第30話「僕の友達は、今朝の現場を目撃したらしい」
校庭や裏庭から聞こえる騒がしさと、人の来ない場所には静けさが漂う昼休み。
僕は恒例の如く、渚によって昼寝を邪魔され『部室にいてね』という命令文を叩き付けられていた。偶には無視してもいいかな、あいつの命令にも。
部室の窓から見える光景には、校庭で元気に遊ぶ無邪気な高校生の姿があり、その風貌はまさに『青春』という言葉が良く似合う。
これは嫌味ではない。
そのウェーブに乗るつもりが全く無いからこそ言える、僕なりのフォローである。
それにだ。青春に必要なのは、何も無邪気さだけではない。
例えば僕の場合――静かな場所で読書に時間を費やす。これが僕の青春。外にいる連中らは思いっきり身体を動かしているが、運動なんぞしなくとも、過ごし方はいくらでもあるということだ。
これは偏見ではない。
運動が苦手な僕と同じタイプの子ども達へと送る、僕からの包みあるフォローである。
「どうしたんだ? さっきから明後日の方向向いてるぞ」
「別に。何でもいいだろ」
「もしかして、何か悩み事でも出来たのか? 何なら、オレが相談相手になってやるぜ!」
「それはそれは頼もしいことで。だが断る。そういうのは間に合ってるんで」
僕はふぅーと軽く息を吐き、読書を再開しようする。
しかし、そんな僕の決意はたった数秒にして崩れ去っていった。
「そうやってすーぐ追い返す。お前の悪い癖だぞ!」
「そりゃどうも」
「褒めてねぇよ……」
がくっと項垂れるこいつ――藤崎透。今日は何故かこいつと部室にいる。
普段この時間はクラスの女子達と話してるくせに、何で今日に限ってこいつがここにやって来たのか……不思議すぎてならない。
でも、お陰で暇な時間を潰せている。
透は渚同様、クラス最上位カーストの1人で、僕の唯一無二の友達だ。
僕は普段と同じようにして時を過ごしていたのだが、長い時間待ってやって来たのは、待っていた渚ではなく透だった。
まぁ、またクラスの誰かに勉強でも教えているんだろう。あいつもあいつで人気者だし、仕方がない。
透は僕と同じく入学当初から文芸部に所属しており、ラノベ仲間でもある。
小遣い制限がある僕とは違い、駅前の某有名チェーン店にてバイトしている透には、買えなかったラノベをよく貸して貰っている。
簡単に言えば、そんな仲だ。
特別良くも悪くもない。どこにでもいるような、普通の友達関係だ。
「……ってか、お前何しに来たんだよ。邪魔するぐらいなら帰宅しろ」
そして、渚以外にこんな口調が出来る、唯一の友達でもある。
「ああ。ちょっと、お前に訊きたいなぁ~と思ってたことがあるんだけどさ」
「……やっぱ邪魔しに来たんじゃないか」
「まぁまぁいいじゃない! どうせ今日だってぼっちなんだろ?」
「追い出すからどっちか決めろ。扉からがいいか、窓からがいいか」
「オレのこと殺す気!?」
人のことをバカにしてはいけません。小学生でも習う一般知識だぞ。
「人の都合を勝手に解釈するんじゃない。いつか嫌われるぞ」
「ご生憎様、オレのモテ期は終わらない! ま、そんなチンケなことに興味なんて無いけどな!」
こいつの惚気話とか、マジで聞きたくない……。ウザいし、無駄に自己主張挟んでくるし。
「……わかった。聞いてやるから、惚気話をぼっちの僕に聞かせようとするな腹立つから」
「おっ、わかってらっしゃる~! ……でさ、単刀直入に聞くけど。お前と一之瀬って、毎日一緒に登校してんの?」
「はぁぁああああ――――っっ!?」
透から出た言葉は、僕の予想を遥か斜めを行った。
机に肘を付く透、そしてあまりの衝撃な発言に前のめりになる僕。そこから読み取れるのは明らかな動揺。つまり――事実だった。
僕の反応を見た透は確信づいた顔でクスクスと嘲笑する。
「おいおい。その反応は、自らオレの発言が『事実だ』と明言してるようなものだぞ?」
「…………じゃあ、何で笑いながら確かめるようなことを訊く」
「ってことは、認めるんだな?」
「……見られてたとは思わなかった。いつから通学路変えた」
「別にそういうことじゃねぇよ。なぁに、本当に偶々だ。朝、偶然窓の外を眺めてたら、お前が一之瀬と一緒に登校してるの見かけてな! いやぁ、見つけたときは何の冗談かと思ったけどな。思わずクラスの奴らに言ってやろうかと思ったよ!」
「それはやめろ!!」
「だろ? 安心しろ。お前らのことは誰にも言ってねぇよ!」
こいつの発言に、すっごいイラつくんだけど……っ!?
……しかしだ。まさか僕達の姿が教室から見えていたとは盲点だった。その承認が知り合いで、しかも同中の奴で良かった。
もし、承認が他のクラスメイトの誰かだったりしたら――今日ここまでの半日を無事に過ごせていただろうか。
たとえ手出しが無かったとしても、最低限の行為はされたに違いない。
軽蔑や侮辱は当然のこと、下手すればいじめにまで発展していたかもしれないし。
「にしても、見かけたときは驚いた驚いた。お前らが『幼馴染』なのは知ってたけど、一緒に登校してくるような仲だったとは思わなかった」
「ほぼ強制的に、だったけどな」
「何だ?
「……あいつにそんなことが出来ると思うのか?」
「無理だろうな。少なくとも、オレが知る一之瀬にそんなことは向いてない」
「だったら答えは簡単だろ」
「うーーん。……やっぱ脅しでも――」
「楽しむな!」
「いやぁ~。
「笑い事じゃない……僕からしたら厄介事以外の何物でもない」
「その割には、楽しそうに見えたけど?」
ふと、透がそんなことを言ってきた。
……楽しそうだった。それは、今じゃなくて今朝のことを言ってるんだよな?
「……誰が」
「お前が」
「……冗談もほどほどにしろよ」
「冗談じゃないんだけどなぁ~」
僕が渚と一緒にいて、楽しそうだった……? 透が言いたいのはこういうことだろう。
確かに僕達は『幼馴染』だし、学校に着くまでは気軽に話していた。でもあれは、いつも通りの会話のはずで、別に特別なことは何も無かったはず……。
一体こいつは、あの場のどこに“楽しそう”だと思ったのか。謎のままだ。
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