第8話「幼馴染たちは、席替えをする①」

 小学生から高校生にかけてまでには、たくさんの学校行事が存在する。


 入学式に卒業式、それから遠足や運動会等など。年中を通して様々な行事が学校ごとに用意されている。それの開催時期なども学校によってバラバラで、普通の学校ではやっている行事でも他の学校ではやっていない、なんて学校も存在するほどだ。


 しかし、どれだけ多彩な行事があり、学校ごとに違った行事があるとしても……学校の、クラスごとに行われる月1のこの行事だけは、どこの学校にも存在しているのではないだろうか?


 学校教育という学習場に用意された、生徒達を興奮の渦に巻き込む唯一の行事――、



「――それではこれから、席替えを行いたいと思います」



 教卓からの先生のその一言により、クラス中に絶叫の嵐が巻き起こった。

 これを目の当たりにし、たとえ進学校だとしても席替えという月1行事を嫌に思う生徒がいないのだということを自覚させられた。


 先生が「静かに!」とクラス内を鎮めている中、僕は後ろの席から傍観していた。


 クラスがこれだけ騒いでいるのだ。

 その空気が僕にも伝わっているのだろう。


 ――この通り僕も楽しみである……。そんなことを思う僕の表情は『早く終われ』と、永遠に心の中で呟いているような表情だった。


 ……それにしても、席替えというたったそれだけのことによくもまぁここまで騒がしくなれるものだ。余程午前中の授業が暇だったと見える。

 きっと、隣のクラスとかには迷惑極まりないんだろうな。それは逆もまたしかりだが。


 先生が席替えについて騒いでいるクラスメイト達を静粛にさせようと奮闘している中、机の中のスマホが振動した。一応、授業中だしマナーモードにはしてあるが、こんな僕の元に他人からの通知が来ることなど滅多にあることじゃない。――否、壊滅的に無い。


 そんな僕の元に届いた通知……そんなの、この世に2人だけ。

 余程の用事でもない限り、家族からのメッセージなどは届かないし。うるさい兄貴からの通知は完全オフにし既読すら付けない。

 となれば、自然とその2人に絞られるわけで……。


 僕は嫌な予感がするものの静かにスマホを手に取った。

 そして、通知主の名前を見た瞬間、深いため息がこぼれ出た。……またお前か。

 心の中でそう呟くほどにいつも通りの人からだった。


 今日はならないはずの憂鬱な気分になりながら、スマホのメッセージアプリを開き、メッセージの内容を確認する。



『席替え、一緒の班になれるといいね!――13:25』



 この文面プラス余計な顔文字と共に送られてきた通知の主、紛うことなき幼馴染の渚からのメッセージだった。


 ふと、斜め前の1番前の席に座っている渚の方へと視線を向ける。

 そんな僕の行動を見抜いていたかのように渚は机の下で、誰にも悟られないように小さく僕に向かって手を振ってきた。ってか、今どうやって気づいた? 後ろに目でも付いてんの?


 呆れ気味にスマホ画面へと視線を戻すと、又もや渚から通知が届く。


 ……はっ? いつの間にメッセージ打ったの? 前から思ってたけど、お前どんなタイピング能力してんだよ。世界大会出られるぞ。


『人のこと見て速攻で背くの、失礼なんだぞ?――13:27』


 お前は僕のストーカーか。

 あっ、いや違う。カノジョだったな、一応。

 すると又もやスマホが振動し通知が届いた。いい加減にしろ。


『もしもーし! 返信ぐらいしてくださーーい!――13:28』


 前言撤回。こいつはかまってちゃんだった。


 授業中であるにも関わらず僕からの返信を今は今は……と待ちわびる小さな飼い犬の残像が彼女と重なり、僕はため息しか出てこなかった。

 メッセージを返さない、既読だけ取りあえず付けておこうと思ったが、思った以上のしつこさに痺れを切らす。


 休み時間じゃないときに返信するというのは癪に障るが、このまま放置していれば休み時間という至福のひと時に邪魔され兼ねない。……仕方ないか、と思い僕はキーボードで文字を打ち始めた。


『授業中に何の用だ――13:31』


 たった一言。簡潔かつわかりやすい纏め方だ。我ながら素晴らしい出来だ。


 だがこれでも、休み時間の安眠妨害のときよりかは優しい返信をしたつもりだ。僕の至福のひと時を妨害してくる渚からの通知とバイブ音が聞こえたときはもう……腹が立つ!!


 絶対僕の安眠を妨害しようとしているに違いない! あんなに偶然よくメッセージが届くなんて、それこそ神に愛されすぎだ!


 神様は人類にはみな平等な存在だ。

 異世界漂流モノの主人公じゃないのだ、神様が直々に手をほどこす必要性などまるでない。


 だからこそあの妨害は――渚による『単独行動』だ。決して偶然じゃない。

 ……なんてやり取りを、かれこれ数十回以上も繰り返している。が、それを学ばない僕も僕なんだよな。


 スマホの電源を落とし忘れるとか、それこそ渚の思う壺だというのに……。

 こればっかりは否定することもままならない。


『大した用事じゃないなら、今すぐ先生にチクるぞ――13:32』


『何その新しい脅し方!? っていうか、何もこの時間にメッセージ送ってるの、私だけじゃないと思いますけども?――13:33』


 妙に含みのある言い方するな。

 僕はクラス中に視線を配るが、確かに至るところでスマホを手に取るクラスメイトを見かけた。そしてそれは、僕にも当てはまる事実だ。


 渚の言う『メッセージを送っている人』の中には、こいつに返信をしたという過程がある僕にも当てはまる。単なるこじつけだろうが、訴えるという点において、自身も使っていたという事実が押し寄せる。巧妙なやり方しやがって……。本当、これだから“神の子”という奴は……。

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