第51話「幼馴染は、僕との関係性に覚悟を決める」
1日目の予定は、先生達の仕組まれた悪戯によって惑わされた生徒が続出したものの、無事にゴールへと辿り着いたのは僅か数チーム。どうやら僕達以外にもいたらしい。
……だが、正攻法で辿り着いたのかは定かじゃないが。
先生達も注意事項で『やってはいけない』と公言していなかった。つまり、他チームの後を着いていく。というのも有りというわけだ。
なので僕からはどうこう言うことはしない。その辺は先生に任せよう。
波乱万丈だった1日目の予定も終了し、僕達は再びバスに乗り、今回の宿泊研修でお世話となる旅館へと到着した。
広々とした庭園が完備されており、先生の話によれば幾つかの個室には露天風呂まで完備してある部屋もあるらしい。
特に使用禁止なども受けていないため、少し楽しみだったりする。
「――以上のことを守って、旅館での過ごし方に注意するように。くれぐれも、旅館の方に迷惑にならないよう、雅ヶ丘高校の生徒としての自覚を持って行動するように。それでは解散!」
現在の時刻は午後5時すぎ。夕飯までは2時間ほどの猶予がある。
夕飯までの自由時間を与えられた生徒達は、次々と解散を始め、班ごとに部屋へと移動していく。
この旅館の方式で夕飯は各部屋で取ることになっている。まぁ旅館であれば大抵はそうなるだろうけど。けれど仲の良い友達と部屋でご飯を食べるとかって、結構新鮮そうだよな。生憎と僕には、そんな机を囲んで話すほどの友達などいないけれど。
「はーると!」
と、ため息を吐いている最中、後ろから渚が突然抱き着いてきた。
「……降りてもらっても?」
「反応薄いよ……。もう少し幼馴染に対しての扱いを丸くしてくれてもいいと思うんですがー?」
「残念ながら僕はそんな性格じゃない。後周囲の目を気にしろよ」
「大丈夫だよ。私だって、そのぐらいの配慮は出来るもん!」
「あーはいはい、そうですか」
「……むうぅ、意地悪」
すると、渚がそっぽを向いていじけてしまった。……しまった、やり過ぎた。
……しかし、あれだな。頬を膨らませた状態で僕を上目遣いで見てくる渚が、いつもよりも“可愛い”と思えてしまう。
いやいやまぁまぁ。可愛いのは当然だろ、渚なんだし。が、それを『幼馴染』である僕自身が認めるわけにいかない。たとえ自分自身のエゴだろうと。
……彼女のことを褒められるのも、可愛いと言えるのも。普通の幼馴染は、幼馴染のことを「可愛い」とも「好き」とも言う権利がない――。
「お前らー。ここ、ロビーだぞ」
「わ、わかってるって。……ほら、渚は一旦離れて機嫌直せ」
「……揚げ足ばっかり取って。まぁ、いいけど」
とりあえず納得してはくれたけど、許してもらえるにはもう少しかかりそうだな。
……まったく、どうしたものか。嫉妬やらヤキモチ妬かれるよりかは全然マシだけど。
「……お前らさ。ところ構わずイチャつくの止めろ。言っとくけど、ロビーに人が残り過ぎてたら完全にアウトな光景だったぞ」
「ん? ……別にそこまで危なくないだろ? 気をつけてはいるし」
「…………鈍い。鈍すぎる!!」
一体何に問題があると言うんだ。周りには気を配ってるつもりだし、目立つようなことは僕の理念に誓って許さない。……なのに、何故透にここまで『鈍い』呼ばわりされなきゃいけないんだ。
「はいはいはい……、いい、わかってる。お前らのことだからそうだろうなぁとは思ってた。だから何度だって言ってやる……!! 正直お前と一之瀬が抱き合ってなかろうと、キス出来てなかろうと、その甘々空気がお前らの全部を物語ってんだよ!!」
「――――――えっ」
「~~~~~~~~~~っ!?」
透からの言葉を浴び、僕は唖然とし、渚は顔から耳たぶまでを真っ赤に染め上げた。噴火してしまわれた……。
「ちょ、ちょっと待って藤崎君!! わわ、私とはりゅとはそんなんじゃ――」
「呂律回ってないぞ……」
「ほほぅ。ここまで自覚無し野郎に成長しやがってたのか。万死に値するぞ!」
「万死言うな」
「まぁそんな冗談はさて置いて……何にしろお前ら、警戒するべきなのが何も周りだけと思わない方がいい。まだ周りはお前らの関係を悟ってないからいいものの、知ってるオレらからしてみても、お互いに『好きだ』と公言してるもんなんだよ。オーラ出過ぎ! 意識しすぎなんだよ、お互いに!」
いつにもなく真剣な風貌をみせる透に圧縮され、僕も渚も聞き手側に回っていた。
誰とも知れないあかの他人であれば、絶対に聞いていない。すぐにこの場を去っただろう。
だがそれをしないのは、相手が『藤崎透』だからだ。
中学時代の3年間――詳しいことなど何も聞かずに傍に居続けてくれた、こいつの言うことだから、自然と意識が逸れてしまう。
僕達の中学時代を、知っているこいつだから……。
「以前のお前らは、お互いに避けてる感じだっただろ。中学から知っている、けれどそれ以上ではない。まぁそんな感じか。それがいきなり『実は幼馴染でした』っていうのが発覚して、それからさほど日にちも経ってない。そんな状態で、実はこの先の関係……ってのがバレてみろ。多分だが、お前らが恐れた事態になるぞ」
「…………」
「……晴。お前のことだ、一之瀬からの告白を受けた以上、それなりの手順ってのは踏むつもりなんだろ?」
「当たり前だ。……幼馴染からでもいい。そこから2人で、ゆっくり進められれば」
「――と、旦那様はおっしゃってるわけですが。奥様はどうですかね?」
「お、おお、奥様ぁ……!?」
何でそう火に油を注ぎたがるんだこいつ……。さっきまでの真面目さは一体どこに置いてきた。
……とはいえ、透の言ったことも理に適っている。
高校に入学してもうすぐ2ヶ月。始めの方はお互い、まるで他人のように関わらずに生活を送ってきた。それがつい先日、幼馴染同士だったことがクラス中に知れ渡り、更には距離感までもが一気に変化した。
普通の幼馴染としてクラス内が認知しているなら何の問題もない。
――が、僕達はそうじゃない。
もう、ただの幼馴染としての枠では抑えられない、そんな関係になってしまった。だから僕達は『トラウマ』を乗り越える必要がある。男女の友情、否それよりも壁が高い、最上位と最下層の男女の恋愛というものを。
告白を返事したあの水族館で、僕は根付いた『トラウマ』と戦うことを決めた。
ただ、渚の場合は僕よりも『トラウマ』が根深い。……そしてそれが、彼女をトップカーストという座に居座らせている。そんなの、渚が1番嫌いなはずなのに。
「晴はこう言ってる。それで、一之瀬はどうしたい?」
「…………バレても、構わない」
「……っ!!」
頬がまだほんのりと火照っているものの、そう言い放った彼女の瞳は綺麗で、それでいてどこか……深みのある色合いをしていた。
「……バレるのは、怖い。あのときのこともあるし。今のクラスが、完全には信じ切れるわけじゃない。でも、そうだったとしても……晴斗との時間は、大事にしたい。そのための犠牲なら、私は何だって受け入れる。晴斗が……好きだから」
「……っ、……!!」
初めてな気がした。渚の覚悟を聞くのも、彼女の「好き」という言葉も。
春休み――あのときに確かに聞いたはずなのに、どうしてか今が初めて聞いたと思わされて仕方がなかった。
でも、僕もあまり言えない言葉を、こうも意志を持って言える彼女が少し羨ましい。
同じ『臆病者』でも、強さと勇ましさだけでこうも違ってくるなんて……。告白でも先を越されたのに、意志表明でさえも先を行く。本当、この幼馴染には敵いそうもない。
「おやおや。だ~いぶ恥ずかしいことを宣っておりますな~」
「か、からかわないで頂戴!! 藤崎君、後で説教!!」
「おっと。これはまずいかな?」
自分でも恥ずかしいことを言っていたのを理解しているのだろう。
とりあえず、透の余命が短いことだけは確定事項だな。南無阿弥陀仏……。
「……ごめんね?」
「気にしてない」
「えっ、でも……」
「言っただろ。僕も学校でのことは何とかしたいと思ってるし、それに……お前とのことだったら、話は別……だし」
「~~~~~~っ! は、晴斗!」
渚はあまりにも嬉しそうな声を上げ、隣に立っていた僕に飛びかかってきた。
なるほど、とようやく僕は理解した。透が言いたかったのはこういう言動のことなんだということを。
……確かにこれは、誤解どころか真実を追求しに来る野郎が増える予感しかしないな。
状況が解決するまでは、なるべくこいつに近づかないようにしようかな。
「あっ! 今なんか、近づかないようにしようかな、とか思ったでしょ!」
「何でわかるんだよ……」
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