第10話「幼馴染は、僕の妹に唆されているらしい①」

「ねぇ。これってどうやって解くの?」


「それ……は、まずその()の中身を前にかけて――」


 その後、僕は一之瀬と約束通り勉強をしていた。場所はリビング。僕の部屋でもよかったのだが「あ、あんたの部屋、本だらけだからいい!」とやや強めに断られた。まぁあの部屋は自室ではあるのだがある意味書庫と化してるんだよな。さすがに整理しないとまずいか。


 先程から勉強していて思うことが1つ――一之瀬は、わからないところにメモを書き足していた。本当、ここまで有能な幼馴染がリアルにいるとはと関心する。


 教科書の内容をメモすることはよくある話だが、一之瀬は違う。

 その場で聞いたこと、解いた方法なんかをひたすらにメモしているのだ。入念だな。……いや、これが普通、なのか?


 それから暫く経ち、シャーペンを乱暴に放置する音がした。


「んん~~……」


 肩を回したり、腕を伸ばしたりとリラックスしているようだ。


 勉強を始めて約2時間と少し――かくいう僕もさすがにぶっ通しで教えるのは疲れるな……。


 ともあれ、僕は“教えていた身”なために“勉強していた”一之瀬よりかは疲れていない。それに加えこいつの吸収力にも助かっている。まだ授業で扱ったばかりの内容なため、呑み込みが早い。


 更に言えば一之瀬は努力家だ。

 学校では『才色兼備』とモテはやされている彼女だが、容姿端麗な人間だからといえど必ずしも『頭脳明晰』なんて肩書きがあると思ったら大間違いだ。


 一之瀬の秀才っぷりは、誰にも劣らない努力故の結果だ。

 それこそ立派な『才能』であると称えることが出来るだろう。


 逆に言うと、頭脳明晰なのはどうやら僕の方……らしい。僕自身ではそんな自覚はまったくなくて、寧ろこいつの努力の前には頭も上がらない気がするけど。


「……一旦休憩挟むか?」


「そうだね。さすがに疲れたぁぁ~~……。ありがとね、教えてもらって」


「別にいいよ。教えるのもタメになるし」


 ――教え合いは双方のためになる。あながち間違ってないんだなと思った僕である。


 そんなことも知らないのかって?

 ふっふ。生憎だったな。こちとら過去15年間“ぼっち”やってきた身なんでね。こんなことをわざわざ他人と検証したことなんて無いんだよ!


 …………自分で言ってて何だか悲しくなってきたな。


「どうかしたの? 明後日の方向なんか向いて」


「いや……。少し自分の人生について振り返ってみたらどうにも自分自身が悲しい人生を歩んできたんだと思っただけだ」


「? ……本当に大丈夫?」


 心配してくれるのはありがたいことだが、心配されることは即ち、心をえぐるんだよ。

 だから頼む……そっとしておいてくれ、一之瀬。


 半分自暴自棄になりかけていた僕の耳に、ドタドタと急いで階段を駆け降りてくる音が聞こえた。

 更なる嵐の予感が過ぎるがそんな不安を貫通するが如く、その人物はリビングにすぐさま顔を覗かせた。


「――渚さーん! 今、暇ですか?」


 騒がしい暴走馬の正体は妹の優衣だった。


「えぇ。どうしたの? 何か相談でもあるの?」


「あ、はい。ちょっとわからないところがあって……ここの問7なんですけど」


「ノート見せて?」


 優衣は一之瀬にノートを差し出す。

 そっか、一之瀬は優衣の専属家庭教師とやらをしてるんだったな。


 バイトだとかそういうのではなく、単なる一之瀬のボランティアらしい。しかし一之瀬が家庭教師をしてくれたお陰で優衣の頭の回転速度は増している。余程教えるのが上手いんだろうな。クラスの人達にも評判良いみたいだし。


 その代名詞として、一之瀬のノートは特にスゴいと有名だ。


 今も優衣のノートに自分の色ペンで次々とメモを残していっている。

 これは、一之瀬がよく使っている方法で、ノートを取るときに、色数を多くしないこととメモ欄を残すことを徹底しているらしい。


 一之瀬のノートが見やすい要因はそこからきているとか。


 ……まぁこれは、クラスメイトがこそこそと話をしていたのが偶然耳に入って知った情報にすぎないが。僕にクラスの人達と仲良く話すスキルなんて無い。……うわぁ……また悲しくなってきた。


「それで、そこはさっきの公式を当てはめれば」


「……解けた! スゴい! ありがとうございます! わざわざ書き込みまでしてもらって」


「別にそれぐらい構わないよ。丁度一息ついてたところだったからね」


「えっ、休憩中だったの?」


「まぁな。誰かさんが2時間休みもせずにぶっ通しで進めるもんだからさ」


「……悪かったわね」


 優衣への態度と全然違う件について。


 妹と兄の扱いに対する親の贔屓ひいきとかと一緒に見えてくる……。


 ウチの両親は基本そんなことはしないが、それでも家庭内にはそれぞれ事情が付き物だ。そういう状況が無いわけじゃない。参考文献とかないからわからないけど。


「……そういえばお昼ご飯は?」


「まだだよ。言ったろ? 誰かさんのせいで長引いたって」


「一々祭り上げないでくれる?」


「うーーん……。それじゃあ、晴兄と渚さんで買いに行ってきてよ。私その間にここで宿題やっちゃうから!」


「……はっ? 何で?」


「夕飯のおかず、もう残ってないの。おかずいらないっていうなら別に行かなくてもいいけど?」


「夕飯作るの僕なんだけど……。わかった、わかったよ。行かせて頂きますよ。でも何で一之瀬まで一緒に行かせようとする? 勉強するなら残してくぞ、お前のカテキョなんだし」


 疑問に思ったことを口に出すと、優衣が「うぅ~ん」と困った表情を浮かべた。

 ……何だ? そんなに言えないことでも企んでるのか?

 と、そんな疑問も束の間――優衣は迷わずにこう言った。


「だって晴兄と渚さん、まだ休憩中だったんでしょ? なら丁度いいじゃない、息抜きが出来るわけだし。せっかく妹が気を遣ってるんだから察してよね!」


「何故僕が怒られる……」


 とばっちりを受けている気がする僕を横目に、一之瀬は挙手する。


「そ、そんな気遣わなくてもいいよ? 本当に休憩がてらって感じで教えてただけだし無理はしてないから。それに……ハル君と一緒は、ちょっと……」


 ここは『ちょっと、なんだよぉ~』とか言ってツッコミたいだろうが、生憎と僕はそんな平成時代のチャラ男じゃない。ましてやキャラでもないし。


 頬を真っ赤にする一之瀬は、チラッと僕の方を見るもののすぐに逸らした。

 何だ? と疑惑したが、こんなのはさっきから何度も繰り返している。いい加減にしろ。


「……渚さん、少しいいですか?」


「えっ!? う、うん……」


 若干驚いた表情を見せた一之瀬だったが、有無を言わせない優衣の態度に負け、連れられてリビングを後にする。


 これはいわゆる『ガールズトーク』というやつなんだろうか。ならばボーイである僕は大人しくフェードアウトするとしよう。


 2人が戻って来るまでの間、僕はテーブルの上に置かれたラノベを手に取り読み始める。まだ読み終えていないラノベがあって助かった。これでガールズトークから逃れることが出来る。


 ……それにしても、話とは何だろうか。少し気になるな。

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