第一章(後期)

第一部

第33話「学園一の美少女は、友達が欲しい」

 私――一之瀬いちのせなぎさには、いわゆる幼馴染というのが存在する。


 私の幼馴染の特徴を上げるとすれば、普通の人。それだけ。特段スポーツが上手いわけでもなく、勉強が出来るわけでもない。――どこにでもいる、普通の高校生だ。


 ……と、そんなのは偽のプロフィールであり、本当は。


 スポーツ万能に成績優秀。更には眉目秀麗の才人。私なんか、比べものにならないぐらいの才能の塊みたいな人だ。


 けれど、そんな彼と私のも共通点がある。

 それは――私達には、友達と呼べる人間が少ないこと。いわゆる『ぼっち』だということである。


 まぁ私の場合、何故か彼のために仕込んだ容姿に釣られて人が寄ってくるけど、彼はあんなイケメンな面を隠し、通称“根暗ぼっち”として過ごしている。

 他人とは極力接せず、一定の距離感を保つ。これが彼のポリシーである。


 周りは彼のことを『暗い奴』だと避けるけれど、私は彼のことが好きだったりする。


 本当にどうかしていると思った。

 どうして“根暗ぼっち”と称する幼馴染を好きになったのか……と、何度も自己暗示して、疑心暗鬼に陥った。だけどそれでも止められない――彼のことが好きだという、その衝動が。




 私が幼馴染のことを好きになったのは、中学1年生の頃だった。


 それまで普通の幼馴染として関わってきたはずの彼と、ある事情から、更に距離が遠くなってしまったことがある。


 私から見れば、彼はシャーロック・ホームズだった。

 物静かに対応し、何を考えているのか読ませない立ち振る舞い――きっとこれを例えたときの私は、ミステリー系に嵌り出した頃とかなんだろうな。


 そんなミステリアスな彼と天下無双のトップカーストの私。立場が違う私達に存在するたった1つの共通点――それが、ぼっちだということ。


 ――はーい、じゃあペア作ってくださいねー!


 なんていう、体育でのペア運動だったり班ごとに集まる必要があるものには、パートナー探しという難点が存在する。私達はいつもそれに困っていた。

 だけど、そう思っているのは私だけで、彼にとっては嫌味にしかならないかもしれないけど。


 何しろ、私はこの頃“絶世の美少女”なんて大層な肩書きを付けられていた。


 今で云う――クラス最上位カースト。私はそこに位置していた。そんな私とぼっちな彼とでは典型的な差があった。


 私は待っていれば人が自然と寄ってきた。「一緒に組まない?」とか「今、1人?」とか。彼と組みたいと考えても、この年齢になると、差別化を始めてしまう。その成れの果てが、陽キャと陰キャ。この2つだと思う。


 ……そんなにおかしいことなのかな。

 でも、少なからず彼はそれを気にしている。だから声をかけてこない。休日のときと、学校にいるときの差が……私達の『距離』だった。


 彼はいつも1人。

 元から群がることを嫌う性格ではあったけど、1人って……そんなに居心地いいの?


 常々思う。――何故みんなは、彼を第一印象でしか捉えないのか、と。

 人には個性がある。それを尊重すべきじゃないのかと。


 世の中に自分と同じ人間はいない。

 必ずしも価値観は人それぞれだし、強制すべきことではないけど……やっぱり、あのときのことを無かったことには、出来ないのかな……。


 ――そうやって、ずっと思ってきたのに。


 突然のことだった。

 中学になってから、あんなに毛嫌いしていた『友達』を、彼は作った。


 そう、それが藤崎ふじさきとおる君。彼こそ、唯一幼馴染の友達として関係を築いている人物だ。


 彼は1人ではなくなった。

 だったら私は? そう考えるのが常識だろうか。そんなの、決まっている。、以上。


 勝手に寄ってくる人達はいる。……でも、正直疑ってしまう。

 私と彼の関係を知っても――彼のことを受け入れてくれるのか。

 かつて起こった事件を連想させてしまう。


 だから私には、心を許せる『友達』がいない。今のところ、だけど。

 まぁ友達という概念であれば、彼の友達である藤崎君にも当てはまるのかもしれないけど……彼のことを友達と認識するのは、何か少し違う気がする。

 知り合い……強いて言うなら、男友達と言った感じ。


 でも、そうじゃない。

 私が欲しいのは、心を許せる『同性の友達』だ。


 たとえ私の趣味である一般小説の話が出来なくても、私と彼の関係が『疎遠気味の幼馴染』ではないのだと認識しても、友達。


 そんな人を、友達に欲しいと思う。……それは、今でも変わらない。



 ✻



「――友達が欲しい」


「急にどうした。遂に自棄にでもなったか?」


「違うわよ。いいじゃない、私だってそういうのが欲しいときだってあるんだから」


「……ふーん」


 広々とした見慣れたリビング。

 幼少期の頃から一緒に過ごすことが多い幼馴染の家で、私はふとそんなことを呟いた。


 彼――凪宮なぎみや晴斗はるとは、ソファーの背もたれに身体を預けながらライトノベルを読んでいる。これが、いつもの日常。いつも通りの休日。


 晴斗は私の話を軽く受け流した……と思いきや、本を1ページ捲った後そこに栞を挟んでパタンと本を閉じた。


「つまりは何か? お前も等々、こびを売ってくる奴らにあきれを感じて、本当の友達を欲しくなったと」


「こ、媚って……」


「実際そうだろ。あいつらは、トップカーストのお前に惹かれてるだけ。友達ってわけでもない、曖昧な関係。違うか?」


「……合ってる、けど」


 晴斗がここまでズバスバ言うとは思わなかったな。

 確かに晴斗はああいう人間が1番嫌いだし、毛嫌いするのも無理はないのかもしれない。


「で、急に何で友達が欲しいと?」


「えっ……いや、そのぉ。……ぱ、パートナー探し」


「……はっ?」


 小言のようにボソボソと呟いたが、晴斗には聞こえてしまったらしく訝しげな反応で返される。


「何だ? そんなにあの薔薇ばら色青春モードから脱却したいのか? 今まで友達という名の友達を作ってこなかったお前が?」


「勝手に変な趣向作んないで! ……そういうのじゃなくて、その、今度の身体測定の、パートナーを探してて……」


「……あぁ。そういえば今度だったな」


 来週の火曜日、新年度恒例行事である『身体測定』が実施される。

 午前中が女子、午後からは男子といったスケジュールで動く。


 内容は、視力検査や身長測定、それから室内で出来る体力測定まで。

 身長や視力とかは1人でも回れるけど、体力測定はさすがに1人では出来ない。みんなそれぞれ友達と組むみたいだし、適当にってこともしたくない。


 だからこの際、友達が欲しいと思った。それだけのこと。


 ……でも、この世に体力測定がある限り、個人情報のモラルは守られていない気がする。

 だってそうでしょう?

 自分の記録を相手に付けてもらうんだから、プライバシーもモラルもあったもんじゃない。測定自体が嫌いってわけじゃないけど、さすがに憂鬱ゆううつにはなる。


 ……逆に言えば、晴斗なんかいいよね。多分だけど、陸上部の人よりも運動神経抜群だと思う。

 あのブラコン変態野郎を超すのが晴斗の夢だったし、小さい頃とかよく付き添って運動してたなぁ。で、その帰りに書店寄ったりとかね……日常だったよね、もう。


「……まぁ確かに、お前にも友達は必要かもな。いると結構便利だぞ」


「じゃあ、藤崎君は友達なの?」


「どうだろうな」


 真顔で曖昧な返事しないであげて。可哀想になってくる。


「この際だ。お前も、ちゃんとした友達作ったらどうだ?」


「ちゃんとした……友達」


「今回の行事だけじゃない。今後も、男女別々の行事だってあるんだし、そういうプライベートを作ったって損はしないんじゃないか?」


 晴斗の意見は尤もだった。

 異論する気も無ければ、反論の余地もない。


 それに、今までまともな友達作ってこなかった仲なのに、1人だけ先歩かれてる感じで何か嫌だな。


 ちゃんとした友達。……私に作れるだろうか。

 クラスメイトだと助かるけど、私に合うような子、居たかな……。入学したばかりで全員はまだ覚えきれていない。


 元々周りに人には困らない私だけど……そんな外側じゃなくて、なんて……本当に出来るのかな。

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