第6話「幼馴染は、僕との関係性を自慢したいらしい①」

 ゴールデンウイーク明けの登校というのは、誰しも憂鬱な気分になるものだ。


 夜更かしをし、友達と1日遊んでを繰り返すゴールデンウイークは、陽キャや友達多い組みには優越感に浸れる日々であった分、その代償も多いものだろう。


 しかし、普通なら憂鬱になるこの日――僕には少しだけ嬉しいことがある。


 普段であれば煩いクラス内も、授業からの疲れや部活でのストレスなんかを休日中に発散したことで起こる追加効果――休みを堪能してしまった上の反動が起こるのだが。

 日頃からあまり生活習慣が変わらない僕にしてみれば、勉強のけ口も変わらない。


 つまり、ぼっちで最下層カーストである僕には、ゴールデンウイーク明けの憂鬱というものは存在しないのである。

 そしてこの日に限ってだけで言えば、周囲のざわつきもあまり起こらず教室から退散しなくともゆっくりと読書を堪能出来る。


 ――これ以上、最高の日はないと断言出来る。


「晴斗! 行こっ!」


「………………」


 ……そう、


 陽キャであり容姿端麗の絶世の美少女――一之瀬渚も前述の内容に適した人間。……なのだが、彼女には僕と同様に、今日という日に憂鬱な気分は存在していなかった。

 その理由など明白――僕という恋人の存在が出来たからだろう。


 渚が今まで夢見ていた理想図がこの瞬間、二次元ではなく現実世界に降臨しているのだ。

 今目の前でキラキラとした眼差しを向けてきている渚にとっては、たったそれだけの事実が憂鬱という気分を吹き飛ばしたのだ。


 ――神様てめぇ!!


「……何でそんな楽しそうなんだよ」


「ん? 何か楽しくて?」


 疑問を疑問にして返すな。

 僕は鞄を肩に掛け直すとひと息吐いて問い直した。


「……んで、何をする気なんだ?」


「そうだね。まぁ色々と手はあるんだけど、要は幼馴染同士のときにはやらないような行為をやれば、恋人同士って感じするでしょ?」


「まぁ、そりゃあそうだろうけど」


 渚は肩に掛けた鞄を掛け直すと、それとは逆の手を僕に向かって差し出してきた。

 自然に差し出されたそれを目にした途端、僕の脳裏に『戸惑い』という3文字が頭を過っていった。……謎が増えた。


「……ごめん。この手なに」


「……見てわからない?」


「わからないからこうして訊いてるんですけど……」


「だーかーらー! 幼馴染だったら出来なかったことでも、恋人同士になったら自然に出来る行為をするの! 手、繋ごっ!」


「…………っ!?」


 ……なるほどな。小さい頃だったら自然にやってたかもしれないが、確かにこんな羞恥心に追い込むだけの悪手、


 ……だが今は違う。


 お互いに『彼氏』と『カノジョ』の関係で、ほんの些細なことでドキドキして…………そんなことが増えてきた関係へとレベルアップしたのだ。


 それに撒いた種が僕にある以上、渚は悪くないし、彼女も顔を赤らめているところから羞恥心を覚えているのは明らかだろう。

 しかし、その作戦はあまりにもリスキーすぎでは……?


 渚と僕が『幼馴染』だったということが露呈してからの数日の荒れ具合は酷かったが、もし〝この関係〟までもが知れ渡ってしまったら……。

 ――振り切れない僕の過去が……一瞬、僕の脳裏を過っていった。


「…………無理です」


 そう言う他なかった。

 すると僕の反応に納得がいかないのか、渚は僕に向けて差し出した手を腕ごとぶんぶんと上下に激しく動かした。


「そんなの無しだよ! というより、私が許しません! そもそも、晴斗が私との関係性を再確認したいって言い出したんだよ? だからまずは基礎から。勉強でもまず基礎を固める必要があるでしょ?」


「これが基礎とか……。お前の中の常識は、どれだけ陰キャの想像を超えるんだろうな」


「……それに、晴斗とこうやって恋人っぽいことしながら登校とかしてみたかったし」


「……………………」


 しゅん、とした小顔を見せびらかし、渚は下を俯いた。


 ……神よ。あなたは一体こいつにどれだけ“神の子”としての『知性』と『才能』を与えるつもりなんでしょうかね。


 幼馴染として接して15年――意識こそしてこなかったが、こうして僕の『カノジョ』として隣に立っている渚は、過去一、いやその数十倍以上可愛い反応をしている。しかもこれほぼ無自覚というお墨付き。……天下一品な素質だな、本当に。


 こんなにも容姿の整った幼馴染を持つと、それなりの苦労はするということを、今後は覚悟しないといけないのか、と。僕はこのとき――再認識させられた気分になった。

 今まで渚に玉砕覚悟で告白しにいった男達は、一世一代の告白をして心を折らされ、さぞ悔しかったことだろう。


 ……今なら、あいつらの気持ちがわかる気がする。

 僕はこの、照れ屋で独占欲の強い、可愛らしい幼馴染――もといカノジョに、自分の片手をすっと差し出した。


「…………えっと」


「……手、繋ぎたいんだろ?」


「……いいの?」


「元凶は僕にあるし、それにお前って一度言い出したら聞かないしな。……幼馴染じゃ出来なかったことだし。少し、興味あったし……。嫌なら握らないぞ」


「だ、ダメ! 握る! 手、繋ぐーっ!」


 意地なのか、それとも強がりなのか定かではないが、渚は力強く僕の手を取った。

 それと同時に、柔らかくキメ細かな暖かい感触が僕の掌に伝わってくる。……反則だろ、これ。一瞬にして羞恥心全開となった僕であった。


「……ありがとう!」


「……おう」


 幼馴染には無かったこの濃密な関係に、少し緊張がほとばしった。

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