第53話「幼馴染は、恋人としての距離感で接したい」



 部屋の片づけをしている最中、旅館の仲居さん達が訪れてきた。

 どうやらもう夜ご飯の時間になってしまったらしい。旅行、というより楽しい時間が訪れる場合にだけ時間の流れが早く感じるあの感覚……一体何なんだろう。


 だがそれも先程までのこと。

 思考を巡らす度に、晴斗との関係に疑問を抱き、拒絶し……その永遠にも続く無限ループに思考量は遂にオーバーヒート。処理させる時間も含めたつもりなのに、どうやら思考量と現実時間は『イコール関係』にはなっていないらしく、無駄に疲れただけという時間を過ごしてしまった。


 ……最初から無駄なことは知っている。

 そもそもの話、私達は藤崎君や佐倉さんみたいな幼馴染とは根本的に違っている。


 まずお互いが『陽キャ』じゃない。

 私はどちらかと言えば……って感じだけど、晴斗の場合は私とのこともあってか、人と話すということをしない『ぼっち』だ。


 共通点があることにはあるけど、果たしてそれはお互いの一致に繋がるんだろうか。

 だって多分、共通点『読書』だよ? それ以外に無くない?


 こうまでも趣味が一致するとは、幼馴染同士の性なのだろうか? そう考えると些か微妙だし、性格面々で言えばそれなりに違ってくると思う。

 こんなにも違う幼馴染って、普通じゃありえないのかな……とか。って、思考がだいぶネガティブな方向に偏り始めてる。ダメだ、晴斗の癖移ったかも……。


「ほら、晴。お前サーモン好きだっただろ?」


「……何で知ってんだ」


「中学の頃に一之瀬が自慢げに話してくれたぞ?」


「渚……!」


「そ、そんな目で見ないでよっ……!」


「まぁまぁ、いいだろそんなことは! ほれ。これ上げるから、その代わりそのだし巻き玉子くれっ!」


「…………まぁ、別にいいけど」


 相対する形で席に座っている2人の光景。

 友達同士で、同じ部活で、生粋のラノベマニアで……ここまで一致しているのが、友達としても幼馴染として考えても当たり前なんじゃないだろうか。


 こういう如何にも『友達です』と言えるような、胸を張って言える関係というのが、やがて信頼し合い、関係を深め、恋人関係にまで発展するんじゃないだろうか。


 私は晴斗との関係を……そんな風に、言えたことがない。


 クラスメイトには『幼馴染』だとは知られているけど、それ以上の関係性であることを隠していることがその証拠。

 ロビーで藤崎君に言われたこと、言ったことが頭の中を何度も何度も往復する。


 ……それを思い出す度に思う。自分は、本当にエゴ欲の塊なんだなと。

『私は何だって受け入れる』なんて……本当は嘘。この言葉だって、私が不安になっているも同然の言葉だ。


 小さい頃から私には、幼馴染である晴斗の存在が必要だった。

 どんなことをするにしても、どこへ行くにしても、何をするにしても。それらの行動全てに、私は“凪宮晴斗という存在”が必要だった。


 だがこれも私のエゴ。

 勝手に私がこう思っているだけで、実際に晴斗も同じ気持ちを抱いているかなんてわからない。人の心ほど、読めないものはない。


「………………」


 ……と、先程から頭の中で巡回し続ける思考を追い出せずにいる。いや、逆かな。追い出せる量と溜まっていく量が比例していない。溜まっていく不安の方が多いのかも。


 気がつけば、私は皿の上に乗せていたはずのご飯を食べ尽し、せっかくの旅館でのご飯もほとんど感想を付けられずに終わってしまった。


 2人がもめていたお刺身の味さえまともに覚えていない。

 寧ろ味なんてあっただろうかと……そんなレベルだった。


 …………じゅ、重症すぎるっ。

 普段からこんなに落ち込んでたりしないんだけど、今回は沼が深すぎる。


「あ。それ、私が片づけるよ!」


「お、サンキュー」


 私はお互いに助け合いながら皿を片づけている藤崎君と佐倉さんの方へ視線を動かす。

 あの2人は、ごく普通な振る舞いで自然とお互いの距離を保っている。きっとああいう風に自然と、違和感のない2人というのが1番カップル成立とかに向いてるんだろうな……。


 反芻はんすうする。この2人と、私と晴斗の違いを。

 おそらく私は焦っている。


 学校内でも平然と話す2人と、学校内だからこそ話もろくに出来ない私達の違いに。急ぐ必要なんてない。そうやって、何度も呼びかけても尚、脳内には残ってしまう。


 晴斗の隣に、違和感なく埋まってしまうような……そんな人が現れてしまいそうで。ただの友達である藤崎君相手に嫉妬しているのだから、この気持ちは紛れもなく、


 晴斗には迷惑だと思われたくない。

 これは私のわがままで、晴斗にはきっとまた『トラウマ』を植え付けることになる。私達にとって、あのときのことは当時、悪夢となって出てきたこともあるのだから――。


 …………わかってる。……わかってるけど。

 それがわかっているから、私は焦る。




 ――私も、晴斗と恋人の距離感で接したい。と。




 学校内だろうと、外だろうと、家の中だろうと。

 本当にごく一般的な恋人がするであろうことを、私は晴斗としてみたい。


 キスやデートだけでは埋まらない。

 日常生活という風景の中でも……私は晴斗とずっと、傍にいたい。

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