第25話「幼馴染は、私のことを名前で呼ぶらしい①」
それから約1時間――いつもよりも長い晩ご飯の時間を過ごした。
夕食後に出てきたフルーツケーキを見て、またもや優衣ちゃんが「やっぱどっか頭打ったんじゃないの!?」と、普段ならありえない兄らしい行動に困惑していた。
頭をぶつけた可能性があるとすれば……行く途中の電車の中だろうか。
でも、ハル君の記憶力がそこまで異次元ではないと確信していた私は、少しだけ優衣ちゃんに悪ノリする形でからかった。
余計に怒られはしたものの、いつもより楽しいひと時を過ごせたと思う。
そんな時間はいつまでも続くはずがなく、あっという間に時は流れた。私とハル君は後片付けを。本日の主役はいち早くお風呂へと入った。
いつもであれば晩ご飯後は、部屋に真っ先に飛び込むって聞いてるけど、今日は早く寝るのかな。
「悪いな。片づけ手伝わせて」
「別にいいよ。私が好きでやってることだからね! それにここは、私にとっては第2の家族みたいなものだから!」
「それはそれでどうなんだ……?」
「さぁ~、どうなんだろうね」
私とハル君で洗う側と拭く側に分かれている。つまり今、私はハル君と台所で隣同士に並んで立っていることになる。水と洗剤、スポンジを使って食器を洗う私と、その横で無表情・無関心でお皿を拭くハル君。
……何かこうやってると、家族みたいだなぁ。
それに、さっきまで気にしていたことを吹っ切ったお陰か、さっきよりも落ち着いてハル君と“いつも通り”の会話が展開されている。
いつも通りの……幼馴染らしい会話。
そうだよ。たった1つ、それも呼び方ぐらいで嫉妬して……。ハル君にとっては、それが当たり前なはずなんだから。
――だから、これでいいんだよね。
気にしたって……どうせこれはただの自己満足で、ハル君には単なる無理強いでしかない。そんな思いをしてまで呼んでもらう名前は……私にはない。
「案外、喜んでもらえるもんなんだな。ああいう、ちょっと子どもっぽいものでも」
「だから言ったじゃない。優衣ちゃんなら、何貰ったって喜ぶって!」
「だな。一之瀬の言う通りになった。ちょっと悔しい」
「何で張り合ってんのよ……。それに、最終的にプレゼントの中身を決めたの、ハル君じゃない。私は、単にアドバイスしただけだよ」
「そうかもだけど……礼ぐらい、言ったっていいだろ?」
「皮肉込めた礼だったけどね」
ぷっと、私は軽く吹いた。
するとハル君は、照れくさかったのか頬をピンク色に染めていた。純粋に礼出来ないとか、本当にハル君らしい。
ありのままの……そんなハル君が、私は好き。
「……そういえばなんだけど」
「ん、なに?」
皿洗いの最中だったために、ハル君に視線を合わすことなくそのまま聞くことにした。
ハル君から疑問が出ること自体珍しい。そういう面倒くさいことには一切関わらない人だし、何かと頓着しないから、そういうのとは無縁だと思ってたな。
少しの間を置いて、ハル君は言った。
「――お前さ。最近何かあったか?」
一瞬――ハル君のその言葉に身体の神経が反応しビクついたが、何事も無かったようにすぐに手を動かした。
「…………。別に、何もないけど。どうしたの、急に」
「いや……お前ここ最近、ずっと僕と透の方見てたっぽいし、そのときの顔があんまり見たことないような顔だったから。何か、言いたいことでもあんのかな、と思って」
…………見られてた?
嘘……絶対バレないようにしてきたのに……っ!
いや違う。――これは気づいてるんじゃない。疑ってるだけ。
だったら……まだ、私の一方的なわがままで押し通るはず。私の一方的なわがままで、またハル君を縛るのは、絶対にダメ! あのときの二の舞になる……。もう、ダメだってわかってるから。――だから!
「……別に。見てたのは確かだけど……本当に、何もなくて――」
「その顔で嘘を突き通すのは、さすがに無理があると思うけど?」
「えっ……?」
「今、お前――誰かに悩みを打ち明けたいって顔してるし。何かあるなら言え。大した協力は出来ないかもしんないけど、隠されると余計に腹立つから」
――どうして。
――ねぇ、どうして。
どうしてハル君は……ただの幼馴染でしかないはずの私に、そんな真剣な目つきをしているの?
ハル君の目はまるで
他人のことはどこまでも他人事。それが、緊急時か否かも判断出来るからこそ、ハル君は他人との距離を一定以上に詰め寄らない。
中々信頼出来る友達も作らない。いや、違うな。作れないんだ。私のせいで――。
……だというのに。
ハル君は、私から全てを聞くつもりでいるようだった。
…………言ってもいいの? こんな、ただの一方的なわがままを。また、迷惑をかけることになるかもしれないのに……?
今私はどんな顔をしているのだろうか――泣いてる? 困ってる? ……それとも、懇願するような顔をしてる?
実際確かに、私は溜め込むことが苦手。いつまでも耐え続けるのが、とてつもなく嫌い。
だけど今私は、彼から逃げようとしている? 何も言わず、逃げている?
……いいんだろうか。言っても。
でも、いつもなら深入りしない彼が――こんな目をしていたら、もう引けない。どこにも逃げられない。そう、教えられているように思えた。
私はそっと静かに口を開いた。
「…………して。……どうして。……何で……何で、藤崎君のこと――『透』って名前呼びするの……?」
そして自然な形で――疑問が言葉として出てしまう。
「えっ、透? そりゃあ、あいつは友達だし……」
「……友達はよくて、幼馴染の私はダメなの?」
「一之瀬……?」
不安や劣等感。醜い嫉妬、零れ出る本音。
今、ハル君に言っていることは本音だけれど……私の中の、醜い部分でもある。
「嫌……嫌なのっ!! ハル君が藤崎君のことを『透』って名前呼びしてるのも、私だけ名前で呼んでくれないのも!! 私が……私自身を
投げ出した言葉は、そのほとんどが最早八つ当たりだった。
――自分には訪れない、好きな人からの愛称という証。
不安や劣等感、それらを今すぐにでも抹消したいはずなのに……本音で、本心で。そうやって認めてしまっている自分に腹が立つ。
そして……心が優越感に飢えていると知ったときの、自分の独占欲の高さに失望した。
……どうして言っちゃったんだろう。
……どうして心理から消えてくれないのだろう。
あまりにも自分が惨めで、掬い上がってくるものは全て醜い嫉妬が産んだ自己嫌悪――もう、隠すことにさえ疲れてしまった。枯れ果ててしまった。……私の、初めての叫び。
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