第65話「コミュ障同士の、ちょっとした話①」

「はぁああ……。ヤバい、完全に沼った。……知ってたけど、僕ってこんなに嫉妬深かったんだな。幼馴染だった頃は、全然そんなことなかったのに……」


 ため息を吐き、思わず小言を溢す。

 だが、今の現状――付き合っているという段階に対して、後悔は一切していない。ただこれは、自分のエゴっぷりに引いているだけの話。


 寧ろ、あんなにも立派な幼馴染を授けてくださった神様には感謝したいレベルだ。

 とはいえ、時として余計な試練ばかり与えすぎだと思うこともあるが、今ばっかりは感謝するしかない。僕達の問題点を、克服していけるかもしれないのだから。


「……戻ってくるまで、どうしよ」


 着いていけば、もしくは無理して引き留めていたらとか……。

 そればっかりが頭の中を埋め尽くしていて、出来上がった幼馴染の図というのがこれほど厄介になるなんて、思いもしなかった。……って、また変なこと考えてる!


 明らかな重症の認識から、僕はこの場を立ち上がろうとする。そんなときだった――。


「あ、あわわわわ……」


「……ん?」


 前方を見据えると、おどおどとした様子の1人の女子が映り込んだ。

 目立つことのない程よい茶髪に、顔の面積から見ても少し大きめの黒縁眼鏡。完全な偏見になるだろうが、明らかに僕と『同類』だと思わされる見た目に、僕は思わず声をかけてしまった。


「――なぁ」


「は、はいぃぃ……!!」


「……そんなに警戒しなくても」


 思った以上の過剰な反応に、僕でさえも少し驚いてしまった。

 余程人との付き合いに不慣れとみえる。


「す、すみません!! な、何分と、ふ、ふ不束者でありましてえ―――!!」


「使い方おかしいだろそれ……」


「しゅ、しゅみましぇん!!」


 呂律回らなさすぎだろ……。こんな、まるで擬音語を積み合わせたハッピーセットみたいなこと言う人、本当にいるんだな。感動した。


「……今日は一般客は泊まってないし、何ならここには同級生しかいないと思うんだけど」


「そ、そうかもしれましぇんが……! こ、こうも人が多いと、まるでここだけ『異世界』に転移したのかなとか、しょ、そんなことを思ってぇしまって……!」


「君のはだいぶ重症だな……」


 何か、さっきまでの悩み事とかが全てこの同級生に持っていかれた感スゴい。


「……とりあえず、参加する気とかが失せてるようなら、ここに座ったら? ここだったら、教師の視界からも外れるし」


「は、はい……! そ、それでは、お邪魔しましゅ……」


「……ん」


 まるで生まれたての小鹿のように足が震え、彼女の目元は涙によって赤く腫れ上がっていた。この交流会が始まってからの数十分、こんな状態が続いていたんだろう。


 それにこの様子を見るに確信出来る。

 彼女は、僕以上のコミュ障だ。


 ちょこん、と効果音を立てながら彼女は僕の隣で静かに座る。とはいえお互い初対面、そう容易く相手の真隣に座るわけもなく、彼女は僕から少し距離を取って座っている。


 ……こういうとき、渚だったら絶対隣に座るから、この距離感が少し不思議だ。

 まぁ渚だけに留まらず、個性的な連中だらけだけど……。


「………………」


「………………」


 ……気まづいんですけど。


 読書を再開し始め僅か数秒。

 場には、周囲の大声が掻き消えるほどの静寂に包まれていた。


 いやいやまぁまぁ、元よりお互い『話す目的』があったわけじゃないから無言であろうと場の空気に圧縮されようと構わないんだが……。


「……静かな空間なんて、最近は無かったもんな」


 昔から、1人でいることが好きだった。

 大勢の人が混在する交差点、学習という名目で強制的に参加させられるクラス制度。どうしてか僕は、人が集合する場所というものが苦手だった。

 だから余計に“静けさ”を求め、それに関連する形で『読書』という空間が好きになった。


 ……でも、高校生になってからというもの、こういった静かな状況が逆に『居心地が悪い』と思うことが増えてきていた。


 中学からの陽キャの塊……みたいな奴のせいだろうか?

 それとも……渚と2人でいる空間に、慣れ始めているせいだろうか?


「…………あ、あのぉ」


「……なに?」


 隣で体育座りをしたまま、彼女はそっと僕に話しかけてきた。

 しかし振り向いた瞬間、彼女は僕の反応そのものにビックリしてしまったのか、身体をビクッと震え上がらせ、怯み状態へと追い込んでしまった。……かなりの重症患者だな、この子。


「……さっきも言っただろ。同級生なんだから、そんなに警戒する必要ないって」


「す、すみません……。わ、私、小学生の頃にいろいろあって、どうしても過剰に反応してしまうんです……。迷惑でしたら、すみません……」


「……謝られる理由はないよ。こっちもごめん、その……急に反応して」


「い、いいえいいえ!! そ、そんなことありません!! 寧ろ私の方が――」


「――それで、何か用だったか?」


「……あっ」


 彼女は繰り返しが起こり続けている今の現状を察したのか、反射的に乗り出していたであろう身体を引っ込め、再び体育座りへと戻した。


「え、えっと……。た、大した用事では、ないのですが。……本、というよりも小説ですね。それ、好き……なんですか?」


「えっ、なんで?」


「あっ、いえ! ご、ごめんひゃい! 余計なことを訊いてしまって……! 不快に思わせてしまったらすみません!!」


「だから何で謝るんだ。誰も余計だなんて言ってないだろ?」


 自意識過剰にも程があるだろ、この子。……本物のコミュ障を見つけた。そんな感覚が一瞬頭の中によぎったのは気のせいだ。


「……まぁ、そうだな。好きと言ったら好きだな。小さい頃からずっと肌身離さず、ってところがあったから。一応、文芸部だし」


「ぶ、文芸部の方だったんですか。……部活、ですか。少し、羨ましいです」


「入らなかったのか?」


「入りたい、と思った時期はあったんですが……。如何せん、他の人と話そうとか、関わろうとすると、どうしても力んでしまって、上手く話せないんです……。そのせいなのか、5月が終わろうとしてる今になっても、友達数はゼロですし……」


「その割には、僕と話せてるじゃないか」


 それに、数分前のような滑舌の悪さが目立つことは無くなってる気がするし、頑張ればコミュ障脱却出来そうなもんだけど。


 けどこの様子だと、いつも通りの自分とでしか認識してないんだろう。

 本人が自覚していなくとも、相手側の僕がこう感じているんだし、何かしらの『理由』っていうのはありそうに見える。


「そ、それは……。た、多分、私と同じだから……なのかな、と」


「同じ?」


「本……というより、小説です。私も読むんです。趣味程度ではあるんですけど、書く方にもハマってて。現実では補えない『言葉』とかを、表現するのが……好き、なんです」


 ゴニョゴニョ、と周りに聞こえない程度の声量で彼女はそう語る。

 なるほど。どうやら共通の趣味という話題があったから、さっきまでとは滑舌の良さだったりとかが違ってたのか。


 現段階での彼女の情景を察するに、おそらくクラス内には自分の趣味を『話せる』相手というのがいないんだろう。まぁでもそれも仕方がない気もする。


 最近は電子機器なども充実化し、WEBなどでも簡単に本を読めるようになった時代。だが、時代が進むにつれて学生が本を読む機会というのは減ってきている。それも、僕や彼女のように『小説』を読む人口は確実に少ない。


 おそらく、大体が漫画だろうし。

 文章が主体で挿絵が数枚~数十枚で構成される『小説』と、絵が主体で文章もわかりやすく散りばめられ情景をすぐ理解出来る『漫画』。――どちらを読みたいか? と問われた際、きっと『漫画』と即答する人が多いんだろうしな。


 クラス内に2人も理解がある者がいる僕の方が、逆に珍しいのかもしれない。


「まぁ、何と言うか、それに関しては仕方ないと思うよ。実際、小説人口よりも漫画人口の方が多いのは明らかなわけだし」


「あ、あはは……。そう、ですね。……やっぱり、私みたいな文学系には、大人しく隅っこで本読むのが正しいのかもしれません。出しゃばることはせずに、密かに過ごす……みたいな」


「………………」


 彼女の言葉が、胸の中を強く刺激する。

 事実、僕もそうだった。1人の世界が好きで、他人と関わらない道を選んできたから。


 この子と僕は……お互いに似ている。

 だから僕には、このような形でしか言葉を告げられない。1人が好きだったあの頃に、1人の方が他人に気を遣わなくて楽だと逃げてたあの頃に言われた、ちょっとした台詞を。


「……凪宮、晴斗」


「えっ……?」


「……僕の名前だ。凪宮晴斗。まぁその、なんだ。……僕で良かったら、少しの時間だけ話し相手になるよ。学校に戻ってからも、話したくなったら来ていいし」


「ほ、本当……ですか!? 本当に、私のお話し相手に……?」


「……なるよ」


「……っ!! き、如月きさらぎ千聖ちさと、です……!」


 これが昨日の序章――僕と如月さんとの、ちょっとした出会いだった。




 ■報告■

 さらっとタイトル変えましたが、特に内容なんかに変化が起きたりはしませんのでご安心を。一応、報告致します!

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