Life was...
九良川文蔵
一番上の確認
「最後の最後に、人生は美しかったと言える自信、ある?」
その問いになんと答えれば良かったのか。何を言うのが正解だったのか。もし正解を選べていたら、加菜子はああはならなかったのだろうか。
加菜子は別段美人でも勉強や運動が特出してできるわけでもなかった。でもピアノが弾けたから合唱祭なんかでは伴奏を担当したり、小学生の頃はやたらスピードを上げて猫ふんじゃったを弾いたり、そんなようなことをしていたと思う。
加菜子は中学一年生のとき吹奏楽部に入部し、他の部員から『なんか暗いから』という理由で仲間外れにされた。
そして仲間外れはエスカレートし、三年生の七月に加菜子は校舎の三階の窓から飛び降りて死んだ。
その前日、私に遺書を渡して。
人生は美しかったと言えるか、と問うて。
「娘さんはどういったお子さんでしたか」
「学校の対応が不適切だったと思いませんか」
「加害者に伝えたいことはありますか」
「こんな大変なときに申し訳ありませんが、お話を聞かせていただけませんか」
「お友達亡くなったけどやっぱり悲しい?」
「学校で悩んでいた様子は?」
加菜子が死んでからすぐ、加菜子の家にも学校にもカメラが押し寄せた。家族が泣いて取材を断っても教師が何度追い払っても群がった。
自殺も殺人も珍しくないこのご時世だが、どうにも世間の食いつきが良かったようで。時おりセンセーショナルに報道される自殺事件がある。新聞の端っこで流される自殺とこんなふうに連日ワイドショーを賑わせる自殺の違いは、私には分からない。
「……」
私は加菜子の遺書をシワのつかないよう気をつけながら鞄にしまい、校舎を出た。
「あ、君、ここの生徒ですよね? 少しお話良いですか?」
「……」
「突然のことでショックだと思うけど、大丈夫?」
「……」
無視しても無視してもついてくる。
私は足を止めて二人組の記者を見た。カメラを持っている方は若い男。マイクを持っているのは中年の男。
どうしようもなく、醜い、と思った。
「あなたがたは」
私が声を発すると、記者は嬉しそうにマイクを近づけてくる。
「最後の最後に、人生は美しかったと言える自信、ありますか?」
「え……」
引きつった顔。期待していたものとは違った、意味不明な言葉に戸惑う目。
「……」
「か、加菜子さんはどういった生徒でしたか?」
「あなたがたに、人生は美しかったと言える自信はありますか」
「……あ、ありがとうございました。もう大丈夫ですよ」
記者達は背を向け、そそくさと去っていった。
帰宅してテレビをつけると加菜子のニュースが流れている。フラッシュの中、頭を下げる校長先生。泣く親の目元のアップ。インタビューを受ける同窓生達の加工された声。
わざとらしい悲しげな曲とともに加菜子の幼い頃の写真が映る。
『今年七月に校舎の三階から飛び降り死亡した浅井加菜子さん。小さな頃から物静かで大人びた子で、心優しかったと両親は語ります。わずか十五歳で死を選んでしまった彼女の心の傷は計り知れません。教育委員会は第三者機関を設置し、……』
つらつら流れていくアナウンサーの棒読みを聞く。
人の命は世間が消費するもの。暇つぶしに悲劇に浸る。
それから数日間、毎日ニュース番組を最初から最後まで見たが、いつまで経っても私の言葉は放送されなかった。
やっぱりそうなんだ、と私はテレビを消した。
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