千堂アリシア、心当たりがある

こうして、三日後のプレゼン当日までの間に、<文金高島田>に対応できるデータが得られれば、それも盛り込むという形にするということで落ち着いた。


とは言え、実際にはなかなかに厳しい話であろう。映像資料などは豊富ではあっても、今から映像を解析するとなると三日ではセッティングが出せる可能性は必ずしも高くない。花嫁衣装やカツラについてはどうにでもなるのだが。


ただ、千堂アリシアには、一つ心当たりがあった。


なので、千堂京一せんどうけいいちに、


「実は、アポイントメントを取っていただきたい方がいます」


と申し出た。




そして、あくまで<仕事の一環>としてメイトギア課のオフィスから出て、タクシーを拾って目的地に向かい、


「はい、五千五百六十円です」


タクシーの運転手に料金を告げられ電子マネーで支払いを済ませ領収書を受け取ったアリシアが視線を向けた先には、


錬全れんぜん製作所>


の看板。


そう、<ラブドール>を専門に制作している個人ファクトリーである。そのオーナー兼社長の<錬全れんぜん>に、アポを取ってもらったのだ。


「こんにちは、お久しぶりです。錬全様」


「やあ、久しぶり。元気そうで何よりです。愛錬あいれん達にも会ってあげてもらえると嬉しい」


柔和な笑顔で握手を求めてきた錬全に応じつつ、


「はい、もちろんです!」


アリシアも笑顔を返す。そして改めてショールームに向き直り、


「こんにちは」


声を掛けると、一糸まとわぬ姿の<愛錬あいれんシリーズ>が微笑み返してくれた。けれどそこには、


「彼女は、いらっしゃらないのですね?」


<彼女>。アリシアが口にしたのは、アリシアがかつて言葉を交わした愛錬あいれんの一体のことだった。ロボットであるアリシアには、姿は同じでも信号で分かってしまうがゆえに。


すると錬全は、


「ああ、彼女はまた新しいパートナーに迎えられていったんですよ。<中古>であることは伝えたんだけど、『それでも彼女がいい!』とおっしゃってくださる方がいらっしゃってね。もちろん、送り出すにあたってスキン等は全交換したから実質的には新品同然ではあるものの、人間の心理というものは理屈では割り切れない。けれどその上で、『彼女じゃなくちゃ』と。そこまでおっしゃってくださる相手と出逢えるというのは、ラブドール冥利に尽きるというものかな」


と、静かに語った。さらに、


「それでね、奇しくも彼女が迎えられた時の装いが、<文金高島田>だったんです。どうですか? お役に立てますか?」


とも告げてくる。これにはアリシアも、


「はい、もちろんです! ありがとうございます!」


満面の笑顔になったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る