第12話「幼馴染は、僕と買い物に行くらしい」
この世には2種類の人間がいる。
陽キャと陰キャ――つまり、扱き使う者と扱き使われる者だ。
現在の時刻はお昼を回ったばかり。そして今、僕は一之瀬と共に近くのスーパーにまでおつかいをさせられている。それも、陽キャの妹の策略により。
兄である僕を扱き使うとは……人使いが荒い妹だ。と思いつつも着実にスーパーへ向かっているあたり、僕も嫌ではないらしい。
そして真隣を歩いている一之瀬の頬は、家を出る前より火照っていた。まだお昼だというのに何だこの仕打ち……。
僕がため息を吐く中、一之瀬はイマイチ浮かない表情をしている。原因は十中八九――優衣の仕業だろう。一体何を吹き込まれたのか、この幼馴染は。
「……どうしたんだよ」
「……えっ、な、何が?」
「その明らかな動揺を隠してから返せよ。……さっきから浮かない顔してるけど」
「そ、そう!?」
だから動揺隠せって。もう「悟ってくれ」と言ってるようなものだな。
隠しきれていないのに気づいていないのか、一之瀬はそっと前髪を弄り始める。
「なぁ。優衣に何を唆されたんだ? どうせ碌でもないこと提案されたんだろうけど、あんまり真に受けない方がいいぞ。つっても、お前にとってはプラスなことかもしれないが」
「………………」
「どうした?」
「……い、言いたくない、です」
このまま黙秘権を行使したいようだ。
まぁ日本にそんな権利がある以上、深追いするなんて野暮なことはするつもりないけども。
それにしても……一之瀬がここまで動揺するのも珍しいな。ある意味貴重なものを見られた気分だ。
「……まぁいっか。とりあえず早く行くぞ。昼時のスーパーって込むんだよ」
「し、知ってるよ!」
少しは気分が晴れたのだろうか、先程よりトーンの上がった声で返事をした。
僕と一之瀬は隣同士、隣接して歩いている。
単なるおつかいのためにお互いラフな格好をしているが、傍から見ればこれはいわゆる“デート”と呼べるやつのことで、男女が並んで歩いているだけで勘違いされることもしばしば。
現に僕と一之瀬も、スーパーに辿り着くまでに何度か小耳に挟んだ。
「――カップルかな?」「――なんかいいね! ああいうの!」「――可愛いぃ! 今どきの高校生って初々しいよねぇ!」と言われ続けた。
時にはこそこそと話している人達もいたが、僕には聞こえていた。ぼっちだからこそ培った才能だ。これぞ――地獄耳である。カッコいいだろ、このセンス!
……と、言いたいが、自虐にしかならないので妄想タイムはここまでにするとしよう。あ、でも小耳に挟んだ話は本当だぞ?
何より今隣で立っている一之瀬は、予想通り耳朶まで真っ赤に染まっていた。
こいつ、こんなに照れ屋なくせしてよくトップカーストやってるな。こんなに耐性が無いってことを他の奴は知らないのだろうか。
――ってことは、知ってるのは僕だけになるのか。
少し特別感が湧き出てきたが気のせいだと首を横に振って全否定した。
「さて、まずは何から探しますかね」
「じゃあ、お昼から買わない? 夜ご飯のおかずなんて、回ってればそのうち良い案が思い浮かぶだろうし」
「それもそうだな。よし、そうするか」
まずはお昼ご飯を買いに小棚の方へと向かう。
簡単且つ作りやすいもの――お腹いっぱいにはならない程度なご飯、それが凪宮家のお昼ご飯の基準……らしい。
去年、家事を担当していた妹がそう言っていた。きっとまた勝手に作った自己ルールなんだろうが。実のところ、お腹に溜まらないぐらいがベストというのは納得だ。
「どれにしよっか」
「……食べられるもの」
「食べられないものを食べるって発想はどこから出てきたの……?」
棚に置かれた様々な商品。
インスタントのものから予め根底まで作られたものまで。日本は本当に食品の数が多いことで。
「……お腹空いてきたな」
「そう? まだお昼回ったばかりだけど」
「あぁ……お前はそうだろうな。けど僕と優衣はお前とアホ兄貴の小競り合いを耐えていた分腹が鳴いてるんだよ」
「そ、そう……」
目が完全に泳ぎきっている。まぁ半分は冗談のつもりで言ったのだが、もう半分は本当のことだったりする。
それからも色々な棚を見て回っていると、不意に一之瀬が僕の方へと振り向く。
「ここまで見て回ったけど、何か食べたいものとか浮かんだ?」
「……特に何も」
「もう……少しは真面目に考えてよ!」
「考えてる考えてる。普段勉強にさえ使ってない脳みそまで使って考えてます」
「それは勉強の方に回しなさい!」
スーパー内で無様にもカノジョ(周囲からの認識)に怒られる僕は、一体どういう心境に立つのが正解なのだろうか。
それに『勉強に脳みそを使え』というが、今日勉強していたのは僕ではなく一之瀬だ。だから必然的に脳みそを使うのは無理に値する。ラブコメとかは脳みそ使わずに読めるし。
「はぁぁあ……わかった。じゃあ役割分担しましょ。私がお昼ご飯のメニューの材料持ってくるから、その間にハル君は晩ご飯のメニューを考えといて!」
「えっ……、めっちゃハードル高いんですが」
陽キャのお前ならまだしも、“根暗ぼっち”のこの僕に自ら主張を述べろと? それはさすがに難易度が高すぎでは……。
「メニューを選ぶんじゃなくて、考えるだけでしょ? それぐらいはやりなさい!」
「お母さんかお前は」
「だ、誰が……っ! と、とにかく、そういうことだから!」
「……上手いこと誤魔化された気がする」
「そんなことないよ? それに何かを成し遂げるための一歩と思えば安いものじゃない」
「それが狙いだろ」
「ありゃ、バレた?」
わざとらしく演技するな、白々しく見えるから。
「とにかく、私が戻ってくるまでにお願いね!」
「えっ、ちょ……!」
……さすがにこの状態で1人残されるのは嫌なんだけども。
そんな僕の悲痛な叫びを聞き届けるはずもなく、さっさと去っていく一之瀬。食品売り場を走るんじゃない。迷惑だろうが。……って、聞こえてないか。
さて、あまり気は進まないが、メニューぐらい考えるとしますか。
まず始めに、昨日のメニューは除外する。2日連続で同じものが出てくるとか、一人暮らししてるわけじゃないしあまり食べる気がしない。特に濃いものはダメ。
……ってことは、あっさりしたものか。そうなると漬け物とかか?
いや、ウチにそんなもの漬ける理由も場所もないし……。だとすると、かなり絞られてくるな。
それに加えて夕飯担当は僕――僕が作れるメニューと言えば、何だろうか。数が多すぎてわかるもんもわからないな。
「……あ。アレがあったな」
僕は思いついた後呟いた。
一之瀬の言い分ではメニューを考えるだけでいいのだが、あいつ戻ってこないし。
……仕方ない。自分で取りに行くとしますか。
僕は重たい身体を引きずって、アレを作るための食材を求めてスーパーの中を歩き回った。……だからこれ、根暗がやることじゃないってば。
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