第22話「幼馴染は、私相手に意地悪をするらしい」
「あ、本屋――」
「それはハル君が貰って嬉しいものがあるところでしょ……っ!」
電車内でのトラブルはもう過去のこと。そう割り切っているのか、そもそも気にしていないのか、ハル君は通路を進んだ先にある本屋に意識が向いていた。
平日だというのに、多くのお客さんで溢れかえっている。
さすがは埼玉県が誇る大型ショッピングモール。
この中を歩くだけで、一体いくつの本屋を発見することになるのやら……。その度にこれだったら止めるのにも疲れてくるんだけど。
まぁそういうのは抜きにしても――こういうところで買い物するのは嫌いじゃない。
それにここなら、多彩な品物が並んでいるはずだし優衣ちゃんに似合いそうなものも発掘出来ると思う。
――が、人混みが少々苦手な彼には荷が重すぎたらしい。先程から「人多すぎ……」とぼやきながら歩いてる。
大勢の人から作られる人混みが、彼にここまでのダメージを与えるとは。もしかしたら、私を連れてきたのもこの状況にも一理あるからかもしれない。
「本屋行きたい……」
「今日新刊の発売日じゃないんでしょ? 一々散財してたら優衣ちゃんへのプレゼント買えなくなるし、今月ピックアップしてる新刊も買えなくなるよ?」
「そんなことは――……ある、のか?」
否定しようとしたらしいが、私の押し付けた現実問題に自分の意見に疑問を抱く。
言葉を詰まらせ、納得したように軽く頷いた。ご理解頂けて何よりです。
「それで、結局何買うのかは決めてないの?」
「……仕方ないだろ。1つ下とはいえど、今どきの女子が貰って喜ぶプレゼントなんて、想像もつかん」
「そうだろうねぇ。世間体とかあまり気にしないハル君に、そのお題は鬼畜だね」
だとしても外れすぎてると思うけどね。全国模試総合順位2桁で頭いいはずなのに、乙女心が問題となればすぐこれだ。どうしてこんなに疎いんだろう。謎だよね、本当に。
「……あぁ。だったら一之瀬、少し訊いてもいいか? 少しアドバイスが欲しい」
「アドバイス?」
……何だろう。つい先日にも同じようなやり取りをした気がする。
自力で考え抜きたくない問題が発生したときだけ、世間体に詳しい私に訊くのどうにかさせないとなぁ。
――まさかとは思うけど、日誌のときのような、丸投げ案件じゃないよね?
「この年頃の女子って、何を欲しがるんだ?」
……ほっ。とりあえず、その心配は無さそうかな。
「生憎だが、僕に一般的女子の見解とか求めても無駄だから。そういう、世間体とか流行りとかには、一切闘争心を燃やしたことがない」
「自慢して言うことじゃないと思うよ、そういうの。……本当、読書にしか興味ないよね」
「にしか……っていうか、興味を持てそうなものが少ない。の方だな」
……ということは、私に対しての興味心も少ない。ってことなのかな……?
「でも少なからず、今日のことに関しては興味を持ってるってことだよね?」
「……そうなるな」
「だったら簡単だよ。プレゼントっていうのは相手からの気持ちが籠ってるものでしょ?」
「……気持ち、ねぇ」
独り言のように呟く。
実の妹である優衣ちゃんの気持ちさえ汲み込めないとは……どんだけ周りに無関心なのか。さすがすぎて反論も出来ない。
――まだ私達が普通の幼馴染だった頃。ハル君と一緒にいる時間は今よりも断然短くて、彼のことも全く把握出来ていなかった。そしてそれは――逆もまた然り。
こうして関われなかった時間、私達は一緒に買い物をするってことが無かった。だからこそ親身に思う。……今までどうやってプレゼント選んできたんだろうか。と。
謎が謎を呼んだ瞬間だった。
「逆に聞こう。一之瀬はどうやってプレゼントを決めてるんだ?」
「どう……って。そんな大袈裟に考えなくても、相手に少しでも喜んでもらえるようなプレゼントを選んでるだけだよ?」
「……その発想の時点で、僕の領域を超えている」
別にそんな大胆なことはしてないと思うんだけど。
「でも、その点で言ったらハル君には買えなかった新刊とかあげればよさそうだね」
「んな手軽みたいに言うな……。まぁ……あながち間違ってないけど」
あながち? 絶対違うわね。絶対合ってるでしょ。でも、好きな人相手にそんな楽な思考のプレゼントはしないと思うけど。
「ってか今思ったけど、一之瀬ってラノベ読んだことないよな」
「え? ま、まぁそうだけど」
「時代遅れにもほどがあるぞ」
「そ、そうね……! 悪かったわね、流行に乗り遅れた小舟みたいな立ち位置でっ!」
「そこまでは言ってない。……というか、その言い方だと興味がないってわけじゃあないんだな。ならこの際だし、少し寄っていくか?」
「えっ……?」
……この場合だと、ただ単にハル君が寄りたいだけだとか、そういうカテゴリーに入ったりするのかな?
ハル君の言う通り、私は基本的に文庫本は読まない。
一般的なミステリー小説とかを読むタイプ。だから、ライトノベルのジャンルにある『ラブコメ』というカテゴリーには、一切触れたことがない。全てが『恋愛モノ』として成立されているために、この間、優衣ちゃんから聞いたのが初めてだったりする。
正直、ライトノベルに興味がないというわけじゃない。寧ろ、好きな人の好みを知りたいというのは、女の子であれば当然の発想なんじゃないかと思う。
読みかねているのには訳がある。
――私のような一般小説のミステリーもので満足している人間に、果たしてライトノベルの何たるかが理解しきれるかどうか……。
勉強していけば済む話なんだろうけど……藤崎君とのやり取りで楽しそうにしているハル君を見ていると、イマイチ自信が無くなってしまう。
――私でいいのか。
――本当に、理解し合えるのか。
読んでこなかった差というのは、想像以上に深かったりするもの。
「……んん?」
ふと、我に返る。
……あれ? そもそも、ここに来ている目的って、本当に本屋巡りだったっけ?
と、ここで私は目的の履き違いをしていることを理解した。
すると、はっとする私をハル君はぷっと苦笑いをした。
「は、嵌めたのぉぉ~~!?」
「いやいやいや、勘違いはいけないよ美少女様。僕はあくまでも“自分の気持ち”を正直に暴露しただけだ。それに乗る用途はどこにもなかったはず。だが、お前は乗った。ただの引っ掛け問題に、な」
要するに嵌めたんじゃないっ!!
体内の熱が一気に噴射するように、私の頬はマグマのように赤く染まった。顔が熱い。そんな私を今のハル君には見られなくて、故意に視線を逸らした。
こ、こんな……こんな初歩的トラップが存在していたなんてぇぇ……。
「穴があったら入りたい……」
「別に僕は本心を言っただけで嘘はついてないぞ。本来の目的から逸れたのは、お前の落ち度だ。人間は誘惑に弱いっていうが、一之瀬を見ていると「あぁ、そうかも」と納得出来てしまうな」
「何よそれ……! どうせ私はすぐに脱線する女ですよ……」
「そう睨むなよ。……興味があるなら、帰りにでも寄っていくか?」
「とか言って、どうせまた嵌める気なんでしょ? そう何回も騙されないからね」
「ノープロブレム。今回はマジの誘いだ」
「……胡散臭い」
「困ったもんだな。いつから僕は信用性に欠ける人になったんだろうな」
「ついさっき……っ!」
私は今出来る精一杯の皮肉を込めて公言する。
誘惑に乗るのは……多分、乗せようとしてきた相手が、ハル君だったから。
――こんなに意地悪なのに……どうして、もっと好きになるのかな。
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