第11話「幼馴染は、僕の妹に唆されているらしい②」
――一方、優衣と一之瀬はというと……、
「(どうしてあそこで「一緒に行く!」って言わないんですかっ! あの鈍感な晴兄が私の配慮の意図なんか汲み取るわけないし。……そんなに嫌ですか? 兄と一緒にいるのは)」
「(そ、そんなこと……は、ない……けど。でも、私服姿でそれもこんな真昼間から一緒に買い物に行くだなんて……。へ、変に身構えちゃうよ! 優衣ちゃんの心遣いは嬉しいけど、でも……――)」
「あぁぁぁぁぁ――!! まどろっこしい!!」
「(ゆ、優衣ちゃん……! そんな大声出したらハル君に気づかれちゃうから……!)」
……何か今、廊下の方で叫び声みたいなのが聞こえたんだが。えっ? あいつら、普通のガールズトークしてるんじゃないの?
そう疑問には思いつつも、割り込むのは野暮だと思い、読書を再開した。
「(あのですね……私は2人の間に『恋人』という関係性を作りたいんです!)」
「(こ、ここここ、こい、びと……!?)」
「(ただでさえ鈍感な晴兄が渚さんのことを意識するとしたら、もうその関係に進むための手順を踏んでいくしか道は残されていないんですよ!)」
「(ゆ、優衣、ちゃん……!?)」
「(それにですよ。最近、あの鈍感兄貴は学校ではちょっとした噂の的になってるんですよね? なら、今のうちに晴兄に“意識する”ことを教え込まなくちゃいけないんですよ。私の言ってること、わかりますよね?)」
「(……はい。というか優衣ちゃん、結構詳しいっぽいけど……も、もしかして、既にそういう経験が!?)」
「(何アホなこと言ってるんですか。これぐらいの知識、今どき非リア充でも知ってますよ。……でもこれでよくわかりました。如何に2人がニブチンなのかが)」
「(に、ニブ……)」
「(それにしても、ウチの兄さんはこれだけの恋愛感情を向けられながら、よくもまぁ気づかないものですね。告白はしたんですよね?)」
「(う、うん……。し、したけど、あっさりフラれた……)」
「(さすが晴兄ですね……)」
――へっくしゅん!!
僕はラノベから意識を逸らし、小さくくしゃみをしてしまう。
くしゃみが出るのは『風邪の予兆』か『噂の的にされている』かのどちらかだ。
特に寒気などは感じられないし、だとしたら後者だろうか? ……もしそうだとしたら、悪口を言われてるようにしか考えられん。
「(けど、まだ諦めてないんですよね?)」
「(もちろんだよ! 片想い歴がそんなにあっさりと切り崩されるわけないじゃない!)」
「(なら、迷う余地はないですね。少なくともここ最近の晴兄は、いつも渚さんのことを考えてるようでしたよ?)」
「~~~~~~~~っ!!」
「(……深く入れ過ぎたかな。と、とにかく、確実に意識はしていたはずです。春休みのときの晴兄を見てたらわかります)」
「(そう……だったの?)」
「(――そこで、です! あの鈍感兄貴でも意識せざるを得ない状況を作ってやろうかと思ってるんですが)」
「(そ、そんなこと、出来るの……?)」
「(あの人、一応ラブコメものとか読むの好きらしいので、どんなシチュエーションかがすぐにわかる――そんな場を作ればいいんです!)」
「(……ラブコメ?)」
「(あぁー、一般小説派ですもんね。まぁ、恋愛小説のようなものだと考えてください)」
「(れ、恋愛ものを……あの、ハル君が!?)」
時は軽く10分は経過した。
随分長いな、あの2人がそこまで入り込むほどのガールズトークって何なんだ?
そんなことを考えながら読み進めているのは、ラブコメものだった。最近ではラブコメブームが来ているらしく、売り上げにも貢献している作品になる。
推理系やファンタジーものとは違った面白さがあるんだよな。
現実にありそうで無さそうな設定――そう割り切っているからこそ、僕はこのジャンルを読めているのかもしれない。
……でも、もし一之瀬にこんなことを言ったら、あいつ自身を責めることになるのか。
一之瀬渚――産まれた頃から常に隣にいた異性、お隣さん。当たり前にいた『幼馴染』という関係、僕の中にそれ以上の優劣は無かった。
気が合うことはほとんどない。
幼馴染としては欠落している部分が多いと捉えられるだろう。
しかし――あいつの中での僕の認識は、完全に真逆だった。たった一言で済む話だが、そのたった一言が重い存在。
『好き』――一之瀬の中の僕は、幼馴染以上だったのだ。
そしてそれを、直接伝えにきた。「そういう関係になりたい」と言ってきた。それが、僕達の中での、春休みだった。
だが僕はそれを蹴った。受け入れなかったのだ。
なんてことを! と思うだろうが、幼馴染からいきなり「恋人になってほしい」というのが無茶だ。今までの常識を変えろと言われたようなものだった。
身についてしまった常識は、簡単に修正することも崩すことも出来ない。
――それが“普通”なのだ。
……けれど、あんなにもあっさりと蹴ってしまったことに堪えたらしく、春休み中に僕の家にやってきたことは、1度も無かった。
あの日、「私のことを好きにさせる!」と自信満々そうに言っていたものの、やはり精神面は隠しきれなかったらしい。
気持ちの整理というのには人間誰しも必要なこと。それがたとえ――完璧美人であったとしても。
一之瀬が来ない間、何度あいつのことを考えただろうか。毎日毎日、飽きるほどに考えた。それを知るのは僕と優衣だけ。悩みまくった挙句、ラノベを読むことさえ忘れていた。
断った本人でさえこのザマだ。断られた本人がどういう心境に陥っているのか、想像するのは容易かった。
――悩んでいた。それが、過去の僕の心境。
――泣いていた。それがおそらく、過去の一之瀬の心情だろう。
会わなかった間にあそこまで立ち直ったのは、最早奇跡といっても過言ではない。
酷いことをしたのに……変わらず話しかけてくれる。気遣ってくれる。告白する前の一之瀬と、何1つ変わらない。
一体何があったのだろうか。
僕が窓の外を浮かない気持ちで傍観している間に、どんな心境の変化が彼女の中に起こったのだろうか。
謎多き……とは、まさにこのこと。
あのときのことを後悔していないと言えば嘘になる。決してビビったわけじゃない。単に過去の僕の気持ちを伝えただけ。
過去15年間、全く態度が変わらず表情にも『好き』と出さない。そんな状態で「察しろ」というのがそもそも無理ゲーだ。
……あまりにもいきなりだった。不意打ちだ、あんなの。
僕にしてみれば……今すぐにでも消し去りたい過去だ。
「――お待たせー!」
物思いに耽っていた僕に元気ある声が届く。妹だ、間違えるはずがない。
どうやら無事にガールズトークという名の『密会』が終わりを告げたらしい。あんな悲鳴を聞いて、とてもじゃないがガールズトークなんて呼べない……。
「晴兄! 買い物なんだけど、やっぱ渚さんと一緒に行ってきて?」
「変えるつもりなかっただろ。あの長々とした密会は一体何だったんだよ……」
「それはそれ、これはこれ。それに何が密会よ。ガールズトークとお呼び!」
「何がガールズトークだ。ってか、晩飯は何がいいんだよ。それわかんないと買うものも買えなくなるんだが」
僕はソファーから立ち上がりそのままキッチンへ。冷蔵庫を開けようとした途端、
「別に私からのリクエストはないから適当でいいよ?」
冷蔵庫を開けた時間を無駄にされた発言が返ってきた。
けど、完全に無駄だったわけでもない。――先程まで物思いに耽っていた感覚を正常に戻すための、いいクールダウンになる。
こんな“意識してました”全開オーラであることを知られれば、一之瀬のことだ。調子に乗るに決まっている。
……それに何を隠そう、今の僕が1ヵ月前の僕と違うということをあいつが気づいてしまう恐れがある。そんなデリケートな代物は即刻処分しなくてはならない。
「それに、だね~」
じゃあ何がいいのかと訊ねようと振り返ると、そこには頬を真っ赤に染めた一之瀬が立ち尽くしていた。よく見ると、耳朶までもが真っ赤だ。
……はい? 一体何があったし……。
するとその疑問の答え合わせをするかのように、優衣は僕の「待った」も聞かずして言葉を発した。
「――お二人には、これより買い物という名の“デート”に行って頂きますので!」
約5秒、世界の時は止まった。
そして次の瞬間、時は動き出す。
「はい――っ!?」
「ってなわけなんで、いってらっしゃ~い!」
人の言い分なんて全く聞く気がないらしく、優衣は颯爽とリビングから去っていった。
――リーズンプリーズ!! 異議を申し立てる!!
妹の後を追おうとする僕だったが、その進行を拒むようにして一之瀬が服の裾を掴んできた。……まだ顔真っ赤っかだけど。
「……早いとこ、か、買い物……行こ?」
「……仕方ないか」
一之瀬の顔を見て察しないほど僕は鈍感じゃない。
これは、妹による『策略』だ。
悪知恵が働くのは結構なことだが、それをこんな形ではなく人を助ける意味で使いなさいよまったく……。
そう思いつつも、不本意ながら優衣の策略に乗ることにした。ただ、買い物に行くだけだけどな。
……後、ついでにお昼ご飯も一緒に。
行く前、駆け降りてきた優衣からの追加注文を受け取って。
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