第9話「幼馴染は、僕の兄と仲が悪いらしい」

 リビングの壁に掛かる時計を確認すると、まだ朝の7時だった。

 ……なんだよ、変な時間に起こされたな。最悪の朝のスタートをきったようだ。


 妹――優衣はテレビを点けると、そのままソファーへと腰かける。

 凪宮家の朝ご飯担当は僕だ。というのも、普段から僕か優衣しかこの家には居ないわけだし、今優衣は受験生だ。あまり家事を強制させて時間を割かせるわけにはいかないしな。


 それに、僕が受験生だった去年、家事をやってくれたのは優衣だった。

 だったら僕もそうするべきだろう。


「あ、そうだ。さっきはありがとな、優衣」


「晴兄は気にしないでいいよ。それに、あの兄さんの様子じゃどうせ腹蹴りかなんかは喰らわせてたんでしょ?」


「その最中だったな」


「なら、私が助けに入ってもしょうがないでしょ」


 優衣はにしし、と苦笑いを浮かべ、テレビの画面へと視線を戻した。


 相変わらずアグレッシブな妹だ。成績でも文句の付けどころがないし、僕と違って人との会話能力やコミュニケーション能力も優れている。

 志望校の判定は、早くもB判定を貰えたらしい。

 勝手な言い分かもしれないが、よく出来た妹だと思う。


 僕は少し不格好ではあるが、Tシャツの上にエプロンを着け、朝食の準備に取り掛かる。

 どこかのアホ兄貴のせいで着替えられなかったからな。

 妹なんて寝間着状態だし。……着替えてこいっての。


 すると、タイミングが悪いことに、都合よくインターホンが鳴り響いた。

 こんな朝早くに誰だ? 新聞の勧誘ならお断りだが。


「あ、私出るよ」


「おぉー、頼む」


 率先して動いてくれる、やはりよく出来た妹だ。

 優衣は駆け足だが跳ねながら玄関へと向かう。ガチャ、と扉を開けた音がする。


「はーい――って、なんだ。おはようございます!」


「――いる?」


「えぇ、いますよ。丁度朝ご飯の準備してる」


「そう。――するわね?」


「どうぞどうぞー」


 なんか軽い世間話みたいなノリだったな……というか、会話的に聞き覚えがあるため、顔を見なくとも誰が来たのかすぐにわかった。


 優衣に招かれながら一緒にリビングへと入ってきたのは、一之瀬渚だった。

 一之瀬は「おはよう」と僕に向けて挨拶してきたので僕も「おはよう」と返す。


 挨拶は日本人の常識だからな。

 それにしたって、こんな朝早くから勉強する気だったのか? こちとらまだ朝食すら済ませてないんだが。


「違うわよ。言ったでしょ? 今日泊まるって!」


「えっ!? 渚さん、今日ウチ泊まるの? 晴兄から何も聞いてないよ?」


「……あぁー。そういえばそんな流れになってたな。悪い、完全に忘れてた」


「ちょ! 晴兄、抜けすぎ……」


 優衣は呆れ気味にため息を吐き、一之瀬は僕の今の発言に――「嘘でしょ……?」と少しショック気味な表情をしている。暫く放置しとくか。


 けど、忘れるのも無理はない。

 基本優衣は家に帰ってくるなり部屋に直行してしまうため、夕飯が出来るまで部屋から出てこないし、話すタイミングが出来る頃には家事に全集中しなくてはいけない。


 よって――この話をする暇が昨日の一夜だけでは出来なかったのだ。

 ……とはいえ、少し軽めに物事を捉えてしまったかもな。


「まったく……晴兄って本当にひ弱なんだから。それぐらい、いつでも話せたでしょ?」


「……善処します」


 だが所詮は言い訳。優衣には通用しないらしい。


 兄妹だというのに、なんだこの差は……。

 まるで僕が幼い末っ子みたいな扱いなのは、今に始まったことではないとはいえさすがに傷つくぞ。


 そんなこんなと時は過ぎ、やがて階段の方から誰かが降りてくる音がした。


 僕、妹、一之瀬と。この家にメンバーはリビングに集まっている。

 今この家でそれが可能なのは、1人だけ――恭介兄さんだけだ。何だ。まだショックを受けてるのかと思っていたが、予想以上に復活早かったな。


「――いい匂い~。ハルー、今日の朝ご飯って――……」


「………………あら」


 恭介兄さんは降りてきた付近で立ち止まり、ある一点を睨みつける。

 一之瀬もそれに反応するように、互いの顔が睨みあっているように思えた。


 そう、この2人は昔から――超が付くほど、仲が悪い。


 僕が好きな一之瀬は、重度のブラコンである兄貴に強い敵対心を燃やしている。まぁがわかったのは、つい1ヵ月前なんだけどな。

 犬猿の仲とは、まさにこの2人のことを指すんだろう。


「……あらら。また始まっちゃうよ?」


「面倒くさい」


「またそういうこと言う……」


「そういう優衣も面倒だろ。顔に書いてある」


「えっ、嘘!?」


「放っておけばいつか沈下するから平気平気」


「ま、それもそだね」


 僕は出来上がったサラダをお皿に盛りつけて、テーブルの上へと置く。

 優衣はソファーの上から降りキッチンへと移動して、僕の手伝いをしてくれた。


 朝ぐらいは手伝うと言って利かず、仕方なく朝は手伝う許可をあげた。

 そうしたら――出来上がるまで待っている、という習慣が出来てしまったらしい。ってか、勉強しろよ。


 一方で、この幼馴染とバカ兄貴はというと……互いに数分間睨み合い、軽蔑し合い、罵倒し合っていた。……朝ご飯中に聞きたくもない。


 喧嘩するならどっかの空き地でも行ってこいと、本気でそう思った。

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