第5話「僕は、幼馴染との関係性に慣れないらしい」

「――と、いうわけで議論を提示する」


「何の会議を始めるつもり? それより、早く食べないと遅刻しちゃうよ?」


 ゴールデンウイークも終幕が降り、本日から通常授業が再開し、近々中間テストが始まる5月初旬のとある朝。

 朝には滅法弱い僕は今、何故か隣の家に住んでいる幼馴染――一之瀬渚と一緒に朝食の準備をし、そして一緒に食べていた。……WHY?


 ちなみにいつもならいるはずの僕の妹――優衣はと言うと……、

『ごめん、日直だから先に食べちゃった!』と、振り向きざまに伝言を残し慌てて家を出ていった。そのため今日の朝ご飯は各自の自由メニュー。一応二人とも作れるし。


 そして朝の日差しに嫌気が指していた中……、

『一緒に朝食食べよ~!』と、無理矢理押し切られて現在に至る。


「ってか毎度思うんだが、朝食ぐらい自分で作れよ。ここはお前の家じゃねぇ」


「第2の家みたいな感じでしょ」


「許可出した覚えはない」


 小さい頃からお互いの家に遊びに行くことが多く、気づけば15年の付き合い。

 確かに今更注意勧告を発令したところで、手遅れなのは間違いない。……しかしそれは、僕が幼馴染であるから。急に彼氏っぽいことをしたら……絶対倒れるだろうし。


「それで、何の話だっけ?」


「……あぁ。お前と一緒にいると、どうしても『幼馴染』って感覚が抜けないんだよ。この間のことがあってから、お前意識すると硬直するし」


「そ、それ今言わないでよ! 緊張しただけだもん! それ公開処刑だよ!?」


 誰も聞いてないから処刑にはならないぞ。

 すると渚はコホン、と咳払いをした後に人差し指を顔に押し当て考え始めた。


「うーーん……。でも言われてみたら、これって幼馴染の頃とあまり変わってない?」


「だろ?」


「そうだね。こうやって一緒に朝ご飯食べるのも、晴斗の家に上がり込むことだっていつものことだし、大した変化と言えば無いに等しいかも」


「家に上がり込む許可は僕は出してないがな」


「……確かに、これ……幼馴染の、延長線な気が――」


 何やら渚は今更重大なことに気づいたような反応を示した。


 そう、たとえ今は渚が慣れるまで待つと思っていても、ずっとこのままというわけにもいかない。

 付き合って間もないのだから、急に態度が急変する……何てテンプレなことにはなって欲しくなくて『幼馴染』を続けているが、この状況には改善が必要なのもまた事実。


 そしてその考えを持つのは、どうやら渚も同感のようだ。


「……でも、少し意外だったかなぁ~」


「何がだよ」


「単純にさ、晴斗も私との関係に悩みを持ってくれたりするんだ~と思って」


「お前の中で僕はどんだけ薄情な人間の構図になっているんだ……?」


「だって、晴斗ってそんなキャラじゃないでしょ?」


 人をおちょくるのも大概にしろやこの野郎。

 渚の完全に人のことを嘗め切ったような顔をした様子に、僕は若干嫌気が指しながらも過去の僕を失跡した。……お前が好きになったのはこんな女だぞ、と。


「……あのな。人ってのは、それぞれ違った考えを持つ生き物なんだよ。つまり僕は『人間』なんだよ。アーユー、オーケー?」


「何で英語……。私、そんなつもりで言ったつもり無いんだけど?」


「お前がそういうつもりでも、僕からしたらそう捉えられるんだよ。僕は人一倍豆腐メンタルなんだからな。アクセントの違いやちょっとしたみ違いなんかで崩壊する者だって存在するんだ。友情とかな」


「……どうでもいいけど、急に授業モードにならないでくれるかな?」


「お前がそうさせたんだけどな」


 乗った僕にも非があるかもだが、半数以上はこいつのせいである。

 ……何て、渚がますます調子に乗りそうだからこんなことは口には出さないがな。


「――でだ。どうすれば慣れると思う? あっ、もちろん常識の範囲で頼む」


「人のことを何だと思ってるのよ!」


 そっくりそのまま返してやろうか。

 だいぶ話は脱線してしまったが、要するに――僕と渚との現状が『幼馴染』ではなく『恋人同士』であることを自覚出来ればいいのだ。


 ……とまぁ、口では簡単に言えるものの、あの水族館デートの後からの僕達に流れていたあの気まづい空気感に耐え切れず、幼馴染としての空気になってしまっているのが現状。

 僕達に必要なものは、幼馴染の頃とはまるで違う恋人同士であることを理解することにあるのだ。


 先程渚が言ったように、僕達の今の関係は“幼馴染の延長線”。

 変わったことなど何もない、今までとの進展が全くない関係なのだ。


 すぐに慣れるわけはない。

 急に変わろうとしても、身体と感情が思考と一致するかと問われたら、そんなわけがないと言えるだろう。


 だが、意識ぐらいはしたい。幼馴染としても恋人でもいられるような、をしたいのだ。常識の範囲内で。何度も言う。常識の範囲内で。


「お前が催促するものって、ろくなことしかないだろ?」


「事例が無いわよ事例が」


「過去15年間をさかのぼってみてもか?」


「そんなに不安な顔しないでよ! 別に晴斗が嫌がるようなことはしないって。つまり、晴斗と私の関係性を改めて認識すればいいってことでしょ?」


「……まぁ、そうなるけど」


「なら、私に1ついい案があるよ! 登校時間になったら試してみるから、楽しみにしててね!」


「……………………」


 渚はやけに自信満々と言いたげな顔で胸を張った。

 たった数分間のやり取りで、しかもその半分が茶番のやり取りだったこの話にすぐにも思いつく提案……何だか嫌な予感しかしないんだが。


 碌な提案じゃないのは確定事項だし……これ、信じても大丈夫なやつなんだろうか?

 後、もう登校時刻まで残り少ないんですけど。


 すぐ近くまで渚の作戦が迫ってきているこの現状には、どこにも逃げ場など無い。何しろ僕はこういう面に陥ったとき、彼女に勝った試しがないから――。

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