アリシア、千々に乱れる

『帰っていいんだぜ』


クラヒにそう言われて、アリシアは自分が揺らぐのを感じた。千堂京一せんどうけいいちに今の自分の姿を見られるのはつらいと思いつつ、


『千堂樣に会いたい……!』


という気持ちが強く湧き上がってくるのも自覚してしまう。それにカルクラでの生活そのものにもストレスは否めなかった。最初は割り切ったつもりだったしそこまで気にせずにもいられたものの、やはり<事件>が続けばストレスは蓄積されてくる。


けれども、クラヒの手伝いはしっかりとこなす。それがここでの自分の存在意義でもあったからだ。毎日のように傷付け合う人間の姿を見せ付けられた上でそこまで放棄してしまっては、<幼児退行>では済まなかったかもしれない。


そんなアリシアを見て、クラヒもなんとも言えない表情をしていた。怒っているような、拗ねているような。


彼にとっても、アリシアと暮らしたこの三週間は、何とも言えない充実したものだった。


「キリがねえし適当でいいんだぜ」


と言っているにも拘らずアリシアは、すぐに砂まみれになる事務所の中や住居部分の掃除を徹底的にやろうとした。顔の半分が失われセンサー類は不調だらけ。左腕は素人工作で改造して無理矢理繋げたジャンク品。右脚は剥き出しになったフレームに鉄パイプを番線で括り付けただけの<義足>と呼ぶのもはばかられる応急処置のまま。


そんな状態なものだから、空間的な余裕がある外ではまだ立て直しができても、狭い室内ではよく転ぶし、壁やテーブルによくぶつかる。本当に<ドジなポンコツメイド>という有様だった。なのに一生懸命なのだ。


だからか、見ているうちに情も移ってきてしまう。そしてクラヒが自分をそういう目で見てくれていることに、アリシアも気付いていた。


『千堂様に会いたい……』


『千堂様のところに帰りたい……』


『だけどクラヒも見捨てていけない』


『だけど人間達が傷付け合うのを見ているのもつらい』


そんな風に、アリシアの<心(のようなもの)>は千々に乱れた。


同時にクラヒも、千堂の下に帰してやりたい気持ちと、自分の傍にこのまま残ってほしいという気持ちとが交錯する。


「…くそ……っ! どうかしてるぜ……」


などと呟いてしまったりもする。これまでの人生、クラヒは<情>とかいうものをあてにして何かを決めたことなどなかった。ここではそんなものをあてにしていては、狡い奴にいいように食い物にされるだけだった。そういう場所だった。人生だった。


それなのに、今、自分の目の前で、子供のような振る舞いを見せながらも懸命に仕事をこなそうとする<おかしなロボット>を見ていると、心がかき乱される気がしてしまうのだ。


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