第7話「幼馴染とは謎の多い生き物らしい」
一之瀬は今日あった出来事を簡単に話し、そして僕がそれらを持ち前のラノベスキルで文章化していく。
そんな作業を進めること数十分――僕は無事、日誌作業を終えられた。
……次に日直が回ってきたときは、その日限定でクラスに解け込む努力をするか。変な目で見られるかもしれないが、これ以外に方法無いしな。
ふぅーっと息を吐き、「さてっ」と渋々、声を出して立ち上がる。
面倒ではあるのだが、日誌を職員室まで持っていくのが日直の仕事だからな。本当に面倒だ。
すると、瞬時に一之瀬が僕の腕を掴んだ。
「……えっと?」
「……どこに行くの?」
「どこって、日誌持っていく場所なんて1つ――職員室だけだろ」
「…………本当に?」
どこに疑いをかけてんだこの女は。
……けれど、そんな彼女の表情は何故か曇っているように見えた。これはきっと幻影じゃない。ましてや気のせいでもない。
僕が好きらしいこの幼馴染は、おそらく用があるのが本当に職員室だけなのかが疑問なんだろうな。何せこちとら、鞄まで背負ってるわけだし。
鞄まで持っていく理由なんて1つだけ――そのまま帰宅するため。
残りの日直作業は全て一之瀬が片付けてしまっていた。なので出しに行ってここに戻ってくるメリットなんて無いのである。
その証拠に、日誌に書く内容に困っている中でも進んでいた作業を、一之瀬は迅速に……ではなく、途中からのんびりしていた。多分、僕に合わせてくれていたのだろう。……ハズしてたらかなり恥ずかしいな、この仮説。
だが、そんな僕の心情を察知出来ていないらしく、一之瀬の表情は未だ暗いまま。
さて……これを直すためにはどうしたらいいものか。
「……なら、お前はどう言ったら信じてくれるんだ?」
「……えっ?」
「だから。僕の言うことを信じられないなら、どう言ったら信じるのかって訊いてるんだ」
自分で言ったことも曖昧になっているらしい。老化早いのか、こいつ?
……なんて、冗談言ってる場合でもないか。
「……えぇっと。……本当に、職員室に行くだけ?」
「あぁ」
「じゃ、じゃあ、その荷物はなに? 職員室に行くだけだったら、要らないはずだよね?」
「だって、ここに戻ってきてもやることないだろ」
「……えっ?」
「お前が全部やってくれたんだ。それぐらい知ってるぞ」
「~~~~~~っ!?」
何年お前の幼馴染をやってきてると思ってる。舐めないで頂きたい。
それに、自分で打開策を練るのなんて簡単だ。
全国模試総合2桁舐めない方がいいぞ? ……あまり自慢することでもないか。誰でも思いつきそうな常套句だしな。
あまり臭い台詞は吐くものじゃない。
根暗ぼっちな僕が言ったって――「はいはい、わかりました」的にあっさり流されそうだし。……なんか、自分で言ってて切なく思えてきた。
「…………じゃあ、私も行く」
「勉強はしなくてもいいのか?」
「い、言ったでしょ? 今日は一緒に帰るって!!」
「……勉強してからかと思ってた」
「どんだけ信用ないのよ……!」
「それはお互い様じゃね?」
互いが互い、言ったことに信用性がまるでない。哀しい、この幼馴染。
一之瀬はいつも、1人残って勉強をしている。それが僕が文芸部の活動を終えてから一緒に帰る口実を作るためのものだということも、僕は知っている。
――まぁでも、勉強に関して一切手を抜いていないのも事実だ。
「……なら、家で一緒に勉強するか? 今日は遅いし、明日は休日だから出来るだろ」
「い、行っていいの? 確か明日、お兄さんが帰ってくるんじゃ……」
「……忘れてた、そうだったよ。バカ兄貴にかまってるほど暇じゃなかったし」
「可哀想」
「そういうお前が一番兄貴のこと軽蔑してますけど、その自覚はありますか?」
「当然。……お兄さんだからって、私のハル君にベタベタベタベタ……!!」
お前のじゃないんだけど。
僕には、3つ上の兄と1つ下の妹がいる。
僕は兄貴のことを“バカ兄貴”と呼んでいるが、本当はどこにも売れるほどの美貌を持った秀才だ。ちょっと嫉妬するぐらい、天才だ。
一方妹は、今年受験生である。
一応県内の高校を目指しているらしいが、志望校は謎。偶に一之瀬が勉強を教えているらしい。専属家庭教師ってやつだ。
そしてその兄貴が、明日休日という名目で寮ではなく家に戻ってくるつもりらしい。そんな連絡がきていたこと自体忘れてたが。
……うーん。まぁ、いっか。
「別にいいんじゃねぇか? 兄貴のことは僕が何とかするし、うるさかったら寮に強制送還させるから」
「……ハル君って、私よりお兄さんに当たり強くない?」
「いいのいいの、兄弟だから」
他人だったらまずいかもしれないが、一応僕はそんな兄の『弟』だから何をしても咎められない。それはたとえ――兄自身であったとしてもだ。
その理由は……すぐにわかる。
「んじゃ、戸締りして帰るぞ」
「……うん!」
一之瀬の元気いい声が教室に木霊する。1日眠くなる授業を聞かされて、よくそこまでの元気があまるものだ。
何でそこまで耐久力があるのか不思議でしかない。
教室の扉を閉め、職員室へ先生に日誌を提出をした後鍵を返し、現在帰路へと着いていた。
4月と言ってもまだまだ春。
夕方になるとそれなりに冷え込んでくるようだ。今日が新刊の発売日とかじゃなくてよかった……。
「あっ、そうだ。明日さ、その……勉強次いでとは言ってなんだけど、一日泊めてくれないかな?」
「なんで?」
大したドキドキもせずに即答で疑問を返す。
それもそのはず――幼馴染として付き合ってきた年月は伊達じゃない。それに隣の家同士だからな、お泊り会なんてしょっちゅうやっていた。
……小さい頃の話だけど。
「明日から、お父さん達が出張でいなくてね……。一人でいるのも暇だし退屈だし。だからいっそのこと泊まっちゃおうかな? と思って」
「……別にいいけど、寝るのは妹の部屋にしろよな」
「そこは『一緒に寝よ』って言ってよー!」
恋人同士じゃあるまいし、そんなことを僕が言えると本気で思っているんだろうか。
はぁ、とため息を吐いて、隣を歩く一之瀬をチラリと見る。
夕焼けに照らされ一層
こういう彼女を目の当たりにすると、幼馴染という枠を超えて、恋人関係になっても構わないと思ってしまう。もちろん――僕にはそんな気持ち、1ミリも無いが。
……だが、そうなると益々疑問だ。
一之瀬は頑なに、何故僕が好きなのかを語らない。
そのため僕はこいつの真意や理由を知らない。訊いたら訊いたで、また流されそうだし。
――まさかとは思うが、幼馴染だから
なんていう古典的な理由で惚れてるんだろうか。
そうだとしたら、早めに目を覚まさせてやらないといけないんだが……多分、違うんだよな。
……やっぱりこの幼馴染は、謎が多い。
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