上から二つ目の確認
校長先生や教頭先生が具体的にどんな仕事をしているのか、よく知らない。多くの生徒は話したこともない。苗字は分かるが名前は曖昧。
たった二人を相手にしている生徒側がその程度の認識しかできない関係なのだから、先生方が何百人も居る生徒をひとりひとり覚えているわけがない。
『浅井さんはとても真面目な生徒で、我々としても驚きと悲しみで胸が張り裂ける思いであり、……』
今日もテレビで校長先生が頭を下げている。やめてやれよ、と思う。どうせ浅井加菜子という名前さえ、この前初めて聞いたに決まっている。
夏休みが明けてしばらく経つ学校は、まだどうにも落ち着かない雰囲気だ。
ホームルームが始まり、担任教師が少しやつれた顔で話し始める。
「皆さん、大変なことがあったばかりで傷ついていると思いますが、落ち着いて普段どおりの生活を心がけてください」
中年の女教師。授業の担当は保健体育。生徒からの評価はまちまち、だと思う。よく分からない。私は先生が語る体育教師独特の根性論があまり好きではない。好きではないが、嫌いになるほどの関わりもない。
そういえば、加菜子は嫌いだと言っていたっけ。
ホームルームが続いている。
蝉はもうほとんど鳴いていない。
「スクールカウンセラーの先生も相談室に居ますので、つらいことや悩んでいることがあったら遠慮せず助けを求めてください」
以上です、と先生は言葉をしめくくった。
「……」
大人は助けを求めろとよく言うが、助けるとは言ってくれない。
どうして、大人になると子供の絶望の感覚を忘れてしまうのだろう。どうして子供がみんな無垢で従順な猿だと思い込むようになってしまうのだろう。
子供は大人が思っているよりずっと現実を理解していて、その上で周りの大人に気に入られようと媚びるし、そのためのおべっかも言うのに。
どうしてそれを忘れてしまうのだろう。
それから一日授業が続いたが、どの先生もホームルームで担任の先生が言ったことと同じことを言った。
普段どおりの生活を、と。
私はつい笑ってしまいそうになってしまった。同時に、ああそうかと思った。
先生方は学校における『普段どおりの生活』が穏やかで楽しいものだと信じて疑っていないのだ。
それもそうだ。先生方は学校で勉強して、進学先の学校でまた勉強して、学校に勤めるという選択をした。こんなの、『学校が楽しかった人達』しか選ばない未来だ。
学校で死んだ人間の気持ちなど、理解できなくても仕方ない。
放課後。私は加菜子の遺書をシワのつかないよう気をつけながら鞄にしまい、職員室へ向かった。
いつもより騒がしく、どの先生も疲れた顔をしている。
「すみません、先生方」
少し声のボリュームを上げて呼びかけると、室内に居る大体の先生がこちらを見た。
「先生は、最後の最後に、人生は美しかったと言える自信、ありますか?」
言った瞬間、職員室がしんと静まり返る。
少しの間のあとに担任の先生が近づいてきた。
「どういうこと? 大丈夫? つらいことがあるならカウンセラーの先生に相談を……」
「最後の最後に、人生は美しかったと言えますか?」
「今日はもう帰って休みなさい、明日学校休んでも良いから。先生も浅井さんのことはすごくショックだけど、おかしなこと考えないでね。それだけは、絶対に駄目だよ」
「……」
おかしなこと、か。
いじめられて自殺する。それがおかしなことだと思っている時点で、初めから先生が加菜子を救える希望はなかった。
やっぱりそうなんだ、と私は職員室を出た。
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