第64話「僕は、友達にデート前の下準備をされる②」

 まず始めに、文句が少なかった前髪から弄り始めた。


 髪はこいつに弄られる前から、自分なりに手入れしてきていた。僕だってれっきとした男子なのだ。名目上では『お出掛け』となってはいるものの、渚のような天下無双の美少女と一緒に太陽の下を歩くことになるのだ。となれば、必然的に髪は意識してしまう。服も一緒にとは、思ってもみなかったが……。


 そんなちょっとした意識が透にとっての一次選考を通過したらしく、次は二次選考へと移行する。つまり、服選びである。

 名目でもある通り、僕には選ぶ権利がない。全ては透の手の中にある。


 透に「大丈夫大丈夫! 女泣かせの服選んでやっから安心しろ!」と、やけに自信満々に宣言され僕は半ば強制的に試着室へ入れられていた。


 暫くしてから、透は店の中から何着か男物の服を選び、カーテンレールの奥にいる僕に手渡ししてきた。……ってか、何で僕のサイズ知ってんだ? 言ったことなかった気がするんですけど。……えっ、何こいつ怖――っ!!


「ほら! まずは何着か着てみ!」


「えぇぇぇぇーーー…………」


「露骨に嫌そうな顔すんなよ! 一之瀬と『両想い』になりたいんじゃねぇのか?」


「ゔっ……」


 その言葉は……今浴びるとかなり痛い。


「さっ、わかったら大人しく着替えようか!」


 ……絶対ワザとだ。透から放たれる言葉は、確実に僕の急所を打ち抜いている。つまり、正論を言われているわけだ。

 何やら弱みを握られているようにさえ感じるが、こいつの言葉は間違ってなどいない。


 僕は嫌々ながらも透の指示通りに服を何着も試着する羽目になった。まるで着せ替え人形のように思えたが、あいつと出掛けるためなら仕方ないか……と、腹を括る結果となった。


 透が選んでくるのは、どれもお洒落な服ばかり。

 服に着せられているような……と、何度もそう思いつつも、藤崎プロデューサーの『オッケー』が出るまで続けることに変わりはない。


 着ては出て、着ては出ての繰り返し。

 途中から、出る度に戸惑う僕の様子を見てニヤニヤしている透が妙にムカついた。よし、とりあえず後でこいつを殴ろう……!



 ――それから約15分。


 約10着目の服を着替え終えた僕は、試着室に取り付けられた鏡で自分の姿を確認する。


 ……何だかこれ、一般人がというかアイドルとかモデルとかが着てそうな格好なんだけど。最初に着てきた服と同様、シンプルな服だが……ちょっと、似合わないだろこれは。


「おーーい。まだかーー?」


「はいはい……」


 透に催促され、僕はカーテンレールを開け、渋々、彼の目の前に立った。


 すると、今までのような反応とは打って変わり、目を凝視させた透は、すっと小棚から腕輪を取り「一緒に着けろ」と言ってきた。

 すっと通した手首のブレスレットを触りながら「何だよこれ」と、当事者である透に意見を物申した。


 ――だが、僕の言葉はまるで届いていなかった。

 否、訂正しよう。僕の言葉が届くような状態ではなかったのだ。


「……どうした?」


 急に反応が変わった透を不思議に思い、僕は少々警戒しながら声を掛けた。

 そんな僕の言葉にようやく反応を示した透は、下から上へと、僕の服装チェックを行った。


「…………お前。本当に、オレの友達の凪宮晴斗……なんだよな?」


 何を言ってるんだこいつは、と言わんばかりに好き勝手してくれた透に冷たい視線を送る。もう3年の付き合いになるというのに、何を疑ってるんだこいつは。

 僕は正真正銘、陽キャとは程遠い陰キャでインドア派の凪宮晴斗だ。


「――いやいやいや!! な、何なんだよその変わり様は……。お前、絶対こっちの方がいいって!! そうすりゃほとんどの女子が一殺いちころだぞ!?」


「何言ってんだ……」


「……下手すれば一之瀬とも比較出来るレベルだぞおい。一体どんな細工さいくしやがった!?」


 細工を施したのはお前の方だろうが……。人を散々自分のおもちゃみたいに弄びやがってこの野郎。


 それにしてもだ。この透の驚きよう、先程まで僕の服装に『う~~~~ん……』という曖昧な返答しかしてこなかった奴の反応とは思えない。そんなに変か、これ?


「……お前、自分で鏡見たか?」


 項垂うなだれながらも透は僕にそう訊ねてきた。


「見たけど、あんま似合ってないと思ったよ。それにだ。何でこんな服選んだんだよ。こんな醜態をさらし兼ねない服装を、しかもお前の前で。……こういうの、あんましたくないってのに」


「……っ、や、やめろーー!! その格好で恥ずかしがるな! 周りに女子どころか変態なオヤジまで寄ってくることになるぞ、今のお前なら!!」


「……? 何の話だよ」


「はぁああ……。オレとしたことが、とんでもねぇ服を選んじまったみてぇだな……」


 結局、何に対しての注意喚起だったのかまったくわからなかったが、藤崎プロデューサーの多大なる評価により、無事(?)にこの服を買うこととなった。


 袖無しの黒のダウンベストに中には肘辺りまでの白のワイシャツ。それから下はネイビー色のジーパン。ほとんど暗めな色合いだし、何よりこの服……本当に僕に似合うと本気で思ってるのか、こいつ?


 服屋を後にし、元々着てきた服は透が袋の中に入れ持っている。――いや、没収されているの間違いだろうか。途中で着替えさせないために。


 この服を選んだことを後悔していたように見せたこいつだが、実はこいつの場合――心の奥底では盛大な喜び方をしていたりする。顔に出てるからな。『してやったりー!』みたいなムカつく顔をな。


「さて。それじゃあナイトは、大人しく姫君が待つ駅前へ出向くとしますか!」


「誰がナイトだよ誰が」


 こいつのこの減らず口は一生治るとは思えない。


 無駄に人の自制心を煽って、自分の持っていきたい方向へと持っていく。――こいつの類稀にみる『才能』であり、僕にとっては『ウザい』と感じる力だ。

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