第61話「僕は、友達から惚気話を聞かされる」

『そうだなぁ。それじゃあ、迷える子羊ちゃんのために――』


「誰が子羊だ子豚野郎」


『オレ家畜なの!? ……まぁいいや。んで、そんな友のために、オレから少し話をしてあげようと思うんだが――』


「じゃ、おやすみ」


『待て待てまてーーい!!』


 勢いに任せて通話の『終了』ボタンを押そうとした手前、通話の向こう側から大声で僕に静止を促す奴の声が聞こえた。


『何故切ろうとした!? 絶対今切る流れだったよな!?』


「さすが。わかってらっしゃる」


『お前と何年一緒にいると? とにかく、少しだけオレの話に付き合えよ』


「……まさかとは思うが、話って、お前の惚気話を聞かせるわけじゃ――」


『そんじゃ早速話してやる!』


「おい!」


 完全にスルーされた。先程までの言い文句とは違い、絶対こいつの惚気話を聞いたところで需要はない。


 あの流れから『冗談』なんて言葉が飛び出すとも思えない。……ダメだ。こんな奴に頼った僕がバカだった。

 そう思い、通話終了ボタンを押しかけたそのとき――、




『――そいつには、昔からの“幼馴染”と呼べる奴が存在した』




 瞬間、その手は自然と急停止した。


 確かに聞こえた、僕の聞き慣れた単語――『幼馴染』という単語に、僕は無意識の内に終了ボタンを押すことを拒んでいた。


 そんな僕の行動が目に見えているのか否か、透は話を続けた。


『その幼馴染達は、お互いに“鍵っ子”ってやつでな。知り合ってから数年、お互いに同じ境遇を持っていたこともあり離れず離れられずの関係が続いた。でもそれは、まだお互いが小さかった頃のことで、異性としての特別な感情を抱かなかったから。ま、長年幼馴染をやっていれば、誰だってそういう関係に苛まれるもんさ』


「……わからなくは、ないな」


 似た境遇……離れず、離れられずの関係。おそらくそれは、僕達にも当てはまることだ。

 幼馴染とは、そういうもの。

 付き合いが長い分特別に感じることが多く、そして――一緒に居たくなる。


「それで?」


『出会ってから暫くした頃、幼馴染の女子の方が「中学受験をする」と啖呵きってきやがったのさ。高らかな宣言をしてな。ま、デビュー期ってやつだな』


 デビュー期……ねぇ。


 それは、今までの暗い自分だったりイメージが悪かった“過去の自分”を捨て、新しい人生をスタートさせるためにイメチェンすること。外見であったり、中身であったり。人によって変わりたい箇所は様々だ。


 例えば渚。あいつはデビューってわけじゃないが、自分を見てもらうためとかでイメチェンをしたと言っていたことがある。そんなことしなくとも既にみんなあいつに釘付けだった気がするが。


 というか、その幼馴染って絶対『佐倉さん』だろ。中学受験してたのか。それで見覚えがなかったのか。と、心の中で納得した。


『――んで、その幼馴染が言ったわけだ。「同じ高校に行けたら、話したいことがある」ってな』


「ほぉ。それで、お前はどう答えたんだ?」


『そりゃあ――って、アホか!! 参考例だっつーの!! 人の話を聞け!!』


 向こう側から透がじたばたと騒ぐ音が聞こえてくる。あくまでもこれは、自分が他人から聞いた『聞いた話』にしたいらしい。大人しく『体験談』って言えばいいのに。


 カレカノの関係が発覚しているというのに、これ以上何を恥ずかしがる必要があるのだろうか……。シンプルに謎。


『……話を戻すが、その彼氏は彼女の言う通り、別々の中学に入学し卒業、そして同じ高校に進学した。それで、そいつは告白した。「ずっと好きだった」って言ってな。それを聞いた彼氏はさぞ驚いたそうだ。まぁ当然だよな。告白にもカミングアウトすぎたわけだし』


 ……これが透が実際に体験した『体験談』だってわかってると、よりリアリティが増してスゴいな。


『――けど、最初は彼女の方も迷ってたんだよ。言うか否か』


 と、ここで透から少し意外な言葉を聞いた。


 告白した相手……つまり、佐倉さんがそのことを言うのを躊躇ためらっていたという。そんな風に思えなかった。僕が知る佐倉さんは、透と同じくらいの陽キャ。多少の覚悟は必要としただろうが、そこまで迷う必要など無いと思っていたから。


「……それは、どうしてなんだ?」


 佐倉さんは現に告白し、こうして透と付き合っているという現在を持っている。


 ……でも、『ずっと好きだった』と思いながらどうして言うのを躊躇ったのか。

 どうしてか、過去の佐倉さんの情景は、僕の目の前に広がっている世界と変わりやしないと思ってしまった。


『どうしてそう思う?』


「……相手に想う気持ちがわかっているなら、どうして言うのを躊躇ちゅうちょしたのかなと」


 まるで自分の首を絞めているようだ。

 自分の言葉で自分を苦しめている。――過去の佐倉さんの真意を、知りたい気持ちでいっぱいだ。


『そうだな。確かにお前の言う通り、思っていることははっきり言わなきゃ相手には伝わらない。でも――


「…………っ!!」


『まるで道下どうげだ。けどな、別にお前を責めてるわけじゃない。お前が一之瀬に余計な心配をかけまいとしているのと同じように……そいつも、彼氏との関係が崩れないようにしていたのさ』


「……それ、って」


『はっきりと物事を言うのは大事だ。それは否定出来ない。……だがよ。もしその告白が失敗したとしたら、果たして元の幼馴染に戻れると思うか?』


「……………………」


 何も言えなかった。


 知っている。元の関係に戻れるのか……そんな心配、僕も渚も経験済みだった。その原因に追い込んだのは僕だったが、僕達は元に戻れている。



 ――だがそれは、決して『必ず』という保証はどこにもない。



 告白は成功だけが道じゃない。

 受け入れられなかったときのはじや、いたみ、後悔、羞恥しゅうち、それらの心への負担が圧し掛かってくる場合だってゼロではない。その傷が原因で2度と恋愛が出来なくなった、何ていう事例も少なからず存在している。事実、それが大きなリスクとなるのは違いないのだ。


 ……わかった気がした。のお前の気持ちも、佐倉さんの決心も。

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