警官、事情を察する

『すいません。私の態度があの方々の癇に障ってしまったようです』


千堂アリシアがそう応えると、警官は、


「はいはい。なるほど」


と何度も頷きながら応えた。アリシアの言葉が事実かどうかは、アリシア2234-HHCアンブローゼ仕様が記録した映像データを確認すればすぐに分かる。それを提出してもらうには裁判所の令状と所定の係員の手配が必要になるが、今回の場合は明らかにそこまで必要なものではなかっただろう。


ましてや相手はこれまでにも何度もトラブルを起こし要注意人物としてフラグを立てられている者達の集団だった。


そしてアリシアの方は、リモートトラベルを行っている旅行者であり、ロボットは人間に危害を加えることができないのだから、原因がアリシアの方にあるわけがないのはそもそも分かり切っていることなのだ。


例えば、リモートトラベルを行っている旅行者が暴言を吐こうとしても、直接的な<ヘイトワード>は再生されないので、これを回避するために回りくどい形で少々厭味ったらしいことを言うことはあれど、それで殴り掛かっていいわけがない。


人間がよく使う、


『目には目を、歯には歯を』


というものを基準に考えるとしても、


『嫌味を言われた』


程度の行為に対する<罰>は、あくまで<言葉>にとどめておくべきであろう。<言葉>に対する罰が<身体的な暴力>では、そもそも釣り合いが取れていない。


『嫌味に対して気の利いた返しをする努力を怠り暴力に頼る』


など、利口な人間のすることではないはずである。


そのため、不良達の言い分に筋が通っていないのは明白なのだ。


それでも、警官としては一応、事情を聞かなければならない。だからこそ手間を掛けたのだった。


さりとて、リモートトラベルを行っている旅行者に直接殴りかかることはできないため<暴行罪>は成立せず、今回はアリシア2234-HHCアンブローゼ仕様にも損傷がないため、適用できる法律がなく、精々、


<迷惑行為防止条例違反>


どまりなため、警察としてもなるべくここは穏便に済ますのがむしろ<温情>というものだっただろう。なのに、<メンツ>というものに拘る人種にはどうにもそれが理解できないらしい。


自分達に対して実力行使を行われないのが分かっていて、不良達は警官らに食って掛かっていた。もうアリシアのことも頭にないようだ。彼らは、


『いかに警官らに先に手を出させるか?』


という<遊び>を、


<チキンレース>


と称して競い合うこともあるらしい。


実に困ったものである。


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