第33話「幼馴染たちは、作戦会議を始めるらしい②」

「…………」


 そんなことを考えつつ、私は配布されたプリントへと目を配る。


 私達が今回のLHRで決めることは主に2つ。

 1つ目は午後のオリエンテーリングの後、ホテルへと移動する前にある自由行動で何をしたいか。そして2つ目は、2日目の体験学習で何を選考するのか。これは完全な個人作業にあたる。


 ……とはいえ、こういう硬っ苦しいの晴斗は嫌いだろうけど。班行動とかまさにそれ。


「んじゃ、まず1日目の自由行動か。園内を回るも良し、バスで待機するも良しの班行動だが、どっちにする?」


「引き篭もるって選択肢はあるのか?」


「――ねぇよ。強制参加だ馬鹿野郎」


 晴斗は「ちっ……」と、軽く舌打ちをする。

 どんだけ参加したくないのかが目に見えてわかる……。まぁ、知ってたけど。


 1日目は主に、園内のキャンプエリアで飯盒炊爨を行う。そこでお昼を済ませた後、その園内全域(一部建物などを除く)でクイズ大会をするらしい。詳しいことはプリントに記載されてないから、当日説明されるのかな。


「……んじゃ改めてな。やりたいことあるか?」


「はいは~い! 私はじっくり園内を見て回りたいかな。動物たちとの触れ合いコーナーもあるみたいだから、そこ行ってみたい!」


「なるほどなぁ」


「まぁ、一部外に出たがらない勢もいるみたいだから」


「こっち見んな」


「だから、バスの中でみんなでトランプとかするのもありかな~? やっぱり、班ごとに集まって車内でゲームをする――それって旅行ならではじゃない?」


「偏見だろそれ」


「ざ~んねん! みんなが思ってることで~す!」


「あー、はいはい」


 佐倉さんのボケを軽々と受け流す藤崎君。

 雑に返されたにも関わらず、佐倉さんはまるで気にしていない様子で、にししっと悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。この2人って、やっぱり


 幼馴染であり、恋人であったとしても……まるで『親友』のような、そんな関係にも見えてしまう。

 私と晴斗にも、ああいった関係が無かったとは言えないけど、それはほんの一時期。


 今やそんな関係さえ飛び越えているわけだけど、もしあのまま幼馴染であったとしても、きっと2人のようにはもうなれない。……やっぱり、羨ましい。


「んま、先に意見だけ訊くか。でまぁ、そいつは後にしとくとして」


「こっち見んな」


「一之瀬は、この自由行動中にしたいこととかってあるのか?」


 司会をノリで続けている藤崎君に指名され、私は少しの間考え、そして答えた。


「……私は、何でもいいかな。1番困る回答かもしれないけど、私は自分でしたいことよりも、この機会にみんながしたいと思うことをやりたいかな?」


「ほぉぉ~? こりゃまた意外な答えだな!」


「まさに優等生の鏡だね! ナイス、渚ちゃん!」


「そ、そんなことないよ……!」


 お世辞じゃない、これは本心から思っていることだ。

 特別何かがしたいという目当てが無い私が『何か』を提示したところで、まとめる際に混乱を招いてしまう恐れがある。

 だったら意見は言わず、みんながしたいことを尊重すべきだと思ったまでのこと。


 けど、晴斗みたいにこの行事自体に憂鬱になっているとかじゃない。行事ごとは純粋に楽しみだし、何より『友達』や『恋人』がいる中での、初めての旅行だし。


「……さて。そんじゃ念のために訊こう。晴、お前がやりたいことは?」


「読書一択」


 …………あ、うん。絶対言うと思ったよ。――班全員がそう思った。


 本当、どんな言葉をかけるべきなのか迷うところではあるんだけど、敢えて今言うのであれば「さすがだよ……」の一言に尽きる。


 そんなブレない晴斗の言葉を聞き、藤崎君は「はぁああ……」と重いため息を吐いた。


「……あのな晴。高校生最初の学校行事、それも泊まり込み。しかも班別行動まであると来たもんだ。普段家から出たがらないお前の言い分も、まぁ……共感出来なくはないが」


「いや出来るんかい!」


 藤崎君もやっぱり晴斗と同類の人間だったらしい。

 ゴールデンウイーク中に部屋へ引き篭もって読書に時間を費やしていたように、きっと藤崎君も晴斗と似たようなことをしてたんだろうなぁ。有意に想像出来てしまう。


「……だがな晴よ。せっかくの宿泊研修なんだ、日頃とは違った生活をするっていうのも悪くないと思うぞ?」


「逆に訊くが、僕から『読書』というパーツを奪うとしよう。そうしたらお前の中に、僕自身という人間の“何”が残る?」


「…………頭が良い陰湿な根暗野郎」


「お前の中の僕の価値観が想像通りで助かったよ」


 擁護しようとも思ったけれど藤崎君同様、晴斗自身を作るパーツがほぼ残っていないことに気がつく。……それだけ、彼を作る上で必須なパーツなのだろう。


 とはいえ、藤崎君が上げた例以外にも、晴斗を形成するパーツは存在する。

 でも他全部、晴斗が決して表に見せない、裏の表情や性格だったりするからここで発言しても受け入れられる確率はゼロパーセントに近い。


「ま、つまりはそういうことだ。僕自身を形成するパーツの大部分がそれに当たる。だから僕からパーツを奪うな」


「屁理屈にもほどがあるだろ。どんだけ読みたいんだよ……。それに、だ。何も全部の時間から読書を無くせと言うほどオレも鬼じゃない。お前と同じ趣味持ってるんだから、当然だろ? オレが言いたいのは、オリエンテーリング中ぐらいは読書しないで人と関われってことだ。……どうせお前のことだ、暇さえあれば読書しようとするだろ?」


「当然」


「「「………………………………」」」


 完璧なる自己決定に、最早口を挟む気力も薄れる。


 晴斗は根っこからのぼっち気質。1人でいる、居ても少人数を好む彼にとって宿泊研修とはまさに地獄。鬼門の道であることは確定事項。

 関わりを持て、と藤崎君は言うけれど、この幼馴染が素直にそれを受け入れるはずもない。


 おそらくこの宿泊研修自体を『読書』というパーツを使い、他人と関わらずに終わらせる気なのかも。

 すると再び、藤崎君が眉間にしわを寄せ、重苦しいため息を吐いた。


「……晴。お前って奴は本っ当にブレることを知らねぇのな」


「そりゃどうも」


「褒めてねぇよ!」


 先程の状況とは真反対。晴斗が藤崎君を相手に弄り返している。

 ……やっぱ、2人の間柄がスゴく謎。


「ったく……。お前のことだからそうかもなと薄々思ってはいたが、相応の結果を生み出すな。こんな結果消し去りてぇ」


「それを僕に言ってどうしろと?」


「……いや、皆まで言うな。お前に無理難題押し付けることが間違ってた。他人との交流を避ける理由ってのがオレは知らねぇけど、ここまで回避されるとな……」


 藤崎君には相当の手応えだったのか、彼自身が折れてしまった。

 たくみな言いくるみは無いだろうけど、ここまで大袈裟に避けたがる晴斗に無理強いはさせたくないのだろう。……晴斗が他人を警戒するのは仕方がない。いや、違う。正確には、わざと遠ざけている、の方だろうか。


 ――その引き金を引いたのは、紛れもないこの私だ。


「……ま、お前の言い分は呑んでやる。だがな、せめてオリエンテーリングぐらいは参加しろ。小説を読みたいと思ってるのは、何もお前だけじゃない。な、一之瀬?」


「えっ? あ、う、うん……」


 意識が集中しすぎていたせいか、思わず変な声が飛び出てしまった。

 しかしそんな焦りとは裏腹に、藤崎君は構わず続けた。


「ほらな? 一之瀬だって、オレだってお前だって一緒なんだ。少しは我慢しろ!」


「…………。……何か腹立つ」


「親切なアドバイスなんですけど!?」


 普段、晴斗はここまで人に毒を吐くようなキャラではない。

 そもそも“根暗ぼっち”な性格をしている彼は、他の人と喋るというたったそれだけに難関を見出すレベル。コミュ力が皆無と言っても過言じゃない。


 幼馴染である私、それから家族柄の関係でしか彼は普段喋らず、いつも本に向けて視線を落としていた。――そんな彼が急に変わった。


 私や妹の優衣ちゃんと一緒にいるときでさえ聞いたことがない彼の毒舌っぷり。

 それが全面的に向けられているのが藤崎君というわけだ。

 ……とはいえども、やっぱ奇妙な関係ではあるけれど。


「はぁああ……。こいつに手間かけてたら話し合い進まねぇな。んじゃ、最初は園内の散策。残り半分はバスの中。これでいいか?」


「意義なーし!」


「私も大丈夫。……だけど」


「……お前までこっち見んな」


 いくらコミュ強の藤崎君であったとしても、晴斗本来の性格や執念を曲げることは出来ない。私に出来ないのだから、当然のことかもだけど。

 彼につられて晴斗も……何て展開になるほどこの性格は容易くない。


 昔の晴斗だったら、バスにいるっていう選択肢そのものが無かったはずなのにな――。

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