第64話「幼馴染の、昨日の出来事」
◆凪宮 晴斗◆
――それは、昨日の全クラス交流会へと話は遡る。
「それではこれから、説明を始めます」
……正直言って、今日行った予定の中では午後のチーム戦よりも遥かに面倒くさい。
憂鬱な気分で参加している時点で既にお察しだろうが、僕はこういった人と関わる系基、人と半強制的に仲良くなる的なことが得意じゃない。
小学生の頃からそう。今よりはまだ全然マシだったものが、あの出来事がきっかけで余計に悪化してしまったらしい。対人恐怖症……のようなもの。簡単に言えばコミュ障だ。
そのため、元より見知らぬ他人と話す気はない。
この場を無事に乗り切るには、やはりこの集合体に擬態、もしくは除外認識を与えなければならない。そして手持ちで何よりそれを可能にするもの――即ち、ラノベである。
……これ以上なまでにミスマッチしたアイテムは他にない。
それにこれは現実逃避が可能な仮想空間をシュミレーションすることが出来るという、最先端を行く科学よりもよっぽどお手軽だ。……素晴らしい。
って、こんなふざけてる場合じゃないか。
「それじゃあ、始めてください!」
始めてください? ならば僕は、僕なりの参加方法を取らせて頂きます。
これも立派な戦術のうち。決して現実逃避ではない。……決して現実逃避などではない。
僕は開始の号令と同時にその場を離れ、すぐさま壁際へと移動する。
やはり目立たず、人気を避ける場所と言えば壁際以外にあるまい。
周りへと感覚を研ぎ澄ませれば、ほとんどの生徒が友達とや、ましてやクラスの壁を越えて仲良くなろうとしている強者まで健在している様子。……スゴすぎか? この場にいる僕以外の人間は全員陽キャか? 怖いなぁ、この世界。
……なんて、冗談を抜かしている場合じゃないか。
実のところ、この交流会が始まる前から、僕の幼馴染であり、みんなの憧れと尊敬の的である――一之瀬渚が何やらチラチラと僕のことを凝視してくるのだ。
何か話でもあるのだろうか。
ここ最近、偶に態度がよそよそしくなったり、そうでなくなったりと、まるで数年前の一之瀬渚が帰ってきてしまったかのような……そんな不安定さが目立つ。
(……話しかけるべきか?)
僕の後ろを警戒しながら着いてくる渚に、妙な不安感が感じられる。
だけどここで話してもいいのだろうか……。
僕達2人が幼馴染であるとバレているのは、おそらくクラス内のみ。もし他クラスに知れ渡っていたら、ここ1ヵ月間は無事に生活出来ていなかっただろうし。
クラス内に知れ渡るのと、全クラスに知れ渡るのとではスケールが違う。ここにいるのはクラスメイトだけじゃない。1学年全員だ。
――僕は構わなかった。知られても、知られなくとも。
渚からの告白に返事をした時点で覚悟は出来ているのだから。
……もちろん、僕と渚の間に出来た『溝』も『過去』にも、まだ得体の知れない怖さがある。恐怖で足が竦みそうになる。
覚悟が出来ている、なんてカッコよさげに言ったって、所詮は臆病な人間だ。怖気づくこともあれば、立ち止まりを繰り返すこともある。……きっとラブコメ主人公って立ち位置だったら、かなりダサい部類なんだろうな。今の僕って。
戯言であろうと何であろうと……僕はきっと、この覚悟を掻き消すことはない。
だけど――
「あっ! 一之瀬さんだ!」「えっ? どこどこ?」「マジで!? 他クラスだから全然話せる機会なかったから超ラッキー!」「一之瀬さーん! こっちで一緒に話しませんかー?」
……多分、あのときの傷が僕よりも深い彼女には、この場は荷が重いと思う。
信用していないわけじゃない。
ただ、この覚悟は僕自身のエゴの塊。僕のことを誰よりも考えてくれて、いつも庇ってくれようとする渚に、これ以上の重荷は背負わせたくはない。
問題は山積み。
高校3年間の夏休み・冬休みの全ての課題を換算したとしても、お釣りが来るか来ないかのレベル。1日に1ページ。地道に、少しずつ。……それが、僕達には合ってるんだろう。たった1日で消費することは不可能に近い。積みゲー、というやつだ。
ゲームの攻略難易度は超級を越えるやもしれない。
レベル上げの段階から何度もデスルーラを繰り返し、何度も挑み直す。――そんなことが現実世界で出来たら、どれだけ楽な試練なのだろうか。
「……行かないのか?」
リトライ不可。同じ手口は使えない。
現実でのプレイヤーは僕と渚。敵モンスターは、おそらくこの場にいるほぼ全員だ。
「……えっ?」
「何か用ありげだったけど、僕だったら空いてる時間でいいし、先にあいつらの相手してきてもいいぞ。どうせ右往左往してるんだろ」
「……いいの? カノジョが彼氏から離れて別の奴のとこに行っても」
……胸を締め付けられる。チクチクと、鋭い針で刺されるみたいに。
嫌だ、この気持ち。誕生日のときにも感じた、このモヤモヤとした黒い正体――前にも体験した『嫉妬』だ。
行かないでくれ。そう言って手を伸ばしたら、お前はこの大人数の前で手を取ってくれるのだろうか? ――答えは決まってる。取る一択だ。
それがわかっているから、動けない。それがわかっているから……僕だけのエゴで、動きたくはない。
「…………。別に、今に始まったことじゃない。早く行ってこい」
僕の言葉を聞き、少しその場を立ち尽くすものの渚はゆっくり野次馬の方へと歩を進めていった。
……あまりにも幼稚な嫉妬をした。
以前の出来事から、大袈裟な嫉妬も劣等感も表に出さないよう慎んできた。どんなに醜くても、汚くても、この気持ちが渚を『好き』なのだと自覚する、最大の感情だから。
そしてそんな感情を隠す度、僕の中には彼女への独占欲が湧くばかり。
誰も近づいちゃダメ。誰も触っちゃダメ。と。
「(…………バカだよな、本当に)」
救いようのないバカだ、僕は。
エゴだ何だと抜かしても、結局は過去のレールにしがみついて……一歩、たった数センチという小幅でさえ、カーストの壁を越えることを怖がって。
だからふと、こんなことさえ思ってしまう。
――もし、幼馴染としてじゃなくて、趣味もまったく違った、他人同士から始まっていたら、どうなっていただろう。って。
■あとがき■
久しぶりの更新です(汗)
全く更新しておらず、すみません……。これから少しずつ、更新ペース戻して……いけるかな。
p.s. 人間らしさ、を出すとどうしてもこうなる物語。
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