第62話「幼馴染は、僕とデートの約束をするらしい」

『きっと怖かったんだろうな。彼氏が受け入れてくれるのか。幼馴染以上に、自分のことを見てくれるのかが。――まるで、一之瀬みたいにな』


「…………………………」


 受け止められる意思が、あのときの僕には無くて……だから、僕は断った。


 だけどそれ以上に――あいつは、僕以上の負荷を追う覚悟を持って、僕に告白したのだと。


 ……酷い幼馴染だったよな。ごめん……今更謝ったって、何の足しにもならないけど。

 臆病で、ひ弱で。……あのとき、渚の言葉を押し切って「待ってほしい」と言えていたらと、後悔の渦が巻いている。


『どうだ? このヒロインと一之瀬、似てるだろ?』


「どういう主観だよ、それ……」


『簡単なことだ。今のお前の立場、それは、告白しようかしまいか悩みに悩んでいるヒロインにそっくりだ。そして同時に、勇気を出した一之瀬と瓜二つ。お前は、途中から脱線したヒロイン。いわゆる――サブヒロイン、ってとこだな』


「……………………」


 こいつが言いたいことはよくわかっている。

 あのときの渚と同等の気持ちはあっても、後1歩が踏み出せない。またあの頃に戻るかもしれないと……そうやって、からに籠もるサブポジだ。


『……晴。もう一回だけ訊く。――お前は、どうしたいんだ?』


「どうって……それは――」


『――断ったことが返事、なぁーんて。そんな、つい数分前までだったら言いそうだった言葉を今言う気じゃないだろうな?』


「……それは」


『それがお前の本心じゃねぇってことは、オレが十二分じゅうにぶんにわかってんだよ!』


 言い返す言葉も、反論出来るような言葉もなくて……、まさに図星を突かれた者のように、口から出まかせどころかありふれた言葉すら浮かばない。


 僕は思わず言葉を呑み込んだ。

 言い訳はしなくていい。そうやって、電話越しに背中を押されているような気分だった。


 ……本当にこいつは、渚の次に厄介な奴だ。初めて委員会で一緒になってから、全然印象が定まらなくて、困惑していた僕に――こいつは、自分から声をかけてくれた。


 嬉しいような、そうでもないような不思議な縁だ。

 けれど今は――そんな縁に、感謝したい気持ちでいっぱいだ。


「……わかってたんだ。わかってたんだ、本心じゃ……。あいつのことが好きなんだって、幼馴染以上に見てたんだってことぐらい。……あいつが堪らなく好きなんだ。あいつしか……多分この先、好きにならないと思う。――でも……」


 1歩を踏み出す恐怖。


 釣り合わない人間がどんな仕打ちを受けるのか……痛いほど知っている。

 それを知っている僕達だから――中々先には進めなくて、いつも手前で停車している。


 すると通話の向こう側から、ため息を吐く声が聞こえた。


『でもじゃねぇ。……お前らに、何があったかは知らないし無理には訊かねぇ。けど、これだけはよく覚えとけ。この世に、特定の誰かと釣り合う人間なんて星の数もいねぇんだよ。誰かしら、必ず欠けてる部分がある。それを受け入れる覚悟があるか無いか。――それだけなんだよ!』


「……っ、…………珍しく、カッコいいこと言うのな」


『おいこら! 珍しいは余計だろ!』


「それと……ありがとな」


 僕はまるで独り言のようにそう呟いた。


 誰にも聞こえない小さな声。だがそんな一言も、僕と同じようにスマホを耳元に当てているであろう透には……どんなに小さな声であろうとはっきりと聞こえる。

 数秒間、ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てていた向こう側からは、無言だけが返ってくる。


 しかしその後、ふっと小さく息を吐く声が聞こえた。


『……お前こそ、珍しいこと言うじゃねぇか』


「お互い様だな」


 そう言うと、僕は耳元からスマホを離し通話終了のボタンを押す。通話時間は約に20分間。更に、通話を終えようとするタイミングで『頑張れよ!』と、応援する声が届いた。


 ――本当、こっちの行動が筒抜けになっているんじゃないかと心配になるようなタイミングだ。


 あいつ……実は未来人なんじゃないか? と、そんな在り得ない非科学的なことまで妄想してしまうほど、あいつの鋭さは凄まじい。まぁそれは、恋愛ごとに関することだけだろうけど。


 僕はスマホを操作し、再び電話帳を開く。

 そしてそのまま、見慣れた番号に電話を掛けた。何コールか鳴り、その主は出た。


『……も、もしもし?』


「何で疑問形なんだ」


 掛けた相手は隣の家の幼馴染――一之瀬渚である。


 昼間、僕が露骨な態度で逃げてしまったこともあり少し空気が重い。今日だけでこんなにも重い経験をしたのは、今日が初めてだ。

 そんな影響からだろうか、電話越しの渚の言葉に若干の動揺を感じられた。


『だ、だって! ……昼間のことがあるから、電話掛かってきたとき、どうやって話せばいいのかとか、わからなくなっちゃって……』


「それで疑問形だったのか」


『そ、それもあるけど……。い、居心地悪くなるかもと思って、電話……しないでおこうかなと思ってた矢先に掛かってきたから。……ちょっと、恥ずかしくて』


 自己嫌悪に陥るにも程があると思うのだが……。


 けど、「もう話なんかしたくない」的なことを言われなくてよかった。そうなったら、せっかくあいつに押された心も再起不能になってただろうし。僕はその安心感から、そっと胸を撫で下ろした。


『そ、それで……どうしたの? こんな時間に電話なんて、珍しいね』


 あいつと言いこいつと言い、今日1日だけでここまで“珍しい”を連呼されるとは思ってもみなかったな……。


「……渚。明日、予定空いてるか?」


『えっ? 予定? ……特に何も無いと思うけど。どうかしたの?』


「そっか。だったら――明日、?」


 決意だけの意思。何を言うべきなのか、何も纏めきれていない頭の中。いつもクリアにしているはずの脳内が破裂しそうなほどの思考の量。


 ――そこから導いたのは、あのときの渚のような言葉を持てない僕が言える、最大の言葉だった。即ち、これは『デート』のお誘い……だったりするわけで……。


『……いいよ。今日のやり直し、って感じ?』


「……まぁ、そうだな」


 本当はそんなこと思ってもいなかったが、確かに今日のお出掛けは気分転換にしては気持ちがすっきりしていない。渚がそれでいいと思うなら、それでも構わない。


 幼馴染から始まった関係の変化とは、非常に難しいものだ。

 と、僕は約束の取り付けをしながらそんなことを考えていた。

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