第30話「幼馴染は、勝負に決着をつけるらしい」

 テストは無事に全生徒が終了し、廊下に順位が記入された紙が先生の手によって貼り出される。

 貼り出される順位は全クラス対応の上位50名まで。それ以下は放課後に返される個々の成績表で確認するまでわからない。さすがに全員は公開処刑すぎる。


 先生が掲載を終えると、生徒達は一斉にその場へ詰め寄る。

 記念すべき1回目の定期試験だ。

 自分の実力に自信がある者や、興味本位で見に来ている者。多種な理由を持って、今昇降口の掲示板前に1年生が溜まっていた。


 もちろんその中には、僕達もいる。

 無論僕はそういうのに興味などなかったのだが、渚が「勝負の結果はどうするのよ!」なんて言うのものだから大人しく着いてきたのだ。


 もし「行かない」などと言ってしまえば、自ら負けを認めているようなものだし。

 だが、こんな大所帯になることが予想出来ていた僕にとって、それが現実として具現化した目の前に思わず人酔いしそうになる……。

 ぼっちにこういうところは地獄だ。

 完全なる無法地帯にしか思えない……。


「さーてと、みんなの成績は……あっやば、前方人だらけ全く見えん」


「仕方ないわよ。この人だかりだし、大人しく待ちましょうか。ちなみにみんなは手応えとかはどうだったの?」


「いつも以上に頑張ったもの、それなりの自信はあるかな。そういう佐倉さんは?」


「渚ちゃんに教えてもらったところ、ピンポイントに出たじゃん! あれ、絶対解けた自信あるよ! ……まぁ、全部出来たかーって訊かれたらそうじゃないけどね」


 佐倉さんは落ち込み気味に苦笑いを浮かべる。

 反対に渚は、普段見せないを浮かべていた。

 クラス内や学校全体に広がる彼女の噂は様々だが、その中に『本物の彼女』を語るようなものはない。


 渚が浮かべるものは、本当の笑顔ではない。いわゆる『作り笑い』というやつだ。

 決して感情を表に見せることをしない。――渚もまた、僕と同じ病に侵されているのだ。


 彼女が“学園一の美少女”と呼ばれる所以は、その作られた表面で相手を誤魔化し、クラスメイト達を笑顔という名の『偽物』に落とし込んでいる結果だ。


 人聞きが悪いと思うだろうが、事実な以上否定も出来ない。

 ……過去に僕が言った、たった1つの言葉が、渚自身を変えてしまったのだから。


「おっ、やっと空いてきたな。見に行くか、晴」


「……僕に拒否権は無いのか」


 掲載されたから約5分弱。

 掲示板前に溜まった人溜まりは徐々に解かれていき、少しずつ前へ進めるようになっていった。しかしどうしてか、人数がまるで減っていない。そんなに不可解な結果だったのだろうか?


 1つの要因として、ここに学年トップの女がいるのだからその点はわからなくはない。

 だが僕が気になるのは、僕に降り注ぐ視線だ。

 そんな不信感に駆られたのが僕だけではなく、渚も同様だったらしく大所帯の中を「すみません」と一言詫びをいれながら進んでいく。


 その中に入った直後、初めて気がついた。周りが少しざわついているということに。

 耳を澄ますことが慣れているせいなのか、少しのざわつきにさえ反応するようになってしまったらしい。

 だが声は掠れているためか、会話内容などは聞き取れなかった。


 僕はその原因が気になり前方を見据える。

 瞬間、その意味が答えを見つけたような感覚に襲われた。



『1位 800点 凪宮晴斗』

『2位 778点 一之瀬渚』



 掲示板に貼り付けられた順位表は、以下の通りに記載されていた。

 ……なるほどな。それでこんなにざわついてるのか。


 要するに――新入生代表挨拶をした、クラストップカーストである『一之瀬渚』よりも上位の成績を残したのが、何の実績も無かった無名だった、ということだろう。

 それだけの事実と言えばそれまでだが、これは周りが動揺しても不思議ではない。


「スゴい! さすが一之瀬さんだ!」


「……けどよ。この凪宮、晴斗って奴。誰だ?」


「……なーんかいい気しねぇな」


 順位表を確認しに来たほとんどの生徒が、僕のことについて触れていた。

 クラス内には僕と渚が『幼馴染』であることがバレているが、それもまだ学年全体には広がっていないらしい。

 おそらく、透か渚辺りが抑制してくれているのだろう。


「……それにしても、話だけ聞いたときは確信出来てなかったけど、凪宮君ってこんなに頭良かったんだね。なのに、何で学年首席じゃないの?」


「ん? あぁ~、そのことな。実はこいつ、入試のとき本気出さずに手抜いてたんだよ」


「えっ!? 何で!?」


「美穂。察してやれ。こいつ、根暗ぼっち」


 透が僕のことを指さしながら佐倉さんに説明した。

 人のことを指で指すな。

 失礼すぎるぞ、この礼儀知らずが。


「あぁぁ~~。要は目立つのが嫌ってこと?」


「まっ、そういうこった」


 手を抜いた――というのは少々誤解がある。


 渚と勝負をすることが決まっていた入試。それに手を抜くということは即ち、勝負から『逃げた』というレッテルが付くことを意味する。そのため勝負には臨んだ。


 その結果、渚が勝った。

 中学時代のテストは負けはしなかった。だが、最後の最後で負けた。

 これは、高校時代初の黒星ということになる。入試は高校でのテスト、ってことになるからな。


「(ま、言わなくてもいっか)」


 言ったところで、この2人が信じるかどうかも怪しい。

 それに、今では負けてよかったとも少し思う。たった1点差とはいえ、僕が負けたことで入試首席は渚のものとなった。それに基づいて、1位となった渚は自動的に入学首席となり――入学式の『新入生代表挨拶』をしなければいけない。


 そんなの目立ちたくない僕がやるわけがない。

 たとえ教師に推薦されようがやらない自信があるぞこら。


「あーあぁ……。また晴斗に負けちゃったよぉ……」


 人混みの群れから渚がショックを受けた状態で戻ってきた。

 どうやら人混みに呑まれたことが原因ではなく、僕に負けたという事実の方らしい。人混みにやられる体質なのは、僕だけか。

 ……ともあれ、これにて勝負の幕は降りたな。


「さて、今回は何を奢ってもらおうかな?」


「また奢るの……?」


「それ以外に要求するものがないし。だったら渚は、僕に勝ててたらどうするつもりだったんだ?」


「えっ……えっとぉ。そ、それわぁぁ~~……」


 ……おい。何故そこで顔を赤らめる。そしてどうして顔を逸らした?

 そして案の定、このセンターに反応した人が僕以外に1名いたわけで……。


「もしかして渚ちゃん。テストに勝ったら凪宮君とキ――」


「わーー!! わーー!! わーーーー!!!! そ、そんなことないから!! ななな何言ってるの!! へへ変なこと言わないでよっ!!」


 動揺を隠せてないぞ。

 それにしても佐倉さんは周りがこんな状況であるにも関わらず、渚を弄ることを止めないよな。おっと、お前は煽り始めるなよ、透。後ろで構えてるのは丸見えだからな。


「渚」


「ん? 何……?」


「アイスでも奢ってもらおうかな。最近、蒸し暑くなってきたことだし」


「……わかった。でも、次は奢ってもらうからね!」


「臨むところだ」


 外はまだ5月だというのに、もう既に夏の気候。春の終わりなどという言葉では済まされないほどになっていた。温暖化の影響が1番大きいんだろうな。


 ……でもこうやって、夏の気候が先走ってくれるお陰で、放課後に渚と2人になれる時間が増えるっていうのはちょっといいかもしれないな。

 こんなこと、目の前にいる本人には到底言えないけど。

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