隣のキミと過ごす、本当の恋人までの一年間。

第5話「幼馴染は、僕にお弁当を食べさせてほしいらしい」

　僕は渡された一之瀬愛用の箸を取り、お弁当に敷き詰められているおかずの中から適当に摘（つま）む。摘んだ卵焼きを、一之瀬の口元へと持っていく。

　罰ゲームというには聞こえが悪いが、あながち間違ってもいないので、仮としてそう呼ぶことにしよう。

　しかしその途端——一之瀬は頬を真っ赤に染め上げ、先程までの威勢がいい態度は虚数の彼方へと飛び去ってしまっていた。熱だろうか？　ここ最近は寒暖差が激しいからな。

「……どうした」

　一応訊ねてみることにする。

「べ、別に……は、早くして」

　特段、一之瀬は風邪ではないと豪語しているように思えるが……それにしては先程から真っ赤に染まる速度が速くなっていっている気がするのは何故だ。

　……やっぱり風邪なんじゃないのか？

「悪いが、移すなよ？」

「ち、違うわよ！　バカにしないで頂戴！」

「いやでも……」

「失礼ね。…………あー、ん」

　まだ頬は真っ赤だが、それでも食欲はあるらしく摘んだ卵焼きを口に運ぶ。

　まぁ食欲があるってことは、風邪の心配はひとまずしなくて大丈夫だな。

「美味いか？」

「……うん。我ながら上出来！」

「そりゃよかったな」

　一之瀬は人気者になれるだけのことはあって、スペックも人並み以上だ。

　胸だって他の女子と比較しても半回りは大きいし、それでいて小柄なところが魅力の１つと捉える人が多いだろう。

　それ以外にも家事スキルもレベルが高い。隣の家に住んでいるだけに、いつも僕の家にやって来ては家政婦のように料理を作ってくれる。一応僕も料理は出来るが……一之瀬ほどではない。本当、完璧超人にも限度がある。

　僕の家で料理をしている——先程、そう言った。それにも理由はある。

　僕の両親は共働きであり、主に海外で働いている。そのため、滅多な理由でも無い限り、帰って来ることはない。

　それでも毎日連絡をくれるのだから、とんでもない過保護な親だ。

　連絡内容も、時々、関係ないようなものも混ざるくらいに。

　例えば——『ちゃんと歯磨きした？』『朝ご飯はちゃんと食べた？』『夜は早めに寝るんだぞ？』などなど……一体親は僕のことを何歳児だと思っているのか。そうツッコミたくなるほどの内容だらけ。

　そんなわけで、僕の家には基本両親はいない。

　それにどんな価値を見出したのか、無断・無連絡で勝手に家に入って来ては「一緒に食べたい！」と、押し掛けられているというわけだ。

「ご馳走さまでした！」

　結局その後も、罰ゲームと評して僕にお弁当の中身全てを運ばせて、読書する時間は与えられず終いだった。

　部室の中、そして廊下に午後の授業を知らせる『予鈴』が響く。

　そりゃああんだけのことしてたら時間がかかるのは当たり前だ。貴重な１日を奪われたようなこの感覚……。

　一之瀬はお弁当を包みに入れている。僕は彼女がやって来るまで読んでいたラノベを鞄に仕舞いつつ鞄を肩にかけ、部室の鍵を持って立ち上がる。

　僕に続いて一之瀬も廊下へ出ると、鍵を閉めて施錠完了だ。

「ねぇ、ハル君」

「なに」

「放課後、一緒に帰らない？　話したいこともあるし」

「どうせ世間話だろ。というか、今日僕日直なんだけど」

「知ってるよー。だから、一緒に帰れるいい機会だと思わない？」

　……あぁー、なるほど。理解した。

　——つまりはこういうことだ。

　僕みたいな“根暗ぼっち”が、クラストップカーストと一緒に帰っているところを誰かに目撃でもされたら、面倒くさいことになるのは確定だ。

　しかし、日直である今日——つまり、放課後にまで予定が出来る日直という立場であれば、放課後まで自然に残ることが可能。

　人も減り、部活をする生徒にさえ気をつければいいと、普段よりも労力が軽減する。

　ふむ、一之瀬にしては良く考えたな。

「……今サラッとバカにしなかった？」

「何のことかな。心当たりがないけど。それに貴女様みたいな有名人をからかったりするわけないじゃないですかヤダー（棒）」

「明らかな棒読み止めなさい！　……もぅ、可愛いなぁぁ——」

　ぼそっと、小声で言ったつもりなのだろうが僕には丸聞こえだった。

　——最後の一言要らんだろっ！

　僕は心の中でそうツッコミ、一之瀬とは別々にクラスへ戻ることにした。

　同じクラスなのだから一緒に戻る……なんて、そんな愚かなことはしない。自ら身を滅ぼすことになってしまうし、第一に、こいつと一緒に教室に入りたくない！　まぁ、鍵を返しに行かなきゃいけないっていうのが大前提だけど。

　それにしても、一緒に帰るか。

　小学生の頃は、男女関係なく遊んでる子がほとんどだったから僕も一之瀬と一緒にいることが多かったけど……中学生になる頃には、もう一緒になんて帰れなかった。

　いや、違う。——僕が一緒にいたくなかったんだ。

　嫌いになんてなってない。そうだったら、こうして隠れて会ったりとかしてないし。

　面倒だ、立場が違うだけで——『幼馴染』ということも否定される。

　……苦い思い出だ。もう、過去の話だけど。

　そんな苦渋な過去を思い出しながら、僕は教室へと戻った。

　自席にはきちんと机と椅子が帰還していた。とりあえず、授業は受けられるな。

　ふと、自然に視界の中に一之瀬が入る。彼女は再び、人に囲まれていた。

　大変だな、人気者ってのは。

　僕には絶対ああいうのはむかない。勘弁して欲しいぐらいだ。

　他人なんて……簡単に信用していい道理がないし。

　あいつは……一之瀬は、そう思わないんだろうか。