第7話「幼馴染は、僕との関係性を自慢したいらしい②」

 それからはお互いに何かを話すこともなく、手を繋いで登校することになった。

 まぁ、ここら辺の住宅街ならまだいい。だが学校近くの道路まで来ると、同じ学校の人達が集まってくる。

 そのため、そこまでという条件付きだ。


 ……正直、こうして一緒に登校するということになってから何週間か経つが、こんなにも物事がスピーディーに進むと予想していなかったため、結構この状況についていけていなかったりする。


 そんな中で一緒に登校とか……不安要素の塊でしかない。


 一方、僕の心中の葛藤とは無縁の様子を見せる美少女――渚は、僕と繋ぐ自身の手をチラチラと見ながら幸せそうな顔を浮かべていた。


「……なぁ。お前は、僕とこういうことしてて楽しいわけ?」


「逆に訊くけど、晴斗は私とこういうことしてても嬉しくないの?」


「…………。……別に、そういうわけじゃ」


 僕は思わず目を逸らしながら返答した。

 責められてか、もしくはこの状況について問いただされた影響かわからないが、顔に熱が溜まっていく感覚がする。


「でしょ? 晴斗にとって不快じゃないものが、私にとって不快なわけないじゃん!」


「……お前って、よくそんな自信満々に言えるよな。尊敬するわ」


「は、晴斗が……って単語を――っ!?」


「やっぱり軽蔑けいべつって単語に撤回してもいいか、いいよな」


「じょ、冗談だってば! でも、突然そんなこと訊いてくるなんてどうかしたの?」


「……何て言うか、さ。今まで、幼馴染として接してきたけど、渚とは今後学校内でもこの関係として過ごす日が来るかもしれないだろ? ……だから、少し不安っていうか」


 渚は言わずもがな、クラスカースト制度の最上位者。自他ともに認める才色兼備の美少女で、1年生の間では“姫”として君臨している。

 そしてその一方で、彼女の幼馴染である僕には何の長所も無く、どこのグループにも属していない紛い者。

 あいつみたいに、積極的に何かを起こす……なんてことは僕には向いていない。


 正に真反対な立場な2人。

 互いに持っていない者を持つ者同士。――何てことを言えば少しはカッコよく聞こえるだろうか? しかし……現実とは、実に残酷なものである。


 容姿、能力。たったこれだけの違いで、何度も同じ目に遭ってきた。

 普段渚を取り巻く陽キャ達のように、僕には何かしら話題を振ることなんて出来やしない。いや、昔なら出来ていたかもしれない。でも『今』となっては奇蹟に近い。


 自虐と言われればそれまでだが。

 けれど僕には……不安なことに変わりなんてないのだ。


 渚と、一緒にいることも幼馴染であることさえも否定される――現実の交友関係なんて、本当に呆気なく崩れることを、身をもって知っているからこそ。


「……もぉ。また変なところで卑屈になって」


「変なこと言うな。……わかってるよ、自分でもしつこいことぐらい。これでも真剣に悩んでんだから……お前と対等でいるために」


「……っ、そんなこと、考えてくれてたの?」


「な、何だよ……」


「……ううん。ただね、晴斗がこんなにも私とのこと真剣になって考えてくれてることが、スゴく嬉しいの! ……いっそこの関係、明かしちゃう?」


「…………………………………………」


 おい、今何かこいつ、とんでもないこと口走らなかったか? 聞き間違い……とかで済まされないような感じのやつ。




 ――いっそこの関係、明かしちゃう?




 僕の頭の中で『あの』言葉が幻聴ではなく現実なのだということを認識させようと、何度も何度も再生される。


 ……ねぇ、それって冗談ですよね。嘘でも冗談って言ってくれる?


 すると僕の心境を察してか、渚はふふっと苦笑いを浮かべた。


「ごめん。さすがに突拍子すぎたね。……何て言うのかな。あのときのことを何とかしたいって晴斗が思ってるように感じて、それが……とてつもなく嬉しかったの」


「……何とかしたいよ。でも――どうしても……」


「いいよ、言わなくて。晴斗って結構溜め込むところあるから、こうして話してくれただけでも嬉しいし、また1歩進めた気がするの。――けど、これだけは確かだよ? 私はいつだって明かしてもいいって思ってる。もう、あの頃の私じゃないから。藤崎君も、佐倉さんもいる。周りに、頼りに出来る人が出来たから」


「……ったく、お前って奴は」


 この幼馴染様は、一体どれだけ僕の予想を超えれば気が済むのだろうか。

 どうすればこんな自信満々な台詞が出てくるのか、少々疑問だ。

 ……けれど今は、こんなにも明るい渚の性格が、スゴく頼もしく思える。


「どうせ、僕との関係を自慢したいだけなんだろ?」


「な、何でそういうこと言うかなぁ……!! 私は、ちゃんと晴斗のことも考えて――」


「へぇ~。……ねぇ~」


「~~~~~~っ!! ゆ、誘導尋問!!」


「尋問してねぇし。ただお前が墓穴掘っただけだろ?」


「もぉぉ~~!!」


 僕は渚が離した手をポケットに突っ込んで、そのまま住宅街を抜ける。


 もうそろそろ学校前の道路に出る。これ以上一緒に登校してるところを見られたら、また嫌な視線が僕に突き刺さる羽目になる。

 ……というのは建前で、実際のところ僕が逃げてるだけってのもある。


 学校で避け続けていたのも『渚を守るため』と名目して、ただ僕が……恐れているだけなのだ。今のクラスを……完璧に信じられていないから。

 ああいう自信満々で勇猛果敢な渚には、僕の立場を完璧に把握しきれないだろう。……本当にそうなるのは、御免だがな。


 あいつには、いつも笑っていてほしい。

 ――小学生の頃みたいに、足りない言葉を与えて、泣いてほしくない。


 渚はもうただの幼馴染じゃない、恋人なんだ。

 彼女の『光』の中で、僕は『影』として渚を守る必要がある。それが、今の僕に出来ることだから。


 大通りへと出ようとした途端――後ろから思いっきり引っ張られる。そして、がら空きだった腕に何かしら柔らかい感触が当たったのを感じた。


 ……えっ? 何事?


 嫌な予感がしその正体の方へ視線を向けると、渚がまるで枝に捕まるコアラのように、僕の腕にがっつりと張り付いていた。……じゃなく、僕の腕を抱き締めていた。


「あの……渚さん……?」


 このまま大通りに出たら、大衆の凍てつく波動(視線)を喰らってしまう……!


 そう思ったものの、渚は中々僕の腕の中から出ていこうとしない。

 寧ろドンドン締め付けてくるのだ。ちょ、渚! 当たってる! お前の当たってる!


 健全な男子高校生諸君から見れば、ラッキーな出来事だろうと思うかもしれないが、残念なことに僕の脳は、彼女をどうこうするよりも、この状況の改善から始めたいのだ。


「ちょっと渚! わかったから、少し離れろって!」


「嫌だ!」


 いや『嫌だ』はこっちの台詞だ! 僕だって今お前との関係を知られるわけにいかないんだから嫌だよ! 何っ!? 今何でこんな状況に陥ってるわけ!?


「このまま学校行くー! そうすれば晴斗は私の彼氏なんだって、私のモノなんだって証明させられる! 晴斗に寄り付く悪い虫は、私が全部追い払うんだから!」


「えぇぇ~……」


 完全に意思疎通が出来ていないと判断した。


 ……けど、僕だって同じだよ。

 あの頃の罵声とさげすみが無かったら……僕達は今、同じ悩みを持ちながらも前進と後退を続けることをせずに、お前と対等の関係でいられたのかな。


 人の視線を気にすることなく、お前と一緒にいられたのかな――。


 僕は心中、そんな思いを抱きながら渚ともう少し先まで一緒に登校することになったのであった。

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