下から二つ目の確認




 血が繋がっただけの他人、という言い回しは往々にして聞く。

 私はいまいちピンと来ないが、考えみると確かに、母親のお腹の中に居るときは母親と繋がった生き物でも産まれてしまえば別個体だ。その後も赤ん坊は細胞を自力で作り、古い細胞を淘汰し、母親の細胞の面影はなくなる。テセウスの船とはこういう話の比喩だった、気がする。浅い知識だから深くは分からない。

 私は加菜子の遺書をシワのつかないよう気をつけながら鞄にしまい、加菜子の家を訪ねた。

 周囲はカメラとリポーターだらけ。さんざん撮られたり話しかけられたりしたが、全部無視した。マスコミのことはもう確認したから用はない。

 インターホンを鳴らすと加菜子の母親が出てきた。学校の先生の比ではないくらいやつれて、目の下の隈は黒く濃く、肌も髪もボロボロだ。

「加菜子の……お友達?」

「はい」

「そう……。良かったら、お線香あげて……」

 加菜子の母親はおぼつかない足取りで私を家に招き入れ、仏壇のある部屋へ案内してくれた。

 鼻をつく線香のにおいと、お供え物の花やお菓子が山のように置いてあるのと。

 それから、当たり前のように加菜子の遺骨と遺影がある。加菜子は比較的背が高かったのに、随分小さな壺に収まってしまったものだ。遺影の中の加菜子は満面の笑みでピースサインをしていた。

 ろうそくで線香に火をつけて、手で扇いで消して、おりんはどのタイミングで鳴らせば良いのか分からなかったからスルーして、手を合わせる。

 こういうときは何を念じれば良いのだろう。どのくらいの時間念じていれば良いのだろう。正解がよく分からない。

 そんなことを考えているうちに十秒ほど経ってしまい、私は目を開いて仏壇の前から退いた。

「ありがとう……加菜子も、お友達が来てくれて、少しは報われる……かしら。分からないけど……ありがとう……」

 加菜子の母はぼそぼそと言う。やつれているせいで分かりづらいが、よく見ると鼻と眉が加菜子そっくりだ。おでこが広いところも似ている。

 他人でも、別個体でも、親子は親子なのか。細胞が変わっても元になった最初のひとつは動かないのか。

「ねえ、加菜子って……学校ではどんな子だったの……? 毎日毎日、マスコミも警察も加菜子のことを訊きに来る……でも私分からないの……加菜子……加菜子……」

 話しているうちに加菜子の母親は泣き出してしまった。顔を伏せて頭を抱えて、嗚咽を漏らしてしゃくりあげて。

 いくら他人とはいえ、血の繋がりのある他人が死ぬとここまで取り乱すものなのか。私は赤ん坊のとき祖母が死んで以来近しい血縁者は死んでいないから、やはりピンと来ない。

「あの」

 加菜子の母親に呼びかける。まだ泣いているが、ひとまずこちらを見てくれはした。

「ひとつお伺いしたいことが」

「な……なに……?」

「あなたは、最後の最後に、人生は美しかったと言える自信、ありますか?」

「……」

 加菜子の母親の動きが止まる。こんなに泣いていても、予想外の言葉が来たらこうなるものなのか。不謹慎だが少し滑稽に感じた。

 しかし停止もつかの間、加菜子の母親はみるみる鬼のような顔になっていく。

「そんな……そんなわけないでしょ! 加菜子が居ない人生なんてなんの価値もない! あなた、何を言っているの!? おかしいんじゃないの!? そんなこと訊くためにここに来たの!?」

「……」

「もう帰って! 帰ってよ! 二度と顔を見せないで!」

 加菜子の母親は絶叫しながら私をめちゃくちゃに叩いて部屋から追い出した。

 やっぱりそうなんだ、と私は加菜子の家を出て帰宅した。




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