第31話「幼馴染は、僕の友達に遊ばれるらしい」
「……とにかく、それは気のせいだから勘違いするな」
「そうですかっ、と」
透はつまらなさそうに息を吐き、そのまま手元に置いてあるラノベを手に取る。
さすが同じ者同士――場の空気が一気に変われば、それはラノベを読む最大のチャンスとなる。気まづさを紛らわせるため……と言えばいいのだろうか。これ、徹底的な法則。
渚も趣味は読書だが、僕達と違ってラノベは読まない。
だから渚と読むときは大抵、ラノベではなく一般小説を部屋(書庫と成り果てた自室)から取ってきて、ラノベ関連の話は一切しない。
けど、渚とラノベの話が出来ないからといって苦痛に感じることはほとんどない。
たとえ一般小説のミステリーものだろうが、グロテスクな内容が含まれていようが、渚はその本の『面白いところ』や『楽しめたところ』を楽しそうに話す。
同じ趣味を持つ人間に非は一切ないのだ。
寧ろあれは――時間の共有。
それはどんな人間であっても欲しい感情で、それを欲するのは当たり前なのだ。
それに何やかんやと言えど、楽しくないわけではない。……あいつの話を聞いていると、興味が湧いてしまう。
「――お待たせー!」
と、感情に浸っていると、部屋の扉は勢いよく開け放たれた。
扉の先で肩で息をしていたのは、僕をここに呼びつけた張本人――渚だった。
「……今日は随分と早かったな。まだ1時前だ」
「今日は教える人数が比較的に少なかったからね。……というか」
「ハロー!」
「……何で藤崎君がここにいるのよ」
「暇だから遊びに来たんだよ!」
「嘘つけ」
「おいひでぇな!」
席を勢いよく立ち上がって僕を見下ろす透だったが、僕はそれに目移りもせずそのまま読書を続行した。
するとそんな僕の隣に椅子を持ってきた渚は“じーっと”僕を見ていた。――それはまるで、棘のように。
……痛い。視線が痛い。まるでクラスメイト全員からの視線を浴びるみたいで、大変居心地が悪い……。
……何なんだ、何故さっきからこっちを見る。
2人きりではないこの空間に居心地の悪さを感じ、僕は重いため息を吐いた。
「……何だ」
「何だはこっちの台詞なんですけど。人がせっかく来てあげたのに、私とお弁当食べる気無いの?」
呼び出した張本人が言うとブーメランにしか聞こえない。
「元から居たんじゃない。お前がメールで呼びつけるから仕方なくここに居るんだ。後、お昼ご飯ならもうとっくに食べた。お弁当の中身は空っぽだ」
時刻はもうすぐで1時に到達する。
この間よりかは早めにお昼ご飯を食べられるが、こんな時間になってもお弁当食べてないの多分お前だけだぞ、渚。
「そっかー……もう無いのかー……」
謎の期待を持っていたのか、渚はショックを受けていた。
いくら周りに無頓着な僕でも、食事のことまで無頓着なんてことはない。人間である以上、空腹に逆らえないのは世の定めだ。
暫く「うーーん……」唸りながら、渚は思考を巡らせる。
「――なら、この間の続きでもする?」
「2度としない。お弁当ぐらい自分で食べろ」
一体どういう思考回路に辿り着いたのか、渚は先日の部室での1件の『続き』を要求してきたが、あれはもう2度とやるつもりはない。
確かにあのときは、謎の『罰ゲーム』形式に乗ってしまい、渚自身が作った弁当を食べさせるという意味不明なことをさせられた。……思いのほか恥ずかしかったし。渚は渚で、終始ずっと顔赤かったし。
それにあれの有効期限はあのとき限り。とっくに切れているし、再発行は元より受け付けておりませんので。
「……ケチ」
「ケチで結構」
いつも思う。こいつはいつも一方的すぎるのだ。
僕に『回避行動』の選択肢は存在せず、渚というボスモンスターから理不尽にも勝負を挑まれ、勝てるはずのないループを永遠に行う。それが一方通行。一方的から逃れる手段など、無理矢理回避する以外に何がある。
僕にダメージを食らいながら挑ませるつもりか。あまりにも理不尽だ……。
……だけど、こうも文句を並べながらも、こんな面倒くさい幼馴染と一緒にいる時点で、僕も相当な物好き……だよな。
そして、忘れていた。
あまりの“いつも通り”の空気を作っていた中、忘れていたのだ。
僕達を場にわざと入らず外からこっそりと様子を眺めていた透――読んでいたラノベのページに栞を挟み、先程のようなうざったらしい目つきに変貌していたことに。
「…………………ぷふっ!」
すると透は何を思ったのか、急に腹を抱えて笑い出したのだ。
ど、どうしたんだ……? 遂に変人メーターが破裂し暴発したのか……? と、そんな心配をしていた僕の顔を見たのか、透の大声は徐々に収まっていく。
「……どうしたんだよ、急に」
「……藤崎君?」
僕達は疑問符を浮かべながら訊ねると、
「いやだってさ――お前ら、まるでカップルみたいな雰囲気ばら撒いてんだもん!!」
「「――――――――っ、――――っっ!?」」
くくく、と僅かな笑みが残る透は、小さく肩を揺らして答える。
反対に予想外の、ましてや思春期真っ盛りな高校生男女にとってハードルを飛び越えるか否かの言葉に驚き、それぞれ立ち上がる。
ズズッと椅子の足が床と擦れる。
そしてこれらが表わすのはつまり――認めている。それに尽きていた。
「いや、お前らわかりやすっ!」
「い、いやいやいや!! 今の一幕のどこをどう解釈したらそんな結論が導き出されるんだよっ!!」
「おっと。そんなことをオレに言ってもよかったのかな?」
「……どういう意味だよ」
「動揺するということは即ち、事実との向き合いだ。簡単に言えば、事件を起こした犯人が名探偵に対して『証拠はどこにあるか』的なことを訊くのと一緒なんだよ。これ、覚えておいた方が身のためだぞ?」
「……悪代官か、お前」
要するにこいつは僕達を
隠す行為は隙を産ませる絶好の機会なのに相対して、こいつは僕達の動揺を利用した。これだけ聞くと、悪人以外の何者でもないよな。
すると、そんな透の結論に反発しようとしたのか、渚が前のめりになる。
「わ、私達は、藤崎君が言うような関係じゃないわよ!!」
「ほほぉ? そこまで言うなら逆に訊こう。一之瀬、そう言うお前の顔が赤いのは何でだ?」
「~~~~~~っ!!」
動揺を隠す……の以前の問題として、こいつは僕よりも隠すことが下手だと思う。
顔が真っ赤。それは今のこの状況なら、物的証拠になる。
「……あのな透。確かに僕達は幼馴染だ。けどな、ラブコメの世界じゃないんだし、僕達の間にそんな関係は1ミリもない」
「そうは言うが、傍から見ればそう見えるぞ?」
「それは……お前だからじゃないのか?」
「恋愛オタクみたいな言い方しないでくれるか。別にそういうんじゃないんで」
へぇ、違うのか。と、意外な顔をしてみる。
一々僕と渚の関係に首を突っ込んでくるから、そういうのが大好物かと思ってた。わりと真面目に。
「……そんなに、違うもんなのか?」
「違うな。あの状況を初見が見たって一目瞭然だったと思うぞ。バレバレだったし。お前らを取り巻く空気は……そうだな。例えるなら、新婚夫婦みたいだったな!」
「ふ、ふっ――ふ、ふう……!?」
羞恥攻めに遭っていた渚は既にノックアウト。透によるパーフェクトゲームにより、試合終了のコングが鳴り響いた。……そんなになるほどか?
幼馴染として関わりを持ち始めて15年――確かに『友達以上か』と訊かれたら「はい」と即答する。それだけお互いにいろいろ知ってるということだし。
けれどそれは、あくまで友達以上で恋人未満だということ。僕の中で、それ以上の回答が無いというのも事実だ。
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