第23話「幼馴染とのプレゼント選びは難題もの」

 顔の火照りは完全に収まってはいないものの、その場にしゃがみ込むのはさすがに迷惑だと思い、仕方なくハル君の後を着いて行くことにした。


 途中何件か本屋を見つけては駆け寄ろうとする本心が丸出し状態のハル君を抑えながら、どんなプレゼントがいいかと、話し合いをしながら歩を進める。


 まずやって来たのは、1階にある花屋さん。やっぱり誕生日のお祝いって聞いて、真っ先に浮かぶのはお花だよね。特に! プレゼントの定義を知らないハル君にとって、これ以上打ってつけな場所はないと断言出来る。


「いらっしゃいませー」


 店員さんからの声かけを聞き、意外も意外、ハル君から先にお店の中へ入った。


「確かに綺麗だな。でも、何で花屋なんだよ」


「優衣ちゃんだったらお花喜ぶと思って。この間、優衣ちゃんが花瓶に花生けてるところ偶然見かけたから」


「……よく見てるんだな」


「そりゃあ、一応家庭教師とその生徒って関係だし。まぁその前提として、ハル君が大事に思う妹ちゃんだからね!」


 というよりこの口ぶり……優衣ちゃんがリビングで生けてた花の存在知らなかったな?


 まったく……。兄妹であるはずのハル君より、お隣さんの私の方が知ってるってどういうことよ……。さすがにもう少し周りに関心を持った方がいい気がする。


 でもこれでよくわかった。――ハル君がどれだけ周りに目をくばっていないかが。


「まぁそういうこともあるからここに来たわけ。ハル君だったらどれを贈りたい?」


「優衣が生けられる花だろ?」


「別にそれだけに視点を向ける必要はないと思うよ。例えば、これとかは?」


 そう言って、私は花瓶から1輪の花を手に取る。

 取り出したのは、アルストロメリアの花。白を基調とした豊富なバリエーションがあることからプレゼントとして贈る人は多い。私は白派かな。


「その心は?」


「優衣ちゃんの誕生花だから、かな。安直な理由かもしれないけど。でもアルストロメリアって花もちもいいから、結構人気あるんだよ?」


「ふーーん……」


 その微妙な反応の『うーーん』は確実に考えてないな。

 選ぶ気があるのか、はたまた無いのか。そんなの、今気にしても仕方ないか。


「……誕生花、か」


 おっ? 微妙な反応を返した割には結構気になったりしてる感じかな?


「そういえば、誕生花ってさ、どうやって決められたの? ハル君博識だし、その辺知らない?」


「……誕生花の由来とか、そういうのは国や地域によって違うらしいから、はっきりとした答えは言えない。ただ昔、ギリシア・ローマの人々は『自然界にはそれぞれを司る神様がいる』と信じていたらしい。そしてその考えは時代を超え、考え方にも工夫がされていった。次第に『時間や月日といった『時』にも同じように神様がいる』と、そう考えられるようになった。その2つの考えが重なって『各月に咲く花には、その月の神からのメッセージが込められているに違いない』という発想になり、そこから誕生花が生まれたとか何とか」


「……博識のレベルが相変わらずスゴいねぇ。最早人間ウィキ」


「やめろその言い方」


「ごめんごめん! 本心からの言葉がぽろっと、ね?」


「ね、じゃない」


 ハル君は軽くため息を吐くと、私が取った花を取り、そのまま花瓶へと戻した。


 あれ……気に入らなかったかな? まぁでも、あの花は私の独断で選んだやつだったし、何より今日はハル君自身が選ぶことに意味がある。


 すると、私の考えを汲み取るかのように、ハル君は言った。


「……花も悪くないと思うけど、今年は無理だ。あいつの生活上と合わないし」


「どういうこと?」


「あいつ今受験生だろ? リビングにもご飯以外は滅多に降りて来なくなったから、そういう世話は結局僕がする羽目になる」


「やってあげれば…………って。なるほどね。そういうこと。つまり――花の世話をするのが嫌だと。面倒だと言いたいわけね?」


「……それも、一理ある」


 寧ろそれしかないのでは?


 まぁ確かに、ハル君が花の世話をしてるところとか想像も出来ない。今のハル君の判断は、ある意味正しかったのかもしれない。

 本人がこんな感じでは仕方がないため、一旦花屋さんを後にすることにした。


 その後も思いつく限りの店内を見て回ったものの、ハル君が納得出来る商品はなかった。

 そして今は、通路に設置されたベンチに腰を降ろしていた。


 さすがに1時間も歩き回っていれば疲れも溜まってくる。クラストップカーストなんて呼ばれているけど、実際のところ、最上位カーストにいる女の子達とそれなりの会話は(仕方なく)するけれど、ハル君以外に放課後を過ごした同級生はいない。


 だからこうしてショッピングモール内を楽しく回ることにも慣れていなかったりする。


「……ねぇ。プレゼント、探す気ありますか?」


「無かったら人混みに紛れてとっくに帰ってる」


「それもそっか。じゃあ早く決めようよ! いつまでもここにたむろしてるわけにもいかないし。うっかりしてたらケーキだって買えないよ!」


「……もういっそ、ケーキをプレゼントにしないか? そっちの方が僕らしい」


「…………反論出来ないのが悔しい」


「だろ? よし、決まりだな」


 何故か押し切られた私はハル君と一緒に店舗の一角、ケーキ屋へと足を運んだ。

 1店舗構えるお店とは違い種類は少なめだが、棚に並ぶケーキは魅惑を感じられるものばかり。ショーケースの中には、ワンホールから切ってあるものまで。ざっと15種類のケーキが並べられていた。


 色映えがとても鮮やかであり、中にはもう5月に向けてのシーズンケーキまでもが販売されていて、見ているだけで大満足すぎた。

 これは……甘いものが好きな人にとっては、堪らない場所かも。


 現に隣では、中腰状態でショーケースの中を眺めるハル君がいる。その目は、まるで幼い子どものような――純粋さに溢れた瞳をしていた。普段のハル君からは想像も出来ない姿で、なんか……こういうハル君も悪くないかもしれない。


 とはいえ、今回買うのは優衣ちゃんへのケーキ。

 ハル君は7月までのお楽しみになるのかな。


 暫くショーケースの中を眺めていたハル君だったが、スマホを取り出して優衣ちゃん当てにメッセージを送っていた。

 そしてその返事は即座に返ってきた。


「ケーキ、優衣ちゃんからのリクエストとかあった?」


「いや――『任せるっ!(絵文字付き)』って。それだけだった」


 さすがはハル君の妹……肝心なところは手抜きなところ、本当にそっくり。


「そうだなぁ。だったら、無難にショートケーキにする? それとも、チョコケーキ?」


「ワンホールはデカすぎだろ……」


「ちょっと? まさかとは思うけど、2人で、何て思ってなーい?」


「えっ……。なに? お前も来るの?」


「お隣さんだもん、当たり前じゃない! それに、私がそっちに行かないでいつ優衣ちゃんに誕生日プレゼント渡すと思ってるの?」


「……わかった。わかりました。ワンホール……の、少し小さめでいいか?」


「許す!」


「……ったく。すみません」


 店員さんに自ら声を掛けにいったハル君が非常に珍しいと思ってしまった。失礼かな。


 ショーケースの中から選んだのは四号サイズのフルーツケーキ。みかんにリンゴ、キウイやマンゴーなどなど……多種なフルーツが盛られたケーキだった。

 またもや珍しいものを見てしまった。……フルーツケーキを選ぶハル君の図。


 私の瞳には不器用ながらもケーキを注文するハル君が映る。

 いくら“根暗ぼっち”だろうとも、誰かと話すコミュニケーション能力が欠けているわけじゃない。じゃなきゃ小説なんか買えないし、お店の中に率先して入ることも躊躇うに違いない。

 とはいえ、中身が少し暗めなのは揺るがない事実なのかもしれないけど。



 ……今にも時々、不思議に思う。ハル君のことを好きになったことを。


 だけど、私は幼馴染で少し不器用で天然で……実はスゴく優しいハル君を――


 変えることも、覆しようもない事実。

 普段は何を考えているのかよくわからないミステリアスな部分があるというのに、こうして私の前だと如何に可愛いかを見せてくれる。


 学校内でも、電車内でも……あんなにもハル君の『特別』になりたくて仕方なかったというのに――こうして考えると、私は十分、ハル君にとって『特別』だった。


 ただの自己解釈かもしれない。

 だけどこんなにも嬉しくて、こんなにも泣きそうになるほどの喜びを感じてしまった今――私はもう、これ以上は望まない。


 この胸の内に仕舞っていた本音は、そっと海の中へ投げ捨てようかな。誰も潜り込めない、深い深い海の底へ……誰にも、気づかせないために。

 呼び方1つでここまで振り回されたのに、本当に呼ばれることになってしまったら……私のことだ。絶対にまた意識するに決まっている。


 もっと、もっと――もっと、って。貪欲どんよくなまでに。


 私の独占欲がどこまで抑えられるかわからないけれど、そこは頑張ってみるしかない。

 ……これでいい。これで、いいんだ。



「待たせて悪い。って、どうした?」


「……ううん。何でもないよ」


 あくまでも何でもないフリをよそおい、私は元来た道へと戻ろうと足を踏み出す。


「…………」


「さぁて、ケーキも買ったことだし、さっさと帰ろ!」


「……あ、ちょっと待ってくれ」


「どうかしたの?」


 意外な方面からのストップの合図に、私は思わず停止した。


「……少し寄りたいところがあるんだけど。帰る前にそこに寄ってもいいか?」


「なぁに? 本屋?」


「違う。……ただ少し、買い直しをしたくてな」

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