第65話「僕は、幼馴染への嫉妬深さを知るらしい」

 駅前まで戻ってくるが、同時におまけが隣にまだ居座っている。


 直感というのは、どういうときに発令されるものなのだろうか。

 自分にとって害悪なモノが近づいてきたとき? いや違う。――自分にとって最悪な方向へ進みそうになっているときだ。(※あくまで個人の感想です)


 僕はまだ隣を歩き続ける奴に向かって、恐る恐るたずねた。


「……まさかとは思うがお前、僕達のお出掛けに着いてくる気じゃないだろうな?」



「そのつもりだが」


「何開き直ってんだおい! 今すぐにUターンして帰れ!」


「まぁまぁ、いいじゃないか親友よ。他者との恋愛経験が皆無なお前達を、陰からサポートしてやろうとしてるんだろうが。寧ろこのオレの気遣いと配慮に有難みと敬意を感じるべきだと思うのよねうん!」


「邪魔としか思ったことはないぞ、僕は」


「何て冷たい奴! 友達への評価低くないかお前!?」


 全ては悪評の結果しか生み出さないこいつの自業自得。それこそ、否定しようがない事実なのである。


 そんなひと悶着を繰り広げていると、駅前の方が少し騒がしくなっていることに気がついた。


「んん? 何だ何だ? 有名人でもいるのか?」


「ギャラリー避けたい……」


「あそこが集合場所なんだろうが――って、ありゃ? おい、あそこの人達に囲まれてるのって、一之瀬……じゃないか?」


「……えっ?」


 透が指さすその先には、大勢の人達がスマホを構え写真を撮り、話しかけている人もいた。そんなギャラリーが出来た原因はというと……。

 そこには、大勢の人達にナンパ言い寄られている、普段着姿の一之瀬がいた。


 制服姿よりも見慣れた姿ではあったが、その格好は普段よりも気合いを入れているように思えてならない。その努力が普段よりも魅力を引き立たせ、こうして多くの人を寄せ集めてしまったのだろう。


「ありゃりゃ。すっげぇグッドタイミングで戻ってきちゃったみてぇだな」


「何がグッドタイミングだよ。あいつからしてみたらバッドタイミング以外の何ものでもねぇだろ……」


 少なからず、あいつは見知らぬ人に言い寄られて喜ぶほどの陽キャではない。寧ろその逆で、顔見知りでもない相手に強い警戒心を抱く種類の人間だ。現にあいつには透の幼馴染である佐倉さんしか『友達』がいない。


 その理由は1つ――他は、自分の身てくれだけしか見ていないから。


 あいつにはあいつなりの良いところも悪いところもある。それを受け入れてくれる人間。それが、佐倉さんだけなのだ。今のところは。


 ってか、男性ならまだしも女性にまで言い寄られてんだけど。女性からナンパに合うとか、逆ナンよりタチ悪いぞあれ。


「……いいのか? あのままで」


「それ、わかって言ってるのか、お前」


「だよな。そうすると思ってた」


 僕は透に背中を思いっきり叩かれ、そのまま彼女の元へと一直線に向かった。まるで『頑張ってこい!』と、背中を押されたような気分だ。


 ……普段は、人をからかうしか脳がないくせに。こういうときには、ちゃんと前向きにさせてくれる。

 僕があいつと関わるのは、そういった点があるからというのが大きい。



 透との出会いは、とても不思議な感じだった。図書委員として半強制的に一緒に行動することが多くなり、あいつは僕に興味を持つようになった。


 最初は『変な奴』という認識しかなかった。今も多少それはあるが。……でもあいつは、他の奴とは徹底的に違うところがあった。


 ――人を身てくれだけで判断しないこと。まるで、渚にとっての佐倉さんと同じなのだ。


 まったく……お互い、そういうところは似なくていいというのに。



「あ、あのぉ…………」


 渚は周りからの圧に押され、その足は少しずつ後退していった。


 彼女に近づくにつれ、その声は正確に聞き取れるようになった。その中には「めっちゃ可愛いんだけど!!」「何々? どっかのモデルさんとか?」「彼氏とかっているの~?」と、女性からの声も増えていった。


 質問攻めから逃れようとしている渚だが、完全にそれは逆効果だ。


 的確な質問に意図があるのと同じように、渚に下された質問には同等の意図がある。だからこそ、逃げようとすれば“隠している”と頷く輩が増えるだけ。人間というのは、隠されたものを暴きたくなる性格をしているものだ。


 すると、民衆から逃れようとする彼女の腕を誰かが掴んだ。


「――すみません」


 そう言って、一同の注目を自身へと集める。


「彼女、僕の連れなので。あまり、ちょっかいかけないでやってください。困ってるのは明らかですし、少しは相手の気持ちも汲んでやってください」


 僕はジロり、とギャラリーを睨む。

 普段は垂れ下がりな瞳ではあるが、普段から“根暗”を貫いてきただけあって暗いオーラを出すのは得意なのだ。


 僕の言い放った言葉は紛れもない事実だ。――だが、それとはまた別の暗い感情が僕の心に1点の黒点を植え付けた。


 あんなにたくさんの人に言い寄られているのを見たとき、自分の動悸が激しく揺れているのが良くわかった。渚が中学時代、人気の的であったことを再認識させられた気分だ。


 ……これは、いわゆる『嫉妬』というやつなのだろうか?


 こんなにも醜くて、深すぎる感情を持てるなんて、自分の心を自覚していなければ一生気づかなかっただろうな。

 僕があんなにも……嫉妬深い人間だったなんて、思わなかった。

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