第六部

第52話「幼馴染とのこれから、それは神のみぞ知る話」

 ◆一之瀬 渚◆


 私には今まで、友達と呼べる存在がいなかった。故に、友達と遊ぶという経験をそこまでしてこなかった。


 昔から他人に好かれやすい性格をしていた。それは決して悪いことじゃない。他人とコミュニケーションを取る上でも最重要とされる能力だ。

 誰もが妬み、羨む『リア充』――私はきっと、それに該当する人物なんだと思う。


 けど、勘違いしないでもらいたい。

 誰しもとめい打ってはいても、全人類がリア充に成りたがっているわけでもなければ、中には……そんなリア充になったことを、後悔する人間もいる。それが私だ。


 そもそもの発端、と言えば違う気がするけれど、そんな嫌いなリア充ポジションに就いているのは何を隠そう、幼馴染のためである。


 余計なお世話。

 そんな一言で突き返されそうなエゴ1つで、私は今もこの地位に就いている。


 降りることは許されない。降りようとしたことで、彼がどんな目にあったのか……過去の一括りで纏めちゃいけない。――後悔はもう、したくない。


 昔のように笑ってくれなくてもいい。

 男の子っぽいやんちゃ姿も見せてくれなくていいから。


 ……ただ私は、彼が学校で穏やかに暮らせる日々を作れればいい。それでいい。それでよかった、はずなのに。いつの間にか介入したエゴは、私と彼の関係を大きく変えた。前へ踏み出すきっかけをくれた。


 本当の告白をする前に、私は彼に告白された。

 嬉しいはずなのに、どうしてこんなにもモヤモヤするんだろう。……まだ、過去を振り解けないからだろうか。それとも――自分の愚かさからだろうか。



  *



 ロビーでの出来事を終えた後、私達はあの2人に散々弄られながらも部屋へと到着し、荷物を置きくつろぎ始めていた。


 和室ながらの独特な匂いと感触。

 今は和室がある部屋の方が少ないイメージだけど、私はこういう空間が好き。心が自然と落ち着くというか、普段では味わえない感触が体感出来るからかな。


 それから嬉しいことに、私達の部屋には専用の露天風呂も完備されていた。

 これこそ、神の子の力だと思うの! ……とか、そんな自画自賛したって、幼馴染さんは褒めてくれたりしないんだけどね。


 でも、あのロビーでの言葉は……ちょっと、嬉しかったりする。


『それに……お前とのことだったら、話は別……だし』って、あんな無愛想な幼馴染から出るとも思ってなかった台詞に、逆の意味で調子が狂う。



 ……ああぁぁ~~!! もう!! 何でそっぽ向いて照れながらあんなこと言うかなぁ!? 普段だったら絶対あんなこと言わないくせにぃぃ~っ!!



 ……でも、嬉しかったことは事実なので、少し浮かれていたりする。

 だが哀しいことに、こんなに浮かれているのは私だけ。


 当の本人様――凪宮晴斗は自称“根暗ぼっち”な上に常に無表情。偶にコロリと変わることはあるけど、そんなことが起こるのは天変地異の前昏まえがれ……みたいな、それほどまでのレアリティ。私が何かをしでかさない限りは、常にポーカーフェイス状態。


 その証拠に今現在も、私が唯一の友達である佐倉美穂さんと露天風呂の見学している中でも、鞄からラノベを取り出し椅子に座って悠々と読書している始末。


 浮かれているのが私だけと自覚すると、ちょっと……いや、だいぶ恥ずかしい。


「おーい、そろそろ見学終わったかー?」


「うん!」


「んでどうだ、ご感想のほどは?」


「感想も何もめっちゃ感動したよ! 個室の露天風呂なんて夢みたいだもん!」


「それはそれは、ご満悦のようで安心したよ」


 晴斗の隣に座りながら佐倉さんと会話するのは、彼女の幼馴染で現恋人の藤崎透君。

 私達と同じ立場ということもあってか、何かと相談に乗ってくれたり逆にそれで弄り返されたりと……いろいろと振り回されている要因達である。


 とはいえ、境遇が似ているだけでお互いの性格が似ているわけじゃない。

 藤崎君も現に、晴斗とはラノベオタクというポジションが一緒なだけで、根暗ではない。寧ろ陽キャの類だし。

 すると藤崎君は「おい」と声をかける。


「……何だ?」


「何だじゃねぇ。暇潰しの本をこんなところで読むなっつーの!」


「暇潰しは暇なときに読んでこそ何ぼだ。お前だってそう考えてるだろ?」


「ま、まぁ確かにそうだが……って、話を逸らすなぁ!!」


「別にいいだろ。今は自由時間、つまり個人に与えられたフリータイムだ。この時間を有効活用しているまでのこと。はい、反論をどうぞ」


「どこまでひねくれてんだお前……」


 晴斗の読書願望に呆れたのか、藤崎君は重苦しいため息を溢した。


 午前中はバス移動からのレクリエーション大会、午後は飯盒炊爨にあのスタンプラリーとイベント続出状態だった。人がたむろする場所を嫌う晴斗には、少しばかり荷が重かったらしく、まさにひねくれ状態。


 本来であれば、人狼ゲームでもしようと計画していたが、予想外の労力消費に耐え兼ねたのか晴斗にはやる気が起こる気配がまるで無い。


 とはいえ、その条件に当てはまるのは晴斗だけじゃない。

 現に考案者である佐倉さんも表情こそ明るく振る舞っているけど、その実バスの中ではかなり疲弊している様子だったし、おそらく今も相当無理してる。


 ……もしかして、気づいてたりするのかな?


「そういうお前は元気すぎないか? 見てて暑苦しいんだが……」


「おい、喧嘩売ってんのか!」


「まさか。腕っぷしでお前に敵うなんて思ってもないよ。だからこそ余計に暑苦しい」


「いやそれこそどういうことだよっ!」


 ……いや、杞憂だったかもしれない。


 人一倍周りに敏感な一面を見せるときもあるけど、根本的な中身は“ぼっち体質”なんだった。多分今も、自分が休みたいという一心なんだろうな。心を読めるSF設定が欲しい。


「…………」


 私は自分の荷物を整理しながら、討論を続ける二人の方へと耳を傾ける。

 ……ああいう光景を目の当たりすると、常々思うことがある。


『幼馴染って、何だろう』って。


 別に不満があるわけじゃない。今までの、幼馴染として築いてきた時間と経験を無駄にしたくない――それは私も晴斗も同意見だ。


 多分、これからも。

 どれだけ関係性を変えていこうとも、幼馴染という肩書きは、一生消えない記憶として生き続ける『証』になるんだと思う。


 ……それじゃあ逆に、恋人としての時間とは、一体どこからどこまでのことを言うのだろうか。

 晴斗と私の関係がのはわかってる。


 お泊りもした。デートもした。少しだけど……恋人らしく、キスだってした。これだけでも幼馴染からの一線を越えていることは明白なんだろうけども。


 ……それでも、気になってしまう。

 じゃあ逆に“恋人としての経験”は、幼馴染同士の場合、どこから始まるんだろう。


「あ、もうすぐでご飯じゃん。ほらそこ! いつまでもじゃれてないで、この辺の荷物とか片づけよ!」


「美穂、変なこと言うなよ! 誰がこいつとじゃれてるって!?」


「いやいやいや。傍目から見たら普通にイチャついてるようにしか思えないから」


 この2人を見ていても、不思議と違和感は湧いてこない。

 恋人としての2人を見たことがないっていうのもあるかもだけど、幼馴染として接する普段の姿に、どうしても私達が重ならない。それはきっと、恋人としての2人が出来上がっているからなんだと思う。


 それに、物事を為すこと全てが裏返るわけじゃない。ちゃんと表の駒だって存在する。後はそれを引く確率がどれだけのものか……勝負の難易度なんて、所詮そんなものだ。


 私にとって、晴斗という彼氏が手に入ったことが表の確率なのだとしたら、多分裏が幼馴染のまま、または戻る確率だろう。

 要は裏を引かなければいいだけの話。

 と、誰もがそう捉えるだろうけど、現実は二次元じゃない。人の手によって動かされ、作られた展開の上ででしか行動出来ず、ましてやひっくり返すことなんてゼロに等しい。


 全ては己の運次第――神様というのは、本当に身勝手なことをするものだろうか。


 人に試練を与えすぎている。

 ライトノベルの主人公とヒロインは、すぐにお互いが好きになって、最終的には結ばれて……なんて、王道的な展開が繰り広げられることは確実。それ以外だって、少女漫画もまさにそれ。


 けれどそれは、創作された世界観だからこそ出来ること。

 三次元に住まう人間が、二次元での幸せ展開に手を伸ばすことそのものが難しい。


 ――世の中とは常に不合理。

 だからこそ、二次元の世界に憧れを抱く人間が増えるのは、ごくごく自然な流れなのである。そこに幸せな未来を掴めるきっかけなど、どこにも存在しないけれど。


「ほら、晴も動く! 一之瀬を見習え!」


「……見習うも何も、僕は渚みたいに万能人間じゃない。本能のままに動く」


「絶対台詞パクっただろそれ。後、成績1位様が今更変なことほざくな!」


 私はチラッと、後ろで繰り広げられる光景に目を向ける。

 ……そうだとしたら、私と晴斗はどうなるのだろうか。


 ロビーではあんなことを口走ってしまったけれど、結局のところ、私が晴斗と恋人としての関係を築けるのは、一体どれほどの確率だろう。


 幼馴染としての時間が無ければ、もっと早くに晴斗との『恋人関係』を築けていたんだろうか――恋人としての時間にまで、幼馴染としての時間が反映されているのではないだろうか。


 考えるだけ時間の無駄。

 そう割り切れば全てが解決する。…………わかってはいるのに、気持ちに頭がついていかない。


 これから先の私達の関係なんて、神のみぞ知る話――私と晴斗に、選べる決定権はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る