第42話「幼馴染は、ラノベを読んでみたいらしい」
とある日の昼休み。
「――それ、読ませて頂戴!」
そんな、僕の幼馴染の何気ない一言によってこの日は動いた。
「それって、何?」
「それって言ってるでしょ! その、晴斗が読んでるの!」
「ラノベな。ラ・ノ・ベ」
せっかくの陽気が差す文芸部の部室。こういう日にこそ静かに読書をするというのは何とも言えない居心地がある。
だというのに、この幼馴染は、僕の有意義な読書の時間を削減しようとしているのだ。
自分だってやられてみろ。どうしようもない殺意が湧くと思うぞ。
珍しく呼び出しが無いと思っていたら、案の定、友達(仮)を撒いて部室にやってきた、この“学園一の美少女”様。
友達が自然と湧くか湧かないかの違いで構成出来る僕達には、ある1点の共通点が存在する。――無論、読書以外にない。
「……何だよ急に。興味でも湧いたのか?」
軽くため息を吐き、僕はそう訊ねた。
「……そ、そりゃあ、毎日楽しそうに目の前で読まれてたら気になるでしょ。私も恋愛小説とかはよく読むけど、その……ラ、ラブ、ラブ?」
「ラブコメ?」
「そう、それ! ラブコメってジャンル、今まで読んだことないから余計に興味湧いちゃったっていうか。ねぇ、ラブコメってどういう作品なの?」
「……んなの、検索すれば何万件とヒットするぞ」
「あのね! 私は晴斗個人の意見を聞きたいの!」
強気に言い放つ彼女に更にため息が出る。……ダメだ、頭が痛い。
何故そんな面倒なことを僕が1から10まで説明しなくちゃいけないんだ。それぐらい自分で調べられるだろ、第三次情報社会だぞこら。
「お前はスマホっていう機械を知ってるか? それを使えばあらゆることを検索出来るんだよ。というわけで使えやこら」
「どうせ面倒なだけでしょ!」
「わかってるじゃないか。それに、スマホは便利なんだぞ。そんなことも知らないのか? 原始人かお前は」
「そもそも原始人は日本語喋らないでしょ!? 晴斗は私を何だと思ってるのよ!!」
「そうとも限らないぞ?」
僕はわがまま姫に付き合うため、小説から視線を逸らし顔を上げた。
「古来の原始人は、今の日本人のように理解し合える言葉は発していないものの、知能の幅で物を云えば、完全に原始人の方が勝っていると言える。何せ、火を起こす方法を編み出したのは、何を隠そう――原始人だからな」
「そ、そうなの……って、そうじゃなくて!! 何サラッと話題変えようとしてるの!!」
「チッ……、そのまま流されとけよ」
「言った!! 今、本音言った!!」
ちょっとした豆知識で簡単に流されてくれるのかと思いきや、そうは問屋が卸さないらしく、渚は正常にツッコミを入れた。
……何となくそうなる予感はしてたけど。
15年間の家族ぐるみの仲で養われた経験というのは、誰よりも万能らしい。
――幼馴染、嘗めるべからず。
「……とにかくだ。僕はぜっっっったい説明しない! 知りたいならグーグル先生に直接訊け! 24時間受け答えしてくれるぞ」
「そうじゃない! 私が知りたいのは、客観じゃなくて主観――それも、晴斗の! 時代は先へ進んでても、近人から得られる情報は優先するべきなの!」
確かにわからなくもないが、そんな理由でカテゴリーの全てを僕に向けようとしてたらいつか壊滅するぞ。間違いない。
「……はぁぁあ。わかった。説明すりゃあいいんだろ?」
「やった! 観念してくれるの?」
「誰かさんがしつこいからだっつーの。……そもそもラブコメっていうのは、恋愛モノと違って『男視点』で話が進むことが多い。んで、ラノベの恋愛はそれとは真逆に、『女視点』で描かれることが一般的だ。まぁ簡単に言えば、日常生活の中で描かれる男視点の恋愛ストーリー的なの。……それが基本知識だ」
「……つまり、どっちも恋愛モノってことね。……ち、ちなみに、だけど。か、官能、みたいな要素は……あるの?」
「お前はどの目線で話をしてんだ……。……話によって変わる。最近とかだと『NTR』系とかもあるみたいだし。僕は、あんまオススメしたくないけど。後は自分で調べろ」
僕はこれ以上話をしても仕方ないと判断し、大人しく自分だけの世界へ帰還しようとするが――それを容易に打ち砕くのが、この幼馴染なのである。
……そして、何故か手をぎゅっと握られた僕。
柔らかくサラサラとした手触りは、美肌をも凌駕しているのではないかと感じられる。
――と、壮大なことを語ってみたものの、所詮は幼馴染の慣れた手触り。
昔の頃とだいぶ変わったとは云えど、やはり知っている手つきであることに違いはない。
「……何だよ」
「……私も、読みたい! ラノベ、読んでみたい!」
「デビューぐらい自分でしろ。一々付き合う義理もないし」
「うぅ~~……っ! な、何で私の目的が何かわかるのよ!」
目だよ、目。そのキラッッキラした、物欲のある証拠が全てを物語ってるんだよ。
まぁ本人なりに決意表明をしたつもりだったのかもしれないが、そんなトップカーストの努力は読まれ、敗北した。
要するに――渚は僕からラノベを借りようとしていたが、その読みが見事なまでに読まれてしまい、驚いている。そんなところか。
たかがラノベ1冊買うぐらいで僕を巻き込むな。自分で買えや、自分で。
僕をラノベデビューのための土台にするんじゃない。
「一般小説買えるんだから、ラノベだって買えるだろ。何でそんな拒絶してんだよ。小説っていう概念は一緒だろ、官能漫画買うわけじゃあるまいし」
「そ、そうだけど…………緊張、するの」
……すいません、一体どこに緊張する要素があるというんでしょうか。
そうツッコミを入れる。
「だ、だって! 今までと違うものに手を出すって、結構緊張しない!?」
「しない」
「この鉄壁面が……! ……私は、躊躇うの。何やってんだろーとか、自己破産寸前で……」
「毎月ラノベ買ってる僕より自己破産してるって……お前、一体何に経費使ってんだよ」
「それは……く、クラスメイトとの、付き合いとかで……」
もう言う必要はどこにもないとは思うが、この一之瀬渚という人間は、ずば抜けて美人らしくクラスメイトの中でも1番。彼女に勝る女子はいないとも言われるほど。
それだけの有名人ともなれば、付き合いというのが自然と増えていく。
そう、“放課後デビュー”ってやつだ。
友達という名の『輪』が少ない僕にしてみれば、随分と無駄な時間を過ごすなと思うことが多いが。まぁ、渚の場合、そういう機会が増えてしまうのは仕方ないかと納得してしまった。
まぁだからと言って、僕がこいつにラノベを貸す義理はない。
1度、自分のお気に入りの作品を共有したくてその本を貸したことがあるだろうか。まぁ僕にそんな人は最初からいないんだが。
例えばだ。
もしその人が「やっぱ面白くなかった」と、お気に入りの本を突き返して来たりしたら? 僕だったら、2度と貸したくない。
価値観は人それぞれだろうが、もう少し言い方を考えろと。そう思うわけだ。
……でも、こいつはそういう人間じゃない。
他人より世間体を気にする彼女は、わざわざ人を敵に回すような言い方はしない。
よって――先程の例えも除去されることだろう。……けれど、それでも起こり得る可能性として残されている以上、僕から貸すことはまずない。
――それに、だ。
もし興味を持っているのなら、他人に借りるより早い方法がある。
僕は目線の先でごにょごにょと小言を呟いている、通称“学園一の美少女”に言った。
「……んなに気になるなら、今日僕に付き合え」
「……ふぇ? 何で?」
「偶然も偶然、今日新刊の発売日なんだよ。だから次いでだ、次・い・で」
これは嘘じゃない。単なる事実を言ったまで。
新刊の発売日なのは本当だし、こいつがそこまで興味を持っているのであれば僕に借りるよりも、自分で気になるものを手に取った方が早い。借りるより効果的だ。
「じゃあ、お願いします!」
「……りょーかい」
お手本のようなお辞儀で丁寧に頼んでくる渚を、やんわりと、そしていつものように弄り返すほど、僕はこいつに対して耐性が少ない。
それに、今どきの高校生でラノベに手を伸ばす人は身近にそう居るものじゃない。
同じ共感者が生まれるかもしれない。
そう思ってしまった以上、付き合ってやるのも悪くは……ないし。
それに――何気に久しぶりなんだ。放課後に、一緒に本屋に行くのは。それが少し嬉しかったっていうのも、あながち嘘じゃない。
■今回のことについて■
プラスした要素ですが、昨日投稿していたものとくっ付けました…。また迷惑かけちゃった…。
改稿してみたら思ったより量がなくて、次の話にいくのもなんだったので、くっ付けました。本当にいつも迷惑かけてすみません…。
お詫びと言っては何ですが、明日以降のどこかで2本投稿しますので許してください…。
これからもこんなグダグダ主を見守ってくださればと思います…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます