エピローグ「幼馴染は、一緒に登校するらしい」

「……おはよう」


「……えっ? お、おはよう」


 翌日の朝――僕は長袖シャツにベスト姿という春スタイルの制服姿で、隣の家へと訪れていた。隣の家……それは、一之瀬渚の家である。


 動揺するのも無理はない。

 渚が僕の家にやって来るのとは反対に、僕は滅多に彼女の家には行かないからな。


 ……だけど、この反応はどう捉えるのが正確なのか。

 すると渚が、まだ眠たいのか目を擦り始める。


「……これは、夢?」


「現実だアホ」


 何勝手に人のことを夢の世界の住人にしようとしてるのか。


 小さい頃からずっと隣にいるとはいえ、4年前から学校でもプライベートでもそこそこの距離感を保ち続けてきた僕だったが、では何故ここにいるのか。


 ――単純明快、一緒に登校するためだ。


「ほら。いつまでも玄関に突っ立ってないで、さっさと支度しろ」


「い、いや……その、何で?」


「な、何でって……。それはお前が――」


「私が? なに?」


「…………何でもない」


「えっ? 何でそこまできて秘密?」


 言ってもいいかもしれないと思った。けど――今言ったら、絶対こいつに誤解を与える。


 こいつは僕と違い、僕のことを『異性』として好いてくれている。

 逆に僕は……ただ、隣にいない『存在』――即ち、渚という幼馴染の存在を埋めておきたいから。要するに寂しさだ。


 幼馴染としては好きだ。

 でもまだ……これは僕が言える台詞じゃない。この言葉に、まだ渚と同等の意味を持てていないから――まだ、言えない。


「……待っててやるから、早くしろよ?」


「……本当に、一緒に登校してくれるの?」


 恥ずかしさから視線を外していた僕に渚は問うた。

 数秒間の沈黙が場を支配していたものの、僕はそれに軽く頷いた。


「わ、わかった! すぐに準備してくるから待ってて!」


「慌てて転ぶなよ」


 僕の台詞を最後まで耳に入れることもせず、慌てて家の中へと戻る渚。

 その直後、閉めた扉の向こう側から、何かにぶつかる音や、何かが割れる音などの様々な騒音が聞こえた。


 ……あいつ、何してんの?

 自分の家を大暴れしながら準備しているのではないかと、少し心配になった。


 それから数分後――整えられた髪に、僕と同じ春スタイルで現れた“学園一の美少女”に、謎の異質さを感じた。


 数分前まであんなに乱れていた容姿が、ものの数分で絶世の美女へと転生した。……この世界、神様は“神の子”に絶大な魔力でも与えてるんじゃないだろうか。


 チラッと、家の中を覗いてみるが、特に荒れた様子はない。……だとしたら、あの騒音は一体何だったんだ? こいつの家はモンスターハウスか?


「どうしたの? 私の家の覗きなんかして」


「人聞きの悪いこと言うんじゃない」


「覗いた晴斗が悪いんじゃない。で、何見てたの?」


「妙な勘ぐりをするな。ほら、行くぞ」


 詮索してくる陽キャほど恐ろしいものを、僕は知らない。ただの興味本位で、本人に悪意なんかは無いのかもしれないが。


 でも、その相手がこいつだから。

 一之瀬渚だから――それが僕にだけ向いているのもまた怖い……。


 だけど、他人の敷地からいち早く撤退した僕を追って、隣に渚がいてくれる。この時間を求めているのも、僕の怖いところだ。


「先に言っとくが、校門前までだからな」


「えぇぇ~~……」


「『えぇぇ~~……』じゃない」


 ――少しずつ、克服していけばいい。

 隣にいることにも、こうして一緒にいることにも。


 それが今の僕と渚の関係を作ってる。幼馴染としての2人の空間を、作っているのだから。

 今だけは、この“神の子”を産みだしてしまった神様に、ちょっとだけ感謝している。


 ……本当、幼馴染っていうのは、大変だな。







 ■お知らせ■


 思った以上の改稿量だったので、第一章は前期後期に分けさせて頂きます。ですが話数自体に変更はないと思うので、引き続きお楽しみくださればと思います。


 また、カクヨムのみで、たいあっぷのみで読める書き下ろし短編も絶賛制作中です。

 そちらの方は完全初見となりますので、既に一章分の内容を知っている方でも、楽しめると思います。そちらの公開は、もう暫くお待ちください。

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