなるんだ!」


「で、ですが、さっき拾いはしたことがないと言っていましたし、ましてや興味が無いとも言っていました。……それイコール即ち、もう既にそのような経験があるために性欲への好奇心と知識にこぼれはなく、既にそういった相手が存在しているということですよね!?」


「君の頭の中の妄想力はどうなってるんだ」


「思春期真っ盛りなオタク脳です。少しくさってたりもします」


「一応健全なんだ……」


「腐ってるのを健全……というのでしょうか?」


「どうなんだろうな。ウチの妹が既にそんな感じだから、あんま気にしてないけど」


 ……あ、妹だけじゃないか。その思春期入りたての妹に侵食されて腐ろうとしてる幼馴染もそうだったっけか。

 僕と話すときは基本小説の話ばかりだから、忘れかけてた。


「ほぉ。妹さんがいらっしゃるのですか。同じオタクなのでしたら、是非とも感想を共有したい……と思いましたが。その……妹さんは、こんな私でも受け入れてくれるでしょうか」


「大丈夫だと思う。基本、うるさい妹だから」


「そ、そうですか! なら良かったです」


 ほっ、とそっと胸を撫で下ろす如月さん。

 僕とのこの会話が彼女の『素』を指すのだとしたら、彼女の内面を表に出せる人間というのは結構限られてきそうだ。それも、相当な『オタク』でなければ。

 だが少なからず、僕の身の回りにいる人間だったら受け入れてくれると思う。


「……何だか、凪宮君の言葉が、少しわかる気がします」


「何か言ったか?」


「同じ趣味は――ってやつです。今まで、こういう風に誰かとこういう話で盛り上がれたことも無かったですし、私のオタク度に引いてしまう人もいたぐらいですから……」


「確かに。並大抵の人間だったら、つい身を引いちゃうかもな」


「はい……。ですから、逆に嬉しいんです。出会うのが難しいからこそ、こうして見つかったことも、話を引かずに聞いてくれたことも、共有出来たことも。全部……嬉しいんです」


「…………」


 今まで喋る相手がいなかったんだろう。あのオタク特有の早口も、一般人としての多少なアニメ好きや漫画好きさえも凌駕する。それで僕と話すのを、少し抵抗してたんだろう。

 僕との共通点が多いと感じる如月さんだけど、そこだけは唯一違う。


 出会った環境が早かったか、遅かったか。――たったそれだけ。けれど人には重要な差。


 あのとき、透が声をかけてくれたから、今の僕がある。


 だから今度は『僕が声をかけるべきなのでは』と思った。……完全に自分のエゴだったけど。こういう自分勝手な想いでも、如月さんは喜んでくれて。

 こんな真っ直ぐなエゴも……いいのかもしれない。そう思った。


「けど、その嬉しさの反面、少し驚いたりもしています」


「驚く?」


「はい。何と言いますか、同じ趣味を持ってるー、なんて。ネット上では溢れに溢れていますけど、現実だと中々無いですからね。それも、ラノベとかにしか。でもそうですね。例えば――幼馴染とか! 幼馴染でしたら、少しは同じ可能性っていうのも期待していいんでしょうか。夢の見すぎ……かもしれないですけど」


「幼馴染……か」


 どこのラノベでも、幼馴染は常に負けヒロインポジションであり、本命ヒロインに『隣』を譲らなくてはならなかった。

 けれど、幼馴染だからこその願望というものが如月さんには夢見れることなのだろう。


 ……でも、そうか。普通はこうなんだよな。

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